第303話 皇太后の秘の弐です




――――――王都の一角、とある広い空き地。


 そこにはこじんまりとした小さな建物が一つあるだけ。なのに明らかに広すぎる敷地面積を有している。

 貴族の邸宅が建つ予定だったが、途中で建設の計画がストップ。以後そのままで、建設再開に向けての管理用の小屋だけの状態……というのが表向きにしられている理由。


 しかし……




「……お待ちしておりました、マダム・・・

「お出迎えご苦労様~。どうですかぁ、何か変わった事はありましたかぁ?」

「いいえ、この場・・・にはこれといって特に変わりはございません。あちらの件・・・・・に関しましては、ティティス殿よりお聞きください」

 いかにもな建設工事用の建材を詰んだ荷馬車。その積み荷の陰から、まるで似つかわしくない姿の貴婦人が姿を見せる。


 広場の一部は壁に囲われ、外部から中を伺える視界は限られている。それでも荷馬車は、まるで彼女の姿を見られないようにするように停車し、その陰で彼女は出迎えた者の前に降り立った。



 ――――――皇太后。


 この国の前王唯一の妃にして、今世代の王室を担う兄弟たちの実母たる女性。

 人目を忍ぶように訪れて来ながら、その足取りや態度に警戒心はない。むしろいつもと変わらぬ堂々としたものだ。


「そうですか~、ですが気を抜かないよう、お願い致しますね~。信頼しておりますよ、プオーン」

「は、ありがとうございます。御信頼に沿えるようこのプオーン、これからも努めてまいります」

 恭しい礼。しかし男―――プオーンの姿はみすぼらしい。浮浪者が日銭を稼ぐ仕事として、工事現場の留守番役に雇われた、そんな恰好だ。


 だがプオーンの皇太后に対する一挙手一投足は見た目とは違う。執事も務まるであろうほど上品で完璧な動きだ。


 その見た目と動きのミスマッチさがおかしくて、皇太后はつい苦笑した。


「それで、ティティスさんは地下・・に?」

「はい、実験の・・・最後の確認を行っていらっしゃるとの事。ご案内いたします」



  ・

  ・

  ・


 小さな小屋に入ると、中はこれといって変わった様子はない。だが―――


  ヴンッ……ガコン、ゴゴゴ……ゴゥンッ


 プオーンが何の変哲もない壁に手をかざし、手の平から微かな輝きを発したかと思うと、それに呼応して壁に何やら法陣めいた光が浮き上がる。


 そして床の一部がゆっくりと沈み、暗闇へと降りる坂道スロープが現れた。



「こちらでございます、足元にお気をつけを」

「はぁ~い」

 机の上のランタンに明かりを灯して持つプオーンが先を行く。その後に皇太后も続き、スロープを降りていく。





 緩やかな坂道が長く続き、階段やハシゴに比べてはるかに楽に移動できる暗闇の道。

 その分長くはあるものの、およそ100mほど歩いた先に、四角い線状の光が見えてきた―――部屋の扉だ。


 コンコン


「ティティス殿、プオーンでございます。マダム・・・をお連れ致しました」


『はい。開いております、どうぞ中へ』

 開いて出迎えるのではなく、勝手に入ってこいという返答は、手が離せないのだろう。

 プオーンはゆっくりとドアを開ける。

 煌々としたかがり火の光に満たされた、明るくもある種の雰囲気ある地下室が露わになる。




 二人が室内に入ると、ティティスが恭しく礼をして出迎えた。その手には鎖が掴まれていた。


「お出迎えに粗相あり、申し訳ございません」

「いいえ~、お取込み中だったようですし、仕方ありますよ~。……どうやら、なかなかの結果のようですね、ティティスさん?」

 ティティスが掴んでいる鎖、その先には……


『ググ……ゴ、ガ……ガァァア……グルルルッ……』

 鋭くも長い牙を、鉄格子の隙間から出す形で、思いっきり引っ張られてへばりついている獣がいた。


「はい。予想以上の効果がありました。どうやら熱した人間の血液で・・・・・・・・・魔物がより強靭に成長するという報告・・に間違いはないようです」

 淡々と報告するティティスに、皇太后はニヤァと口元を笑ませた。


「やっぱりですかぁ。……フフ、想定以上に役に立つものですねぇ、彼ら・・は」

「はい、報告は正確で隠密性も高く、優秀かと」

 受け答えをしつつ、皇太后は鉄格子に張り付く魔物を観察する。


 元は1m以下の牙の鋭い獣系のファンガーニムという魔物。強さとしては野生の狂暴な状態になっているオス鹿と同程度というところで、備えさえあれば一般人でも、危険はあるがまだ何とかできないわけではない範囲。


 ところが今、鉄格子の向こうにいるファンガーニムは、目算でもその体長は2m少々と従来種の2倍近い。

 加えて最大の特徴であるその牙も、元は30cmほどなのにこの個体は80cmにもなろうかという長さの、立派なものを見せていた。


 さらにその凶暴性は、従来の個体よりも激しくなっている様子で、力もティティスが常に鎖を強く引いている様子から、かなり上がっていると推測できた。



「ファンガーニム程度でさえ、ここまでの変化が起こりますか~、すごいものですねぇ」

「ですが、どうやら熱した血であれば何でも良いというわけではないようです。先日、手配いただき・・・・・・ました者達のうち、効果が見られましたのは僅かに3名の血液のみでした。また、ただ熱を通せば良いわけでもないようで、どうやら話はそこまで単純ではないようです」

 檻から離れた壁のフックに鎖の先をかけると、ティティスはまとめておいた報告書を差し出す。


 受け取った皇太后は目を通すと、丸めてかがり火の中へとくべた。


「……どうやら、生贄はまだまだ必要になりそうですねぇ」

「はい、完全なる解明となりますと必然、そうなりますかと」

「まぁ先日の動乱で捕えた方々がいますから何とかなるでしょう~。ですが、時間の方はかかってしまいますね~」

「はい、残念ながら致し方ない事かと……」

 すると皇太后は急に押し黙る。時折うーんと唸るが、彼女にしては珍しく長考していた。


「……仕方ありませんね~、少し根回しが大変ですが……―――プオーン。今度、貴方に兄弟を作ってきて・・・・・差し上げますので、お仕事のことをしっかりと叩き込んでいただきたいのです~、お願いできますか?」

「!! は、ありがたき幸せでございます、マダム。もちろんお任せを」

「その教育と並行いたしまして~、この設備の強化と改修も致しましょう~。上の小屋も改築と増築を進めなくてはいけないでしょうから、これまでよりも周囲より視線を浴びやすくなりますので~、管理にはくれぐれも気を付けてくださいね~」




  その日から数日後。


 小さな小屋しかなかったその広場にて建設工事が開始される。


 工事に際して建てられた仮設の壁のおかげで建設現場は見えないが、一時的ながら行き交う王都の人々の好奇心をくすぐるスポットになっていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る