第318話 戦後処理は欲孕む舌戦です




 今回の戦いの後始末―――特に、ヴェオスの小城の事後処理は、頭を悩ませる問題だった。



「周囲はもちろんながら、西側は完全に野に戻っていましたからね。しかも湖が出来ていた事を考えますと、使用する土砂などを採取するために大穴を掘ったということでもありますから、元通りの街道に戻すには……」

「資金も、労力も、時間も必要……という事ですな、殿下」


 この日、メイレー侯爵の呼びかけで、周囲の隣接するところに領地を有する貴族らが集められ、ヴェオスの小城近辺の後始末についての話し合いが行われていた。




「つまりまとめますると、ヴェオスという敵の首魁は、大街道の敷板を引き剥がし、地面を掘削し、そうして得た土砂や石材を城の建材とした、というわけですな?」

「とんでもない事を考えよる。さすがは魔物の思考、ということか……」

「まったくもって許せぬ所業でございますな」


 口々にあがるヴェオスに対する悪態―――彼らの多くは、この戦いで何もしなかった貴族達だ。中にはヴェオスに懐柔されてた人も含まれてる。

 なので全てが終わった今、様々な思惑を抱いてここに来ている人ばかり。



「(何もしていないのにおこぼれにあずかろうという人、ヴェオスと関係があった事をうやむやにして追求を逃れようという人、戦後処理に貢献して少しでも見栄よくしたいという人……情けない限りだなぁ)」

 今回の戦いでのこの場にいる貴族達の貢献度は、メイレー侯爵が100でそれ以外は0。誰が見てもハッキリしてることなのに、それでも欲や保身に走らんとするのは、なんとも面の皮の厚いこと。


 もっと言えば、ヴェオスを倒したアイリーンと王弟の僕、そしてその護衛兵と、王室とメイレー侯爵の手柄がほぼ丸々だ。そこに協力としてシェルクルーナとリジュムアータが入る。

 普通にこの戦いに関する論功行賞リワードは120%埋め尽くされている。そこに食い込もうという人達は、一体どうして食い込める余地があると思うのか、理解しがたい。



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「ふぅー、思った通りでしたね、彼らの欲に起因する饒舌ぶりには、寒心しますよ」

「愚かな者が多く、同じ王国西方に領を頂く者としましては、恥じ入るばかりでございます、殿下」

 会議の休憩中、僕の皮肉な一言にメイレー侯爵が申し訳ないとばかりにシュンとする。

 事前の想定通りとはいえ本当に、屁理屈こねてありもしない自分の功績を主張するとは思わなかった。


 結局、大街道の修復とヴェオスの建てたあの城をどうするかについての話は進まず、無駄に1時間を費やしたっていう疲労感だけが、僕達にはあった。



「やはり、僕の口からビシッと言っておいた方が良いでしょうか?」

「いえ、殿下がおっしゃられますと、カドが立つ可能性がございますれば、そこは私めにお任せを」

 メイレー侯爵と休憩明けの打ち合わせをしつつ、僕は大街道の修復について考えを巡らせる。


「(草が伸びてるし、修復するにしても土地の整備からやり直し……何よりヴェオスの城から建材を取り戻せないのが痛いな)」

 大街道を形成してた石板なんかを建材に利用してるあの城。建てられた時とは違って、解体しても汚れたり欠けたりしてるモノしか戻ってこないし、街道分の全量を得る事は難しい。


