第467話 マンコックの秘された城塞都市です




 マンコック領、某所。


「よし……悪くない。いい具合に整ってきたな」

 建物の一番高い位置に上り、スベニアムは全体を眺めた。




 一部に岸壁を挟みながらの円形の外壁はしかと厚みがあり、少々の軍勢が攻め寄せようとも簡単に抜けるものではない。

 内側にそれなりに広い掘りが走り、そこを越えても5mの高さの内壁が並ぶ。


 それら外からの攻撃への防備を抜けたとしても、さらなる内には防衛戦を意識した配置の建物がところ狭しと並んでいる。



 そして中心部やや奥に立つ屋敷兼砦。

 堀でぐるっと囲み、地面を10mほど高く盛った上に建造された屋敷は、居住だけでなく2000の兵士で防衛戦を展開できる堅牢な砦として機能する。


 内壁の内側だけでも広さ3km四方あり、大き目の町並みの面積と、収容可能人数がある。

 まだ建設中な所もある真新しい町並みは、城塞都市と呼ばれるもの、そのものだった。



「(今はまだ秘しておくが、色々と安定してきたならば、ここを我がマンコック領の首都に据えてもいいな)」

 何よりここは、“ 守護神 ” 様を住まわせ、隠し守る事を前提として作り始めた町だ。マンコック家の繁栄の根本たる存在に住んでいただく以上、中心地とするのがむしろ当然。


 エルネール誘拐の容疑もかからず、ルヴオンスク以降は誰も何も言ってこない。


 スベニアムは完璧に逃げ切れた、やり切れた事を確信し、明るい未来に想いを馳せ、緩み始めた。





 ……もっとも、そう思っているのは本人ばかり。



「(なるほど、随分と力を入れてますわね……)」

 お忍びスタイルのクララは外壁を見上げ、その造りに関心する。

 名家の貴族令嬢にして、王族に嫁いだ妃だ。そのモノの価値を鑑定する知識と目は本物であり、だからこそ軽く呆れもした。


「(コダ。マンコック領とはそんなに裕福ですの?)」

「(いいや、そんな事はない。確かに北端3下領の中では一番富んでいるかもしれんが、所詮辺境の下領だからな)」

 コダもどこから資金を捻出しているんだかと言いたげに肩をすくめてみせる。つまりマンコック領は、こんな立派な外壁を持った町を新設するなど考えられない程度の財政、ということだ。


「(その辺りでも何か後ろ暗い事に手を染めていそうですわね。……それで、抜け穴の位置は?)」

「(こっちだ。知り合いが工事現場にいてな、上手い事やってくれたなら……ここだ)」

 コダの案内で、クララと兵士数名がそこにたどり着いた。一見何の変哲もないように見える外壁の表面。

 だが、彫られている模様の、花の部分をコダが押しはじめる―――と


 ゴゴ……ゴゴゴゴ……


「(! 驚きですわね。切れ目がまったく分かりませんでしたわ)」

 外壁の一部がへこむ。押されるままに奥へ奥へ……そして綺麗に、正四角形の穴が開いた。


「(いい仕事だ。後で改めて礼を言う必要があるな)」

 言いながらコダがその穴の中―――外壁内へと入る。クララと兵士達も続いて入ると……


「まぁ。これは、部屋になっていますの? 壁の中……ですわよね?」

「ああ、話を聞く限り10人ほどが中に滞在していられるだけの広さがあるそうだ。そしてこの扉の先に、横開きの石の壁がある。その先が外壁の内側だと聞いている」

 そう言ってコダは部屋の、別の場所へと移動する。


「そして……あった、話の通りだ。この階段から地下に降り、通路をいけば内壁も町中も通り抜け、一気に本丸最寄りの建物まで行けるということだ」

「素晴らしい仕事ですわね、評価に値します。……ですけどコダ、貴方はどうしてここまでこちらに協力なさるのかしら?」

 クララはまだ、コダを完全に信用しているわけではない。


 この秘密の抜け穴や抜け道にしても、あえて通させて出口で待ち伏せさせるため、の可能性もある。


「前にも言った通り、この地域の古い権力者を一掃するため……それだけだ」

 立派な理由に聞こえるが、それはどちらかといえば大義的なもの。クララが信用しきれないのは、コダが私的な理由を一切語っていないからだ。


 なにせこのルクートヴァーリング北方の昔ながらの土着の権力者を一掃するというのは、政治権力の場にいる人間ならまだしも、一介の狩人がそのために奔走するというのはかなり大事のはずであり、人生を賭ける事にもなりかねない。


 それをやろうというだけの理由が、コダ個人にもあるはずであり、そこのところを語らない以上、信用はできない。


「(アイリーン様がわたくしに下見に行かせたのも、その辺りを探らせるためでしょう……コダの心底を見極めてみせますわ!)」

 実際は、アイリーンはここから最も近い町の宿で、密かに<アインヘリアル>の操作に専念したいからクララに行ってもらっただけだった。

 だが、クララはコダという人物のすべてを丸裸にしてやろうという気概を持って、狩人の僅かな変化も見逃さないと注視し続ける。



「(やれやれ、疑り深い御嬢さんだ……まぁそれだけに信用に足りると言えるかもだな)」

 貴族としてなっていないこの辺りの有力者たちに比べれば、ずっと頼もしい。


 皮肉なことにコダの方は、上流階級者としてのクララを信用していた。



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