第297話 至高のハンカチーフに宿る意図です




 僕達がヴェオスの城に攻勢をかける一手を成功させてたその頃、王都の政争はようやく鎮まり始めていた。



「やれやれ……なかなかしつこかったですね、今回は」

 兄上様おうさまは大きく両肩を落としながら廊下を歩く、やや早足だ。


「致し方ない、貴族連中にとっては今回のような大事は、王室派の力を削ぐ大好機と言える。それに……」

 兄上様さいしょうは廊下の窓の外に目を向ける。視線は王都から東方向に向けられていた。


「ウェルトローエル、ですか」

「ああ、かの地の戦況は、あきらかに今回の貴族どもの動きと連動している―――いや、一部の貴族・・・・・・がウェルトローエルの戦況に合わせて・・・・いたと言うべきか?」

 含みのある言い回しをする弟。確かにどこで誰が聞いているかも分からない。センセーショナルな発言は、口にするにしても可能な限りマイルドにすべきだ。


「やはり……通じている者がいますか」

「ああ、確実にな。あぶり出しに引っかかった者は何人かいるが、白黒判定つき辛いよう巧妙に発言している者もいる。全貌を掴むことはまだ難しいと言わざるをえないな」

 連日にわたる会議。特に貴族諸侯が熱心なのは利権絡みの案件だ。

 とりわけ、王都内の様々な復旧復興事業の担い手にと、我さきに争う形で諸侯は手を挙げる。


 中には王家直轄の範囲にも、この機に切り込まんとする者までいる。当然会議は毎回紛糾して面倒この上ないのだが、それすらも一部の貴族によって故意にそうなるように仕向けられているフシがあった。


「こちらが手一杯になる状況を作り、隙をついて脇からしれっと、本命の案件を通そうとする……というところですね」

「ああ、全くもってして油断ならん。兄者・・も気を抜くなよ?」

 弟は少し疲れている―――陛下ではなくつい兄者呼びしてしまうのは、余裕があまりない証拠だ。


「クスッ……もちろんです。あなたも根を詰め過ぎないように注意してくださいね」



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――――――王城外の王弟離宮。


「情勢もまだまだ油断できない状況にあります。弟にも油断しないよう伝えてください」

「はい、かしこまりました陛下」

 その日、僕の離宮で会談したのは、兄上様おうさまとシャーロットだ。


 王様である兄上様は当然、シャーロットを長とする組織 " 眠ったままの騎士団スリーピングナイツ " の存在を知っている。


 王様直々のトップダウン連絡ごとが僕に来るときはシャーロットに、そして彼女から " 眠ったままの騎士団スリーピングナイツ " を通じて僕のところへと届く。


 基本は陰の諜報組織だけど、そのスピードの速さに加えて、手紙なんかの配送する人間とは違って戦闘能力もあるから、僕が戦場にあったとしても王様からの直接の伝言が届くので、王室としては非常に重宝していた。



「申し訳ありません、たびたび便利使いしてしまいまして」

「いえ、陛下のお役に立てて何よりです。それに……殿下も常々、おっしゃられていましたから」


「? 弟が……なんと?」

「 ″ 真っ当に御意向を伝えようとすると、自分が近くにいる時なら直接会えば問題ないですが、もし大きく遠く離れる事になった時は、どうしても人を挟み、あるいは割り込んでこられるかもしれない……そこにきて直接、貴族諸侯の介入を許す事なく伝える手段があれば、兄上様達の苦労も少しは楽になるでしょう ” とおっしゃられ―――陛下!?」

 シャーロットの前で、同じ座り姿勢、同じ表情のまま両目から涙だけがブワッと突然噴き出す兄上様。


 まるで冗談みたいな泣き姿に、シャーロットはオロオロする。だけど兄上様は涙を滝のように流しながらも大丈夫ですと、簡単な手のジェスチャーだけで制した。


「追加で伝えていただけますか、この兄はあなたのような素晴らしい弟を持って幸せこの上なし、と」

「は、はい、伝えさせます。ええと、とりあえず陛下、ハンカチをどうぞ」

 放っておくと、体の水分を全部放出してしまいそうな勢い。シャーロットから差し出されたハンカチを受け取った兄上様は、ありがとうございますと言いながら、目元を拭う。



 ――――――と、その瞬間、別の理由から両目を大きく見開いた。


「……これは……」

「? 陛下、どうかなさいましたか??」

 急にハンカチをしげしげと見つめ出す兄上様の真剣な表情に、シャーロットは少し不安そうにうかがう。


「……シャーロットさん、このハンカチはいずこで手に入れられたものでしょうか?」

「そのハンカチですか? それは皇太后様のお持ち物・・・・・・・・・で、少し前、お仕事を頼まれまして、そのお礼にあげますと言われまして……」

 シャーロットが母上様の影武者をたびたび頼まれてる事は、兄上様も知っている。


 言い方からして、おそらく影武者として母上様と同じドレスを纏い、対人をこなす上で、小道具の一種として普段、母上様が使用しているハンカチを、影武者を務めてくれた礼としてシャーロットに与えた。


 その流れ自体は特に何の問題もない。問題があるのはそのハンカチだった。


「このハンカチ、……フルネスト・エンペラー真糸の支配者と呼ばれる魔物の出す糸で作られているのです」

「? フルネスト・エンペラー……聞いたことのないお名前です」

 それもそのはず。フルネスト・エンペラーは、一般には知られていない伝説級の魔物の1体で、知性ある・・・・魔物としてはまさしく皇帝たるポジションにあり、人前はもちろんのこと、同じ魔物達にすら姿を見せない。


 同族・同種族は他に存在せず、この世にただの1体しか存在しえない超希少種。


 蜘蛛やかいこのように糸を作り出せる魔物であること以外、その詳細は不明瞭で、人類では魔物の研究に人生を捧げて研究調査に没頭しているような、ごく少数の学者や、それこそ王家の者くらいしかその存在を知りえない。


 フルネスト・エンペラーの糸は、この世のいかなる繊維をも凌ぐ神クラスの超至高品。

 王室にもこの糸を使用した服飾品などは存在するが、1本でも貴重すぎる素材ゆえ、祭典礼服や国宝などにかろうじて用いられるというレアさだ。


 そんなとんでもない糸のみで、この1枚のただの普段使いのハンカチが作られているという事実。



「(………母上、貴女は……)」

 何を知っている? 何を隠している? 何と繋がっている? 何を考えている?


 実の母ではあるが、今更ながらに改めて恐ろしいと感じる。そしてこれは、母の思惑通りなのかとも感じる。


 当然ながらシャーロットはこのハンカチの素材の事など何ひとつ知らなかった。そして、その素材についてよく知る人物で、シャーロットがどこかで遭遇する可能性がある者は、王室関係者しかいない―――つまり、このハンカチを目にすること自体が、母から自分達子供達へと間接的にあてた、何らかの意図を含んだメッセージだ。



「(……弟の目にとまる前で良かった。いや……最初から私に向けた? 誰がいつ、彼女と接触し、ハンカチに気付くかなど……そこまで読み切っているとは、まさかそんな事は……)」

 あの母上ならありえるかもしれない。しかし不確定要素の多いこんな真似をする意味は?

 何かあるのであれば、直接言えばいいだけ。親子なのだからそれは簡単にできる。


 

 ゆえにこの、シャーロットに与えたハンカチの意図が読めない―――この時の兄上様は、ただただ不気味思う事しかできなかった。



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