第329話 悦びを見つけた怪人です




――――――某所。


『……以上ガ、コの度の報告の全テとナリます』

 バモンドウは、恭しい態度で下げていた頭をあげた。冷たい石畳につけた左膝と右拳、上半身と下半身の角度も完璧で、高貴なる者に対する態度のお手本とも言えるほど、綺麗に決まっていた。


「……、……、……?」

 報告を聞いていた者は、大きな椅子の背もたれだけを見せ、バモンドウに振り向こうとすらしない。だが彼に返す嫋やかなる言葉遣い・・・・・・・・・は、女性を思わせる声・・・・・・・だった。


『ハッ、その件につきマシテは、イグエイシンが既に確認に取り掛カってオりマス。詳細と信憑性に尽きマしテハ、そのウち、報告ガ上がルかと……』


  ・


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 報告を終えたバモンドウは、御前のいる部屋から退室するとともに、ようやく一息ついたと脱力した。


『バモンドウ、任務ご苦労サマだな』

『! ナトウインか、そちラも今カ?』

 総石造りの廊下の向こうから姿を現したのは、触手の塊のような魔物だった。


 ―――ナトウイン。

 バモンドウ達の同僚であり、常に粘液を排している大量の触手で全身が覆われているという、彼らの中でもキワモノな容貌をしている者の1体。


 プランティス・オーリア植性なる森の戦士と呼ばれる魔物から生み出された個体で、そうはまったく見えないが亜人系に分類されている。


 その容貌に似合わず性格は気さくで、物腰が軽く、行動力がある。



『アア、ヴェオスの事ハ、多少聞いタ。残念だナ、奴のアのスキルは勿体ナかっタ』

『まぁナ。だガ、魔物の因子ガ深まルにつレ、スキルの行使は難ヲ極めテイタ。……ヤハり “ あの御方 ” の予想通り、生物そのモノが変化すル事は、無理ガあッタと言わザるを得まイ』

『ソの事ヲ確かメらレタだけデモ、ヴェオスは有意義だっタか。無駄に終わラなかっタだけ、良かっタナ』

 彼らには上への忠義はあれど、同僚への同情心などない。役に立つか立たないか……それだけだ。


 しかもヴェオスは、元人間で改造された魔物……言ってしまえばただの実験動物モルモットだったと言ってもいい。彼らにはその死に対して何ら感傷はない。




『それデ、ナトウイン。そちラの首尾はドウなんダ?』

 彼らはおよそ全員、常に何かしらの仕事を任されている。そしてそれは、バモンドウ達のように前線に赴く場合もあれば当然、それとは違う意味で大変な現場もあるわけで……


『まァ、順調ダ。エルフ・・・は寿命ガ長く、若イ時間モ長い……ダガ、どうしテもメスが先に死ヌ。精神的に壊レテしまウのモ早イのデナ、オスとメスの数ガ偏ッテくル。適度にエルフ同士の繁殖モ織り交ゼてハいるガ、メスが生まレるトは限らンし……悩みノ種ダヨ』

 そう言って自分の触手の1本で頭をかくような仕草をするナトウイン。

 ネットリとした排液がグジュルと音を立てながら垂れ落ち、石の床にヌメる液溜まりが形成された。


『物事は想定どおリに進マヌもの……仕方あルまい。ではナ』

『アア、時間があっタラ今度、手伝って・・・・クレ。エルフのメスのイイやつヲ用意すルカラ』

『わかっタ、楽しミにシテいル』

 まるで会社の中でお互い大変だなと労をねぎらい合うかのような会話。


 だが、彼らの仕事はそんな軽いノリのものではない。




『(ナトウインの仕事も一筋縄デはいカないダろうカラな。……さて、イグエイシンの持ち帰っタ情報デ、どこマデ事ガ進むカ……)』

 彼らは普通の魔物ではない。それは主である “ 御方 ” がただ者ではないからだ。


 知性が高く、この世のあらゆる魔物をぶっちぎりで超越しているであろう彼らが、唯一この世で忠誠を尽くす主。その目的と意志に従うことが、まさしくバモンドウ達の存在意義といっても過言ではなかった。


『(……、我にモ、スキルがアレば……)』

 バモンドウはスキルを持たない。

 それだけではない。魔物ならばその生態に沿った特異な力なども持ち得てはいないのだ。


 バモンドウが持ち得ているのは純粋に、身体能力だけである。もっとも―――


『……、ムンッ』


 フッ……ドンッ!


 人間最強クラスの個体、アイリーンが本気を出して、なお互角に戦えるであろうほどにハイレベルなソレは、戯れに一瞬で100mを移動し、その先にあった岩を粉々にする。

 時間にして0.1秒にも満たない。バモンドウには特異なる能力など必要ないのだ。


 しかし、それでも彼は時折思わざるを得ない。もし、もしもこの肉体に加えてのプラスがあれば、もっと自分にできる事は多くなるのだろうか、と。




『フッ、……我ガ、ナイものネダリ……とハな』


 ブシュッ!


 傷口が開く。こんな気分になったのは、きっとあの女のせいだろう。


 あの時までは、人間に戦うに値するような強者などいないと思っていた。

 (※「第299話 突然に押しかけ来る怪人です」参照)


 しかし、初めて自分が傷つけられるという経験を経た彼は、戦いへの意欲と共に、強い向上心を抱く。



 はて、自分はこんなにも欲深かっただろうか? そう自分で自分に不思議になってしまう感傷に、バモンドウは無意識ながらに笑いだした。



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