第408話 秘密の夜の後は滾っているのです




 コロックさんの屋敷に到着して一晩明けた翌朝。


「……」

 僕は、少し呆けたまま窓の外の空を眺めていた。




 コンコン……


『失礼致します、殿下。御起床なされていますでしょうか?』

「はい、起きています。どうぞ入ってください」

 扉を開けて入って来たのは、ウァイラン家に昔から仕えている数少ないメイドの1人、クーフォリアさんだ。

 入室する前にうやうやしくも深い礼をし、きっちりと上半身を起こしてから1拍間をおいてさらに “ お部屋への御入室、失礼致します ” と一言述べてからまた1拍あけ、ようやく1歩室内へと歩を進める。


 だけどすぐに止まり、またお辞儀。


「(うーん、なんていうか……礼儀作法の教科書が歩いてるみたいな人だ)」

 マナー教室とかでめっちゃくちゃ厳しい講師がお手本を見せる時みたいな、そんな所作だ。流麗というよりかは、キッチリカッチリとした精密機械感がすごい。



「御朝食の準備が整っております。どうぞ、大食堂へお越しください」

「分かりました、すぐに行きます」

「では、僭越ながら、お着換えのお手伝いをさせていただきます」

「(! 今の感じ……そっか、そうだよね。完全に誰にも話を通してない秘密というわけにはいかないもんね)」

 クーフォリアさんの “ お着換え ” の発言の辺りが、本当に普通は気付かない程度に微かながら、声の調子がブレたのを、僕は聞き逃さなかった。


 それは動揺―――語句から何かを連想して湧き上がった恥じらいによるもの。


 つまりクーフォリアさんは、事前に昨夜のことを聞かされている。エルネールさんの秘密を共有している数少ない人間の1人だろう。


「(でも、それって裏を返したら、クーフォリアさんは、エルネールさんが絶対的な秘密を知っていてもらっても問題ない……信頼に値する人物だって事でもある)」

 あらためて、僕の寝巻を脱がせている最中のクーフォリアさんを眺めた。


 能面―――いや、おすましした状態で表情を張り付けている感じで、喜怒哀楽でいえば “ やや楽 ” の状態をずっとキープしているような雰囲気だ。

 その顔だちは綺麗で、派手でない程度に薄く引いたルージュを除けば他に化粧しているようには一切見えない。肌のキメが細かく、まるで職人が長年かけて削り磨きあげた精巧な人形を思わせる。


 ハッキリとした黒髪。だけど朝の光が当たる箇所は、薄いミルク色の輝きを淡く放つ。

 真っすぐ毛の先は綺麗に切り揃えられ、いわゆるおかっぱと呼ばれる髪型。だけど幼さは感じられない。むしろ、ものすごく完成された感じがする。


 大きいけれど、少し猫のように目じりがややつり上がってる目。瞳は淡いブラウン。

 鼻はほどほどに高く、掘りは深すぎない。

 地味ではないけど、美人過ぎるでもない顔立ちは、メイドとして高貴な者の側用人を務めるにあたり、限界上限ギリギリを攻めたっていう美人っぷりだ。




「お次は、御前を失礼致します。……、っ……」

 今の僕の寝巻は、かなり軽装だ。正直着替えのお世話なんて必要だろうか、っていうくらい着てるものは少ない。

 厚手の木綿織りの上羽織ケープを取ると、あとはバスローブしかないっていう恰好―――その前を開いた瞬間、僅かにクーフォリアさんが怯んだのを、僕は見逃さなかった。


「どうかしましたか?」

 ちょっと意地悪いけど、問いかけてみる。


「……いえ、何もございません。お着換えの続きをさせていただきます」

 僕の僕が、たぶん彼女の想定していた以上のモノだったのだろう。

 僕の視界からはちょうど彼女の突き出た胸の下に、隠れる形になって見えなくなってるけど、実はかなり元気な状態になってたりする。


「(うん、スタイルもいいなぁ)」

 メイド服の上からでも分かる、そのスタイルの良さは、何というか凄くバランスを極めたボディラインって感じがする。

 グラマーだけど、出過ぎない。身長や各所の体寸なんかと相談して、ベストサイズを極めました、みたいな体形だ。


「………………」

 黙々と、バスローブを脱がせ、綺麗に折りたたんでいるクーフォリアさん。

 先ほどと何ら変わらずに自分のつとめを果たしているように見える。




 けど甘い! 王弟として生まれ、貴族社会を生きてきた僕の目は誤魔化せませんとも!


 ガバッ!!


「!? で、殿下? いかがなされ―――」

「ダメじゃないですか。着替えのお世話をする者が、気になって・・・・・いては?」

「……いえ、気になどなっては―――っ、で、殿下……!?」

「エルネールさんは貴女に信頼を置いているようですが、念のため……僕からも確かめさせていただきますよ、貴女が信頼に足る人物かどうかを、ね」



 そうして朝っぱらから僕は彼女を抱き着き倒し、信頼できる人かどうかを確かめ尽くした。




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