第263話 お嫁さんはピンチなど無縁です
ヘカチェリーナ達は、あえて窓を割らずに静かに外に出た。
当初は窓を派手に割って、賊の侵入を印象付ける予定だったが、アイリーンが手近にいた魔物を処理する事を考えると、ここは割らずに、逆に痕跡を残さないように出る方がいいと判断した。
「くれぐれも慎重に……あ、いたいた。こっちこっちー」
潜入する際に登ったところに、足元を固める要員の兵士達数名の姿を見つけ、呼び寄せる。
これでとりあえず脱出までは成功。ここからは北に大回りするルートで、待機しているバックアップの小隊を辿っていきつつ城から離れるだけ。
だが油断も急ぐこともできない。
「(夜っていっても、火事の炎の明かりで結構見えるし……何よりこの人数が動いてちゃ、一発だしなー)」
なるべく闇の深いところ、茂みなどがあるところ、城から見えづらい場所を選んで移動しなければならない。
「よっし、んじゃさっさと離れたいとこだけど、まずちょい西めに寄る感じで、あの辺の起伏の
「「「はっ」」」
・
・
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ヘカチェリーナ達が無事に外に出たのを確認しつつ、アイリーンは城の北側から西側へとまわり、廊下の適当なところで魔物の死骸を転がした。
「この辺かなーっと。……うん、よし」
城1Fの外縁部。窓の外を伺うと、どうやら城の西側は湖になっているらしく、湖面が風で薄っすらと波打っているのが見えた。
「ここら辺で窓を割ってー……ううん、まずは開けて……ロープを垂らしとこうかな」
ガラスの割れる音で気付かれるかもしれない。ならそれをするのはできる限りの事をした後の方がいいはずと、アイリーンは閃く。
そしてどこに持っていたのか、にゅっと皮袋を取り出すと―――
「この辺の部屋で……お、いい感じに燃えやすそうなのがいっぱいある」
適当な部屋に入り、その中身を振りかけた。他でもない、油だ。
「これでよしっと。なるべく炎が広がるくらいの方がいいんだろうけど……まーこのくらいでいっかな」
既に火災を起こしてはいるが、その場所は城の前の、兵士達が駐屯しているところだ。城内には僅かな燃え移りもない。
そう時間もかからずに、リジュムアータが消えた事にヴェオスは気付くだろう。当然その時は、捜索の手を差し向ける。
だが、そんな暇がないようにしてやればどうか? 発覚が遅れれば遅れるほど、ヘカチェリーナ達はリジュムアータを安全なところに運びやすくなる。
「よっし、えーと……ほいっと」
ギャリンッ
手にした剣を、自分のガントレットの金属部分に擦って火花を出す。
次の瞬間には一瞬にしてまかれた油に引火し、あっという間に部屋中に火の手が広がった。
「これでよしっと。あーとーはー……この辺りのを」
火のついた手頃な棒状の物を手に取り、<アインヘリアル・狼>を出してその口に咥えさせた。
「そこらの絨毯とかにも火を付けて来てねー……って、だーかーらー」
自分が操作するっていうことをすぐに忘れてしまう。
アイリーンはとにかく城内に火の手を広げるべく、<アインヘリアル・狼>を走らせる。
そして自分は廊下に出ると、目の前の窓を割って外へと飛び出した。
「お?」
「へ?!」
グシャ。
「ぐぶぶ……っ!!」
それは単なる偶然。兵士の一人がたまたま城の周囲の見回りか何かで通りかかっていたらしい。
1Fとはいっても、西側は少し深くくぼんだ地形で湖がある。なので窓から出ても地面までは4~5mくらいの高さがあった。
なのでアイリーンが頭上から降って来るような形になって衝突した兵士は、そのまま地面に倒された。……ラッキースケベな事に、彼女の股に顔を押しつぶされながら。
「うぷぷ……ぷはっ!! な、何者だ女っ、曲も―――」
「静かにしてなー……さいっ!!」
ブンッ……ゴギャッ!!
「おぼぶっふ! ……―――」
太ももに挟まれ、股間で口を封じられたまま宙を180度投げられる兵士。
強烈に地面に叩きつけられて身体を強打するとともに、首をねじられ、窒息と血流悪化で意識が飛んだ。
「コレは……人間っぽいかな? うん、情報源っていうんだっけ、こういうの。持って帰るかー」
自分の股の中で鼻血を出して気絶してる決して体躯の小さくないフル装備の兵士を、そのまま軽々と下半身だけで中空に放り投げ、肩に担ぎ直す。
そしてアイリーンはそのまま何てこともなかったかのように、軽い足取りで城を後にした。
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