第431話 運送する竜巻の魔法です
「申し訳ありません、殿下。全てを無事、確保する事かなわず……」
そう言って、上司としての責任を感じているセレナは、小柄な僕よりも小さくなりそうな勢いで意気消沈していた―――意外と完璧主義者な部分もあるのかな?
「セレナの責任ではありませんよ。報告を聞く限り、どうにかなる状況ではなかったようですし、このくらいは想定内ですから」
物事は常に、100%見込んだ通りの結果に行きつくなんて事はものすごく
「(けど突然、竜巻が……そんな事があるのかな……)」
実は兵士さん達がこっそり横領したり、あるいは何らかの自分達のミスを隠すのに、適当なウソをついている―――なんていう風には見えない。
事実、送った兵士さん達は何十人か帰って来てないし、現地周辺の調査に向かわせた部隊の報告でも、確かに地面の荒れ方が竜巻が暴れたような跡が残っていたって……
「セレナ。報告書をもう一度僕に」
「はい、殿下」
何の変哲もない平原に、まるで狙いすましたかのように発生した竜巻。
そして荷馬車や兵士さん達を襲うように動くなんていう不可解さ。
念のためルヴオンスクの住民を呼び、この辺りではよく竜巻が起るのかを聞いても、生まれてこのかた竜巻なんて見た事がない、と答えた。
「(竜巻なんて発生しない地域で、不可解な竜巻が生じ、荷駄隊を襲った。そして……報告書には、巻き込まれた荷馬車の残骸や人の遺体などはその周辺のどこにも落ちていなかった……―――)」
僕の脳裏に、何かがフラッシュバックする。
―― 竜巻 ―― 移動 ―― 空間 ―― 運搬 ――
順番に思い浮かんでくる極めて一瞬の光景の連写。
その内容は、誰かが荷物を運ぶにあたり、もっと便利で楽にできないかを研究しながら魔法を行使している、といったものだった。
「―――……<
不意に、そんな言葉が思い浮かぶ。
フラッシュバックしたイメージが1本の線になったかと思うと、自然と浮かんできて、無意識につい
「? 殿下……それは??」
「おそらくは魔法、だと思います。竜巻を引き起こし、巻き込んだものを任意の場所に移動させる事ができる、というものだったかと思うのですが、記憶があいまいです」
どこでその魔法の名称を見たんだっけか? 昔から本を読み漁ってるし、古い書物だとは思うんだけど……はて、詳しい説明を思い出せない。
「ですが、その魔法が用いられたというのでしたら状況に合致致しますね。なれば何者か……いいえ、ほぼ確実にエルフの仕業でしょう。バン=ユウロスの救援に現れなかったことから彼は見捨て、彼の放った荷物の一部なりとも回収しに来た……といった形でしょう」
多分セレナの言う通りの流れだと思う。
あるいは元々、バン=ユウロスを助ける気はこれっぽっちもなくて、こちらの隙を見つけては金品物資をいくらかくすねるつもりで、どこかで様子を伺っていたのかもしれない。
「……多少、渡ってしまったのは致し方ありません。全体の7割ほどを無事、取り返せましたし、バン=ユウロスの溜め込んでいた私財の一部を補填的に加えれば、徴収された北端3下領の人々に返還する全量には十分足りるはずですから」
まずヘンザック領から僕の名前で臨時徴収された分を領民に返していく。もちろん徴収の裏側にバン=ユウロスという強欲者がいた事を添えて。
彼には悪いけど、死した後もしばらくは悪者になってもらう事になるのは仕方ない。事実、彼が金品要求したからこそ北端3下領は徴収に走ったわけだし。
「ヘンザック領から領民に返還します。そうすればロイオウ領とマンコック領の領民も徴収分の返還に期待を寄せるでしょうからね」
「なるほど、さすがは殿下。もし2領の領主が何もしなければ、領民はヘンザック領との差に不満を覚え、それぞれの領主に不審の目を向ける事になるでしょう」
「はい。そうなれば、ロイオウとマンコック領主は動かざるを得なくなります。……特に、マンコック家はよりエルフと通じている可能性が高いですからね」
相手がじっとしていると、なかなか捉えられないし見えてこないものだ。けど動きがあれば、その分見えてくるものや隙が生まれる。
特にエルフの陰を捉えるという意味でも、マンコック家は特に引っ張り出したい相手。
なので……
「時間差をつけて、まずはロイオウ領にアプローチします。そこでマンコック領だけ、返還には時間を置きます。領民の方々には申し訳ありませんが、あえて焦らさせていただくために」
「かしこまりました、ではまずヘンザック領、そしてロイオウ領への手はずを整えるのですね」
だけど僕は、少し考える。本当にそれでいいのかを。何かもう1手、ううん2手打っておいた方がいい気がしてならない。
「……返還に際しての分別や書類仕事はクララにも手伝ってもらうと致しまして、……少し、なにか胸騒ぎがします。セレナ、ある事を王城に要請しておこうと思います。伝令を飛ばしてくれますか?」
「! 王城……殿下、ある事とは?」
ルクートヴァーリング地方内ではなく、王都の王城……それはここからはかなり遠い。
そこにわざわざ何かを要請する―――ただ事ではないと察したセレナは、真面目な表情で問いかけてきた。
「……アイリーンを召喚します。正直、僕はエルフの力をどこかで軽んじていたかもしれません。ですが
そもそもエルフ関係なく、あのバモンドウがいた時点でアイリーンでなければ対処不可能だ。
今のところは僕たちと戦う気はない様子だったけど、いつどんな理由で戦う気に転じるかも分からない。
「最初はセレナと兵士さん達で、上手くいけばエルフ残党を抑え込めると踏んでいました。ですが少数で機動的かつ高レベルな未知数の魔法を扱える者がいるとなると、軍隊の力で対抗するには相性が悪すぎます」
「確かに……ではすぐにでも早馬を飛ばしましょう」
この辺り、セレナはさすがだ。
普通なら僕の言葉の受け取り方次第では、自分たち将兵は役に立たないと言われているように聞こえ、悔しく思うところだろう。
だけど彼女は冷静に僕の見ている危惧を、感情ではなく理知的に受け取り、理解してくれている。
「まず、ヘカチェリーナとエイミーに合流するように……そうすればコロック氏のお見舞いという
最初からアイリーンを連れてくれば良かったと思うのは簡単だ。
だけどアイリーンはアイリーンで王弟第一妃で、僕のハーレムのリーダーでもあるし、まだ生まれて1年になるレイアという娘もいる身―――本来なら、王弟のお嫁さん達はそもそもお城から出かけることですら、かなり珍しいこと。
「(この辺りのさじ加減は本当に難しいんだよね。アイリーンには王都がまた狙われた時用に残っていてもらいたかった……っていうのもあるけど、王族の世間体とか色々考えると、あちこち連れ回すのがし辛いっていうのは)」
本当、上流階級っていう身分に生れた者のデメリットだ。
創作の物語のように、スパスパと物事を都合よく進められないのはもどかしいけど、仕方ない。
これが現実ってもんだ。そう自分に言い聞かせて、僕は次にやるべき事にむけて頭を切り替えた。
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