第405話 状況はゆるりと移り変わるようです




 滞在中、メイトリム内の施設を視察して周ったり、周辺の整備状況を確かめたり、今後の必要な指示を与えたり、温泉を楽しんだり―――


 何だかんだで、仕事というよりも温泉地への団体旅行みたいな雰囲気でこの数日は過ごすことが出来た。




「かなりリフレッシュできた気がします。メイトリムは、僕の思い描いた通りの保養地としてほぼ完成したと言ってよいでしょう」

 王都への帰りの馬車の中、滞在体験とその余韻から、想定通りに仕上がったと、僕は自信を深めた。


「本当に、あの “ 温泉 ” というものは気持ちが良かったです。さすが殿下の発案だよね」

「うんうん、あれは本当にすごいです、旦那さま。私、あの中で寝てしまえる自信があるくらい、気持ち良かったですもん!」

「アイリーン様、それはお控えくださいませ。長湯は御身体に触りますと、殿下もおっしゃられておりましたでしょうに」

 シャーロットが隣に、対面位置にアイリーン、その隣にファンシア家お抱えの立派な体格をした女性メイド、マールさんが同乗してる。


 和気あいあいとしていて、シャーロットもアイリーンが相手だと結構気楽に接する事ができるのか、言葉遣いを少し楽にしてる。


 マールさんは30後半くらいで、何というかドッシリとしたメイドさんだ。いかにもベテランで、メイドさん達の主任チーフ感がある。

 今でこそファンシア家お抱えだけど、若い頃は女戦士として活躍していたらしい。


 父上様が現役時代に東戦線の現場兵士達の慰労に向かう際、その護衛を務め、奇襲で襲い掛かって来た無数の魔物相手に大立ち回りして守り抜いた猛者らしい。

 ただ、その際に負った怪我の後遺症で長時間の戦闘に耐えられなくなり、戦いの場から身を引き、第二の人生として貴族の護衛に雇われたところ、それがファンシア家だった。


「(最初は護衛兵としてだったはずなのに、いつの間にかメイドになっていました、ってなんか笑い話の持ちネタ的に話してたなぁ)」

 おそらく強いのは本当だろう。だからこそファンシア老夫妻はシャーロットの側用人に彼女を置いているんだと、滲み出るようなその雰囲気で分かる。




「(他の馬車の方は大丈夫かな?)」

 ずっとメイトリムで静養していたシェスカとリジュも僕達と一緒に王都に移動中だ。同乗はクララとセレナ。

 その後ろにレイア、エイミー、ヘカチェリーナと、護衛メイドの1人が乗る馬車が続く。


 他の馬車は客車っぽい外装をした荷馬車だ。貴人が実際に登場している馬車がどれか分からないようにする囮の意味合いも含まれる。


 なので馬車は10両立てと、結構な車列になってしまった。



  ・


  ・


  ・


 王都の王城に戻った後、僕はヘカチェリーナにある事を頼む。


「? ルクートヴァーリングの北?」

「ええ、確か最北は例の山岳地帯に接しているはず。ルクートヴァーリング内としましては、多少の鉱山があるだけと記憶していますが、その北部の哨戒と警戒を最優先にて行う必要があります。場合によっては急いで固めるべきを固めなくてはならないかもしれませんし」

 僕は、かつてのルクートヴァーリング地方の売国の件の黒幕がエルドリウス一派だとして、ならなぜかの地が目を付けられたのかを帰りの馬車の中で少し考えていた。


 確かに当時、ルクートヴァーリング地方はその事実上の支配権を貴族達が付け狙う状態にあったのは間違いない。

 (※第四章あたりを参照。)


 だけどそれはあくまで王国内での貴族達の所有うんぬんの話であって、国外の部外者があの地を獲得しようものなら大問題だ。間違いなくエルドリウス一派と王国が戦争状態に突入していた。

 だけどエルドリウス一派の勢力は一国と争えるレベルにはない―――ルクートヴァーリング地方獲得に動くのは現実的とは言い難い。


「なるほどねー、じゃあエルフ達がそれでも狙ってきたのって、潜伏してるトコに近いから、とかそういう理由があったのかも、って殿下は睨んでるってワケだ」

「そうです。彼らがエルフの再興を大目標とするに辺り、絶対に欲するものの一つが基盤となる土地でしょう。王国貴族を隠れ蓑に、どこかにこっそりとエルフの地を獲得し、徐々に力をつけ、そしてジワジワと拡大する……ですがそれにはとても長い時間が必要になります」

 王国に悟られないように侵食するには、本当に僅かな地に隠れ住む形から始めないといけない。

 それを拡張していくとなると、気の遠くなるような話だし、どこかでバレれば確実に王国とドンパチ状態に突入必須だ。


 だけど、ルクートヴァーリング地方全てを、エルフの息のかかった貴族が完璧に所有することが出来たなら?


「一気に広い土地を得て活動する事ができたでしょうね。表向きは貴族にエルフの保護というお題目でも掲げさせておけばいい。広い基盤を得たなら、勢力の拡大は加速度的かつ短期間で相応に成し得るでしょうから」



 ―――弱者を装った脅迫。


 滅びそうなほど弱っている者たちが、保護を求めてきたのでこれに応じた。

 けど実態は逆。その弱者を装う者達の操り人形となった権力者と保護という盾の後ろで力を高めるというやり口だ。


「(特に、こじらせたエセ左巻きな人達がよく使う手口だけど、世間体が命取りになりかねない王制国家にはメチャクチャ厄介だ。ルクートヴァーリング地方を僕が所有できたのは、王国にとってエルドリウス一派への対抗手段としてはGJだったわけだね)」

 そして、裏を返せば彼らの潜んでいるところは、ルクートヴァーリング地方に比較的近いところにあるかもしれないということ。

 もしかすると、密かに北方に侵食してきている可能性だって捨てきれない。




「おっけー、パパに調査と警戒するよーにって言えばいいのね」

「よろしくお願いします」


 こうして僕も、王国北の山岳地帯の中、ルクートヴァーリング地方の北の辺りをチェックさせた―――わけだけども後日、彼らの拠点と思われる場所を発見したものの、既にもぬけの殻になっていたっていう報告が、届けられた。



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