 なので改めて街道用の建材を手配しなきゃいけないわけだけども……


「建材の手配も、あの調子ですと揉めるでしょうね」

「はい、おそらくは。工事の請負なども立候補が相次ぐでしょうから、荒れることになるかと……申し訳ございません」

 殿下に心痛をかけることになるのは心苦しいと言わんばかりに、メイレー侯爵の顔が泣きそうな方向で歪む。


 こっちこそ苦労かけて申し訳ない。さて、具体的にはどうしたものか―――


「こ、こんにちは、殿下。あの……少し、いいでしょうか?」

「シェスカ? はい、今は休憩中ですから大丈夫ですよ、どうか致しましたか?」

「え、えっとですね、リジュちゃんが殿下たちにお話があるって―――」



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「な、なんですと!?」

「バカな、そんな事認められるわけ―――」

「認められないも何も、これは決まり切ってること。なにせボク達の・・・・領民が駆り出されたんだからね」


 静かに、だけどよく通る少女の声が、ピシャリと騒ぎ立てる貴族らを打ちのめす。


 100万の軍勢を采配一つで自在に動かす名軍師の風格が、この時のリジュムアータにはあった。


「そ、それはしかし……ぐぬっ」

 何とか反論しようと気張る貴族もいたけど、多毛量な髪の合間から覗く、射すくめられるような視線を受け、たちまち口が開かなくなる。


「魔物のせいで、父様もなく、領民にも多数の死者が出た……立て直しには事業が必要……何のダメージも受けていないあなた方とは違うよ」

 これまたピシャリと言ってのける。とても10代前半の少女とは思えない物言いに、貴族達は歯噛みするばかり。


 それでも食い下がってくる者はいる。


「だがっ、そもそも今回の首魁たるヴェオスとやらを排出せしは、そちらではないか」

「それを止めもせず、……このように、書面まで交わして協力を確約していた方に、そのように糾弾される言われはないですが?」

 そーだそーだと同調の声を上げようとした貴族達に先んじて、リジュムアータがその多毛量な毛の中から取り出した紙を広げ見せた途端、食ってかかった貴族が青ざめた。


 それは間違いなく、その貴族とヴェオスが交わした正式な協力を約束する証書。


 リジュムアータがチラっと僕に視線を送って来る―――ウインク混じりで。


「(なるほど―――)―――これはどういう事が、お話を聞かせていただかなくてはいけないようですよ、皆さん。ですがその前に、僕といたしましては彼女の言い分は理にかなっています。何よりヴェオスによって被害を受けたのはマックリンガル子爵領です。王国としても・・・・・・損害をこうむった地の復興の一環としまして、公共事業を任ずるは適切な事と考えます」


 王弟の僕が表明した以上、これに異を唱えるのは難しい。何より敵と通じてた貴族が証拠付きで晒されたんだ。場の関心はそちらに向かう。


 実際、この後の会議はその事で大荒れになった。


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「結局、あの貴族は罪に問われることが決まったわけですが……それにしましても、よくそのような書類を持っていましたね、リジュ?」

「戦後、上手くいったらきっと、周辺貴族が戦後処理事業に絡んでこようとするのが目に見えてたからね。その中にはどちらに転んでも美味しい思いをしようとしてる者もいる……だから何枚かそういう貴族に突きつける証拠として、書類処理の最中に確保しておいたんだよ」

 それでその伸びに伸びた髪をあんまり切りたがらなかったの??


「ヴェオスはボクに、書類処理を何もかも・・・・押し付けてたからね。然るべきところに出したら、完全にアウトなモノもいくつも混ざって……本当に迂闊なヒト……いや、魔物だよ」

 認められていなかったとはいえ、元は叔父には違いない。少しだけ複雑な心境なのか、微かに寂しそうだ。

 彼女の車椅子を押すシェスカも、ちょっと落ち込んでる。


「……。そういえば、街道工事の方は本当に請け負って大丈夫なのですか? 何かアテがありそうですが」

 話題を変える意味も踏まえ、実際に気になった事を聞いてみる。

 するとリジュムアータは、途端に含み笑いを見せた。




「お姉ちゃん、覚えてる? あの町にいったときのこと。あの人達の・・・・・スキルなら―――」

「あの町……あ! もしかしてリジュちゃん、それって……イシカタ衆のこと??」


 あの人達のスキル? イシカタ衆??


 何やら姉妹にだけ分かる話のようだけど、気になる言葉がいくつか出て来て、僕は関心をひかれた。


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