第328話 眠れない月明かりの庭です
「そうですか……兄上様に預けていた
夜中、僕は賓館の庭で寝付けないから軽く散歩するフリをしつつ、茂みの影に向かって話しかけてた。
もちろん、そこには誰もいないように見える。けど……
「はい、ウェルトローエルの戦況は芳しくなく、特に敵状を調べる偵察に失敗が続いていたと聞き、陛下は彼らを派遣する事にした模様です」
シャーロットの "
いくら夜陰に紛れてって言っても、ここまで気配を絶てるのはさすがだ。
「兄上様の政敵の動きを調べる偵察の役に立てば、くらいに思っていましたが、確かに彼らなら打ってつけでしょう。ですが……気にかかりますね、戦況が」
ウェルトローエルに明らかにわかりやすい群れで魔物が出現してから、しばらく経つ。一度終息に向かっていたと聞いてから、さらに魔物達を動かしていたはずのヴェオスも既にこの世にない。
なのに魔物達は何故―――
「―――シャーロットに、こう伝えてくれませんか? ウェルトローエルに関しましては、"
「! はっ、殿下の御伝言、しかと伝えます。では」
構成員が去った後、僕は月を見上げつつ、考えた。
そう、ウェルトローエルにいる魔物達は、あくまでヴェオスがこちらの中央、つまりは王都の目を自分達ではなくウェルトローエルの案件に向けさせるためだ。
つまり、あくまでヴェオスの戦略的な意味合いから、魔物の群れはウェルトローエルに派遣されたはずで、そのヴェオスが死んだ以上、魔物達が律儀にかの地で暴れ続ける理由がない。
「(まだ、ヴェオスの死を知らない? ……ううん、そんなことはないはず。もうそれなりに時間は経過しているし、いくら僕達がヴェオスとその配下の魔物を1匹残さず倒したって、それならそれでヴェオスから長々と何の連絡も来ない事に、現地の魔物達はおかしく思うはず……)」
何より、ウェルトローエルでの戦況を聞く限り、かなり組織的に暴れている様子―――本能と欲望のままに暴れる生き物であるはずの魔物が、そんな知性的に集団戦を継続している事がそもそも奇跡だ。
「(的確に偵察の潜入小隊の位置を襲撃し、こちらの ″ 軍隊の目 ” を潰してる。それだけでも、こっちは敵の情報が得にくくなって、戦いづらくなるわけだけど……そこまで戦略的に考えて、しかも実行に移せる? 高い知能と魔物達を束ねる指揮官がいなきゃ無理だ)」
仮にウェルトローエルで暴れている魔物達が全て、通常よりも高い知能を持っていたとしても、集団として機能させるためには、指揮を取れる
もしそれがいるのだとしたら、むしろヴェオスが死んだ事で実力ある個体がウェルトローエルの魔物達を束ね、独自に行動を取り始めた可能性が高い。
「(―――っ、まさか……あのバモンドウみたいなのがいる?)」
可能性は低くない。アレは本当に、魔物として完成された生命体っていう高いクオリティを感じる存在だった。
もしあれに比肩するほどの個体がいれば、知能が高まっている魔物達であろうとも余裕で従えるだろう。
僕は、そんな事はあってほしくないなぁと願う。
「(まぁ……
ジャラサは、クジャクのような色の翼をもった
彼が持ってるスキル、<フライ・ビジョン>は、空を飛んでいる時に使用が限られるけど、森の木々のような構造物を除けた状態の視界映像を見ることが出来るという、まさに航空偵察にはうってつけのスキルだ。
家や城のような人工の建造物なんかは透かせず、岩や樹木のような自然物だけが対象なので、王都ではあまり効果を成さないスキルだったけど、今回のような見通しの悪い地形での野戦なら、抜群に有効だ。
「あ、旦那さまー。こんなところにいらっしゃったんですか?」
「アイリーン、起こしてしまいましたか。少しだけ寝付けなかったもので……少々、夜の庭を散歩していました」
ともあれ僕達は今、あの地に直接かかわる事はない。兄上様達が計らってくれた以上は、このメイトリムでの地固めと静養、そして新たな命を迎える準備に努めるだけだ。
「あ、そういえば旦那さまに見て欲しいものがあったんです」
「? 何でしょう、アイリーン―――……おぉっ!?」
僕が問い返しきる前に、アイリーンの姿が二重にブレた、かと思ったら、スッと二人に分裂した。
形・色・細部まで完璧―――それはアイリーンに与えたスキル<アインヘリアル>による分身体だ。
ヴェオス戦の前はまだ、全体の色こそのせられてはいたけど、ここまで細部もしっかりと同じにする事は出来てなかったのに。
「どうですか、そっくりですよね?」
「はい、驚きました。格段に精細になって……本当にアイリーンが二人になったようです」
「ふっふっふー、ですが旦那さま、まだこれだけじゃないんですよー」
そう自信たっぷりに言うと、今度はアイリーンの顔横に白いモヤが伸びて、小さな塊になり……やがて、小鳥になった。
「! 複数を同時に出せるんですかっ、いつの間にそこまで」
「エッヘン、実はヴェオスのあの小城に最初に潜入した時に、初めて実戦でやってみたんですが、上手くいきました。ずっと練習してたので、レパートリーも増加中ですっ」
しかもアイリーンが胸を張る仕草をしても、<アインヘリアル・アイリーン>は同じ動きをせずに、じっと待機姿勢を維持してる。
以前は本人と同じ動きを取ってしまっていたのに……すごい上達ぶりだ。
「(さすがというべきでしょうか? ここまで使いこなせるようになるだなんて―――)―――アイリーン、アイリーン」
僕はちょいちょいとアイリーンを手招きする。
「? はーい、何ですか旦那さ―――」
頭を撫でた。
「よく頑張りましたね、アイリーン。とても偉いですよ」
ちょっと子供っぽい褒め方かな、と思ったけど、何となく今はこれが一番いいような気がした。
「だ、旦那さま……えへへ、嬉しいですっ」
うん、可愛い。
僕はお嫁さんの愛らしさにほだされて、気持ち良くベッドに戻ることができた。
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