第264話 先の軍闘を想像します




 アイリーンが外に出てから15分後……ヴェオスの小城はますます混乱の度を深めていた。



「火事だぁぁぁ!!」「城の中にまで火の手が回っているぞ!」「どこから中に?? とにかく消せ、消せー、水……いや砂だっ、砂をかけろぉ!」


 完全に城前の、兵の駐屯地での出火が広がって城内にまで火の手が上がったと思い込んでいる。


 まさか別で放火されただなどとは誰も思ってはいなかった。ヴェオスを含めて。



「いいから火を消せ! さっさとしろ、この馬鹿者ども!!」

 こんな程度の事で驚き惑う下等生物の、なんと見苦しいことか。駐屯所にやってきて早々、罵倒を飛ばすヴェオスは、これでもかと沸き起こる苛立ちを抑えるのに苦心していた。


「(チッ、所詮は雑兵か。大した事もないというのに、すぐに平静でいられなくなるなど、どこまでも使えん……まさしくゴミだな)」

 本能的に火を恐れる野の獣でさえも、恐れるからといって慌てふためくことなどしない。

 恐れた時点で、彼らは遠ざかるといった退避や警戒という ” 対策 ” を現実の行動でもって行う。その点でいえば、人間よりも野生動物の方が遥かに優秀と言えた。



「(しかし、ここまで火災が広がるとは……やはりリジュムアータのやつめが何かたくらんでいたのか? いや……企んだとして、何か出来るような身でもなければ、伝える事も出来んはず。……とすると、考えられるのは彼奴の方か?)」

 ヴェオスは、城を睨んでいるメイレー侯爵の陣を睨んだ。


 1キロは離れているが、僅かに小高い丘の上に構えている相手の陣には無数のかがり火が伺える。

 しかもこれまでとは違って、兵を分けて南側へと回り込ませるようなことまでしているのだ。

 この兵の混乱や火災も、メイレー侯爵側が仕掛けた可能性は十分にある。



「……ちぃ、メイレーめ……どこまでもこの私の邪魔をするつもりかっ」



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「……と、いった風にも考えているであろうな、敵は」

「はっ、おそらくは。状況からして、侯爵様の計略と思い込むのは妥当かと」

 メイレー侯爵は、愉快そうに笑う。

 正直、状況次第ではいつでも城に攻勢をかける気でいたが、王弟殿下たちの動きが計画通りに、至極順調に進んでいる今、彼らが何かやる事はない。


 マックリンガル子爵ヴェオスの完全なる一人相撲だ。


「まさか、我らはただ兵を配しているだけ、と知ったなら、さぞ子爵・・は悔しがるか、あるいは怒り出すか……」

「両方かと思われます」

 側近の即答に、メイレーはここまで楽しい事は久しぶりと言わんばかりに、さらに笑った。


「これでもし、こちらの仕業と憤慨し、攻めて来るようであればまだ気骨あるというものだが、さて……お前はどう思うか?」

「攻めては来ないかと思われます」

「ほう、その根拠は?」

「我が方は、ハバーグ隊とオフェナ隊が敵の南側を脅かしております。加えて、先ごろ王弟殿下が仲裁的に双方を訪問してより時間もあまり経ってはおりません。で、あれば子爵の次なる行動は、軍事力ではなく政治面であるかと思われます」

 優秀な側近が多くて有難い事だと、メイレー侯爵は思う。

 そしてその考えを褒めるように軽く拍手した。


「すなわち、殿下に泣きつくチクるか……我らが悪い事をしていると」

「ハッ。子爵の目論見通りに事が進みますれば、殿下と自分達で我らを挟み撃ちに出来る―――そんな風に考えるかと思われます」

「クックック、いや愉快。まさかその殿下が、既に己の正体を掴んでいて、我らと共同し、それでいて混乱の謀略を策定した張本人とも知らず……滑稽なことだ」

 言ってしまえば、メイレー侯爵たちはこのままでいい。何もする必要はない。


 彼らの仕事は、決めるべき最後の決定打としての戦力となること。その時が来るまではひたすら敵を睨み続けていればいいだけ。

 しかも、時間の経過とともにやがて戦力も増える。いかに相手の正体が人より強大な力を持った魔物とはいえ、自領にて対抗する事に慣れているメイレー侯爵にとっては、さほど脅威を感じるものでもない。


 それは彼の自慢の兵士達も同じだ。敵の正体はまだ伏せているが、もし明かしたとて動揺するものは一人もいないだろう。

 むしろ相手が人間でないというのであれば、気兼ねの一切がなくなる。


 それどころか醜悪なるを成し続けてきた、外道な悪を討ち、本物の子爵の仇をとるという大義まで得られるのだ。


「(我が軍が獅子奮迅する様が見られるか……楽しみなことだ)」

 自国領内では、その地形の複雑さもあって、魔物との戦いはどうしてもゲリラ的になってしまう。その性質上、いわゆる “ 軍容 ” と形容されるような光景にはなかなかお目にかかれない。




 だが今度は違う。敵は広々と見渡しやすい大街道にドカンと城を構えているのだ。


 メイレー侯爵は、自分の軍が、軍容を成して城に攻めかかる様を想像し、まるで子供のようなキラキラした瞳で、待ちきれないとばかりに軽く震えた。



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