第322話 メイトリムへの帰還です




 およそ4日かけて、僕達はメイトリムに帰ってきた。



 途中1度だけ山賊が襲い掛かってきたけど、護衛の兵士さん達と、アイリーンが嬉々としてぶちのめしてたので、まったく問題なし。

 とはいえ、リジュムアータに移動の負担を蓄積させるわけにはいかないので、ペースを落としての道のりを心掛け、途中で3泊を挟んでの帰路になった。




「ほぼ1ヵ月くらいでしょうか? 思った以上に時間を空けてしまいましたね」

 メイトリムの外壁が遠目に見えてきたところで、僕は戻って来たっていう実感と一緒に窓から眺める。


「レイアが寂しがっていないといいんですが―――あ、旦那さま、あそこ見てください、セレナ様が出迎えに出て来てくれていますよ」

 まだこの距離だと人の姿までは見えないと思うんだけど、すごい視力。アイリーンのスキルはやっぱり、アイリーンの肉体面の機能全部を強化をしてるんだろうな。



「結局、セレナにも留守を守ってもらう事になってしまいましたし、労をねぎらって―――」

「旦那さまっ、お義兄様にいさまもいらっしゃいますよっ」

「そうそう、兄上様も―――……ん? 兄上様??」

 どういう事かと思って、思わず窓から近づくメイトリムの入り口の方を見る。


 すると、距離が詰まってようやく、人の群れが見える中に鎧姿のセレナらしき人物と共に、もう一人見慣れた感じの人物がうっすらと見えた。


「あれは……―――全護衛の兵士に通達。宰相閣下がメイトリム入り口前にて、出迎えに出て来ています。気を緩めないよう、注意を促してください」

「!! は、ははっ、ただちに!!」

 窓の外、馬車に一番近い位置を並走していた騎兵さんにお願いし、全員に情報を伝達してもらう。


 1分もしない内に、護衛の兵士さん達全員が緊張し始めたことが馬車越しにも伝わって来た。



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「此度のこと……大義であったな、弟よ」

「ありがとうございます、宰相閣下」

 僕とアイリーン、クララ、セレナ、そしてシェスクルーナと護衛の兵士さん達から代表で5名の計10人が兄上様の前で片膝をついてる。


 略式だけど慰労褒賞の儀だ。


 どちらかっていうと僕達よりも、護衛を務めた兵士さん達や今回最大の被害者のシェスクルーナ達マックリンガル姉妹を評価する意味合いが強い。


「(さすが兄上様。これまでの苦労を慰めるという意味じゃあ、上位者にキチンとした儀礼の場を設けてもらえるだけでも、この世界じゃあ大きな意味がある)」

 一国の宰相閣下がわざわざ儀礼の時間と場を用意し、これまでの苦労に報いる言葉をかける―――実はコレ、相当にスゴイ事。


 実際、兵士さん達は今にも勿体ないお言葉と言い出しそうな感じで、メチャクチャ恐縮してるし、シェスクルーナはこれまでの事を思い出したのか、涙を浮かべてる。



「後ほどこの場にいない此度の件に尽力した者達にも、別途言葉をかけさせてもらう機会を設けさせてもらうが……まずは代表して諸君らに、王の名代としてここに感謝を述べさせてもらおう、本当によくやってくれた」

「「「は、ははー!」」」

 恐縮の気持ちが限界をこえたらしく、後ろで兵士さん達が揃って声をあげた。


 きっと垂れた頭もさらに深く落としてるんだろうな。



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「フフッ、まさか宰相閣下自らお出ましとはね……驚きだよ」

 リジュムアータは言葉ほど驚いてはいない。おかしそうにクスクスと笑っていた。


「さすがにリジュちーでもこれは読めなかった?」

「うん、可能性はゼロじゃない事だとは思うけどね。宰相の地位にある以上は、簡単に王都から離れる行動は取れない……先入観だね、ボクもまだまだって事かな」

 ヘカチェリーナに言葉返す少女はいかにも楽し気だ。


 まだベッドから起き上がることもままならない身ながら、そこには確かな生気が戻ってきていた。



「そういえば、殿下の御子のところには行かなくてもいいのかい?」

 ヘカチェリーナは王弟専属メイドだ。王弟の子であるレイア姫のお世話も、本来なら一番重要な仕事の一つになる。

 長らく離れていたこともあって、留守を任せていたメイド達にも話を聞いたりもしなければならないだろう。


「うん、大丈夫ー。そっちにはエイミー様に行ってもらったからー。慰労褒賞の儀が終わったらおっつけ殿下とアイリーン様もそっちに顔出すだろうし、レイア様がビックリされないように、まずエイミー様が先触れって感じー」

「すまないね、ボクの世話を焼かせてしまって」

「なーに言ってんだか。この程度、たいしたことないよー、枯れたこと言うような年でもないっしょ? アハハッ」

 すると、リジュムアータはつられるようにして微笑む。


 さすがに大笑いすると頬のあたりの筋肉が痛いので、まだ一緒に笑い声をあげるのは厳しいが、朗らかな気分になった。


「それもそうだね……14の女の子の言い回しにしては、おばあさんっぽかったかな」

「14!? 若っ……って、そういうやそうだったっけ。リジュちーと話してると、ついその辺忘れがちになるよ。はい、お薬」

 ヘカチェリーナが薬湯を作って渡す。


 それを受け取ると、リジュムアータはそのコップの中の水面をじっと見ながら、一転して少し悲し気な表情を浮かべた。


「? どしたの、何かヘンなの入ってた??」

「ん、そうじゃないよ。……御父様の事を思い出してね、御父様は癒しのスキルを持っていたんだけれど、それでも自分の病は癒せなかったから、こういういい薬があの時代にもあったなら……って、少しだけ考えてしまったんだ」

 そう言って寂しげに笑う。


 確かにこの飲み薬たる薬湯は、まだ最近できたばかりのものだ。

 滋養強壮を補助し、自己治癒力の強化や栄養補給なんかも考えられた効能がある。


 こういった話は世の中には数多くあるもので、あと1年早ければ、あと5日早くソレに出会っていれば―――たらればの後悔は、後を絶たない。




 聡明なリジュムアータにもそれは分かっている。だが理屈と感情は別。


 水分の戻りつつある身体が彼女に涙を提供し、その瞳を通して大粒の数滴がこぼれた。




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