◇閑話.ショタ王子様に心酔したメイドです ――—




 殿下に愛でられたあの日から、私の身体は疼きっぱなしになっている。

 (※「第408話 秘密の夜の後は滾っているのです」参照)


「はあ、はぁ、はぁ……、あぁ、殿下……っ」

 限界まで私を昂らせておきながららした貴方様は、なんて罪深い御方。

 おかげで夜番でない日は私室にて、いつも貴方様を想って私は私を慰めてしまいます。



 お屋敷にご滞在の際は、毎日隙さえあればとこの身を弄んだ小さな手……

 自分よりも小柄な、しかして遥か上位の殿方に、日中いいようにされる背徳感。


 もし誰かに見られたら―――そんな不安がすべて快感に変わってしまった私は、殿下が北方へと移動された後も、殿下に弄ばれた場所で、思い出しながらふけってしまいます。


「ああ……殿下、殿下……私のような下賤の者が、貴方様に可愛がられようなどと……ああ、ぁあ……っ」

 欲しい―――あの日、ご無体にもいただけなかったモノが。

 この身の破滅を迎えることになったとしても、あの殿下の男らしい一面を、この心身すべてをもってして、受け止めたい。エルネール様ばかり毎夜毎夜ズルいと嫉妬した。

 (※「第409話 秘する血に絡む覚悟を決めました」参照)



―― 「物欲しそうですね、クーフォリアさん―――いえ、クーフォリア? ですがこれ以上はお預けです。貴女がいい子・・・にしていたなら後日、 “ ご褒美 ” をあげる事も考えておきますよ ――



 その言葉、私はずっと覚えています……ずっとずっと。

 私はいい子にしてます。ですから殿下、きっときっといつか私にご褒美を―――




  ・

  ・

  ・


「ひぎぃいぃぃいいっ!!??」

 私は、メイド仲間で親友だった彼女の苦痛に悶える悲鳴を、茫然として聞いた。


 窓の割れる音を聞きつけて、ご主人様コロッグの寝室に向かって一緒に駆け付けた彼女が、突然刃物を手に取り、ヘカチェリーナお嬢様めがけて走り出した結果、彼女はアイリーン様にアッサリと撃退された。

(※「第448話 死出の時、運命は最強を出しぬきました」参照)



「あ、あ……あぁあぁっ」

 なんて事。何てこと。ナンテコト。


 私はずっといい子にしていたのに。

 エルネール様をむざむさ悪漢にさらわれた挙句、私の友人がまさか、悪い人たちと通じて、それに手を貸していただなんて。


 エルネール様と殿下の秘事を、私は知っている。

 ヘカチェリーナお嬢様と殿下の御関係と将来を、私は知っている。


 なのに、なのに……お二人を危険に合わせてしまった。殿下の “ 御所有物 ” であるお二人を。


「ナンテコト……ナンテコトヲ……」

 私は、殿下にとって、イイコで、いなくちゃ、いけない、のに―――

 イイコで、いる、には、殿下の御意に、従わなくちゃ、いけない、のに―――

 これでは、ワタシは、殿下に、ゴホウビを、モラエナイ―――



   ・


   ・


   ・



「……? 何黙ってうつむいてブツブツ言ってるのよクーフォリア? 親友でしょ、少しはこの縄、緩めてくれてもいーんじゃないの、ねぇ? キツくてかなわないんだけど。こっちは腕の骨折られて、すごーく痛くてたまんないんだからさ」

 凶刃の刺客となったメイド―――アルデーンは、少しは気をきかせなさいよと言わんばかりにクーフォリアを睨む。

 その態度は、とてもお嬢様殺害未遂を犯した者とは思えないと、ウァイラン家執事のヴァーボルクは眉をしかめた。


「口を慎めアルデーン。貴様の罪は深い……現時点においても、極刑になっても致し方ないのだぞ」

「クスッ、それで脅してるつもり老いぼれ? 生憎とあたしは助け出される予定なの。死刑になんてなるわけないんだからー、アッハッハ!」

 アルデーンは、完全に庶民の出なメイドだった。

 それゆえかとても素直で実直に働き、最下級メイドから中級メイドまで出世し、明るい性格とあるじに対する忠誠心に富むとして、他でもないヴァ―ボルグが、名代領主となって家人不足に悩んだコロッグとエルネールの側用人の1人として推した1人だ。


 それゆえに、ヴァ―ボルグは今度の件で多大な責任を感じている。それと同時に、庶民でありながら頑張ってきた側面を評価したいと、何とか減刑してやれないものかとも思っていた。


 が、当のアルデーンはまるっきり今まで被っていた羊の皮を脱ぎ捨てましたとばかりに、醜い気性をあらわにし、縛られ座らされている椅子の上で、強気に吼え散らかしている始末。


「あの、あたしの腕を折ってくれたクソアマはどこよ? ちょっとカワイイからって調子にのってさ、絶対同じように腕折ってやらないと気が済まないんだからっ」

 アルデーンも、ウァイラン家に仕え始めてまだ日が浅い方の執事だが、それでものんびりとして嫋やかなエルネール夫人と、お人好しで優しい主人のコロッグに仕えられる事は幸福だと思え、満足していた。


 しかしながら、アルデーンは最初から裏社会と繋がっていた。


 彼女は金のためにメイドとして貴族の家に入り、裏の依頼あれば即座に刺客と成り果てる……そんな類の人間だった。

 地方の低位貴族の四男として生まれたとはいえ、貴族社会に育ったヴァーボルグとは、価値観も求めるものも違いすぎて、とても相容れない―――言葉など通じないに等しかった。



「フン、今に見てなさいよ? すーぐ私の仲間がこの屋敷に乗り込んできて、私を助けてくれるんだから。その時はあんたたち全員皆殺しに―――」


 パァンッ


「―――ぶふっ!? な、なによクーフォリア、いきなり―――」


 パァンッ! パァンッ、パァンッ!!


「うぶっ、ちょ、なに、やめっ……あぶっ、んびっ、おっ、ふぼっ」

 突然、クーフォリアがアルデーンの両頬を、無言で引っぱたき出した。それも1発2発では終わらない。淡々と、延々と叩き続ける。


 パン、パァンッ、パパンッ、パンッ、パァンッ……


 まるで折檻せっかんだ。クーフォリア自身は無表情で、一切の感情を表には出していない。だがどこかいきどおりめいたものを、醸し出している雰囲気から感じる。


「く、クーフォリア、よさないか。もう吐かせることは全て吐かせた、身体に苦痛を与えたとて、アルデーンに何もしゃべることは―――」

 止めようとしたヴァ―ボルグだが、彼女の肩を掴もうと伸ばした手が途中で止まる。そして息を飲んだ。

 彼女の近くまで伸びた手に、驚くほどの熱気を感じる。


「(ど、どうしたんだクーフォリアは? こんなにも怒りを露わに……友人だと思っていた相手に裏切られたとショックを受けているのだろうか??)」

 クーフォリアの怒りの理由を、ヴァ―ボルグとアルデーンが知ることはない。


 彼女は、彼女の親友が殿下の御所有物お嬢様を害しようとし、同じく殿下の御所有物エルネール様をさらわせる手助けをする人間であった事を責めているのだ。




 自分の親友が、悪事に加担し、殿下に不利益をもたらした―――それを近くにいた自分が見抜けなかった。

 つまり自分はイイコではない―――殿下から “ ご褒美 ” を貰えない事に怒り、おさまらない身体の疼きと熱さをさらなる怒気へと変えて、彼女はアルデーンを叩き続けた。



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