第468話 逢えたる夢の目覚めは黒歴史との再会です




――――――北方山岳内。


「ぐうううう! ……ぐふぁっ!!」


 ブシュウッ


 突き刺さった剣を抜き捨てるペイリーフ。

 あと数センチほどズレていたら致命傷だった。助かったとはいえ、身体を貫かれた怪我は重い。


 左腕と合わせ、完全に血を流し過ぎている。怪我そのものは致命でなくとも、失血量が危険すぎた。


「はー、はー、ぜー、ぜー……ぇ……クッ、この私がこんなっ」

 想定外過ぎる大怪我に、頭に血が上りそうになるも、巡る血が足りない。

 憤りに感情が支配される前に、めまいが怒りを抑えさせた。


「ぅ……くっ、はーはー、ふー、ふー……ここは、素直に……退くべきですか……致し方ありません―――が! 必ずお返しはさせてもらいますよ、必ずね!」

 ペイリーフは完全撤退を余儀なくされる。

 だがこの地を去る彼の表情は、自分にこれほどのダメージを与えた者への怒りで歪みきっていた。



  ・

  ・

  ・


『……』

 エルネールは、夢を見ていた。

 といっても何故か程よい明るさの、温かみある暖色の煙が四方に流れる空間に、夢の中の彼女はたたずんでいた。


『(なんて幻想的……これは……夢、なのかしら……?)』

 前世で見たファンタジー映画の精神世界的な描写のシーンを思い返すエルネール。

 夢だとすると、自分の心象が影響しているのだろうから、もしかするとその記憶が強く出ているからかもしれないと、不思議な納得感を得ていた―――その時


 パァァァ……


 何か、やんわりと輝くものが空からゆっくりと降り立って、彼女の前に立った。


『? ……これは、一体……??』

 何故かは分からないが、その輝く玉は自分の夢の産物ではないような気がした。お腹の底から、ぐっと温かいものがこみ上げてくる。


 そして次の瞬間には、無意識にその輝く玉を両手で軽く持ち上げていた。


 ―― エルネール……エルネール…… ――


『! ……この声は、あなた?』

 夫コロッグの呼び声。輝く玉からやんわりと身体に響くように聞こえてくる。


 ―― ああ、そうだよ。エルネール……私には過ぎた、愛する妻よ…… ――


『過ぎたなんて、そんな……』


 ―― いいや、その事はよくわかってた……キミを、あの結婚相手を決める場で一目、見た時から…… ――


 コロッグはあの日、エルネールの事をよく知らないままにその場にいた。

 ウァイラン家の将来のために藁をもすがる想いで、自分なりに考えた勇気を出しての参加だった。


 だが、そこで見たエルネールに一目で心を奪われた。


 しかし同時に、自分にはあまりにも身の丈に余るほど、高嶺たかねの花であることもコロッグは痛感していた。

 それでも勇気を出して、場に留まった。決して選ばれることなどないであろうと思いながらも、途中で帰ろうとはせずに踏みとどまり続けた。


 そして、奇跡は起こった。選ばれたのだ、こんな自分が夫として……



『……あなた……ごめんなさい、私は―――』


 ―― いいんだ、エルネール。命が尽きて私は……色々な事がわかった…… ――


 それは、エルネールの隠し事の全て。

 コロッグを心から愛していたわけではない事。

 ヘカチェリーナがコロッグとの間にデキた子ではない事。

 そして……王弟殿下を求めた事。


 だがコロッグが “ わかった事 ” は、それだけではなかった。




―― エルネール。私は……私の魂は、ヒトになりきれていないモノだった ――


『? あなた……それは一体』


―― 私は……魔物だった。魔物から、生を繰り返すごとに少しずつ、私の魂は、人になっていったんだ。その事を、私は死して、理解できた…… ――


『……魔物から、人へ……? では、あの顔は……』

 人になりきれていない魂が、肉体に反映された結果だというのだろうか?

 しかしそう考えると、妙に納得できるものがあった。


―― エルネールのおかげで、私は幸せだった……人並の幸せなど無縁だと子供の頃は諦めていたのに……本当に、ありがとう ――


『いいえ、あなた。私の方こそあなたを利用し、多くを黙っていましたわ。お礼などと……』


―― いいんだ、エルネール。私は、とてもとても幸せだったんだ、本当に ―― 


 輝く玉は、エルネールの手の中で明滅する。まるで苦笑するかのように。



―― そしてエルネール……私は死の淵にある時、キミの幸せを護りたいとずっと思っていた……それを叶えられないことが、とても哀しかった……だけど ――


 輝く玉が、エルネールの身体の方に寄っていく。それは玉が動いているというよりも、エルネールの身体が玉を吸い寄せていると表現した方が正しいような動き方をしていた。


『だけど……なんです、あなた?』


―― 殿下には……感謝しか、ない……殿下のおかげで……私は……エルネールを護れる……そして、私の魂は……必要な……最……後の…… ――


『あなた? あなた?? ―――っ!?』

 

 輝く玉が、エルネールの身体と接触した瞬間、強烈に眩しくなって、空間全てを真っ白に染めた。




  ・

  ・

  ・


「……ぅ……ん……」

 エルネールの意識が戻る。両まぶたが重い。


「(暗い……部屋? ……ここは、いずこで―――)」

 ぼんやりとしたまま、ハッキリしない視界。

 だが、覗き込んでくるぼやけた男が視界に入った瞬間、エルネールの思考は凍り付いた。


「……気が付かれましたか。……お久しぶり……です、お嬢様」

 濃い褐色の肌。

 女の力では絶対に抗えないであろう背丈と筋肉の隆起具合。

 悪くはないが、品に足りるとは言い難い顔立ちと装いは、いかにも雑用を主とした下男の身分を思わせる。

 18年前にあったまだ青い若者感はなりを潜め、確かな年月と大人の成長具合が顔つきに現れてはいるものの、エルネールは一目で分かった。



 かつて実家のアルシオーネ家に仕えていた下男。

 忘れもしない、エルネールに欲情を募らせ、ついぞ彼女を襲った男―――すなわち、ヘカチェリーナの実の父親である男ナジェルが、目の前にいた。




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