第六章:繋げる導線

第241話 頼りにされる二人です




「ウェルトローエル……これで決まりですね」

 言いながらも兄上様おうさまは頭が痛いとばかりにこめかみ辺りを押さえた。


「ああ。確実に、意図して送り込んできているな。魔物を操れるという事、そして戦力という意味で手札に出来るという事は、これで間違いない」

 宰相の兄上様も、やれやれだと疲労感を滲ませた。


 何せ潰せなかった反王室派貴族との間で、政治的な駆け引きの真っ最中。特に潰し終えた貴族達の利権や財産、あるいは官職の空席などを狙って元気に攻勢をかけてくる大物貴族が多く、これに対抗するだけで既に手一杯になっている。





 だけど今回はタイミングが良かった。何せセレナが王都にいる際に舞い込んできた話。現場を知る将軍に相談を持ち掛けられるのは大きい。


「―――と、言うわけでヒルデルト妃将。ウェルトローエルに魔物の群れが出没した件について、そなたの知恵を借りたい」

「……ウェルトローエル……」

 セレナは宰相の兄上様が机の上に並べた書類を素早くチェックしていき、これまで入ってきている情報を整理する。


 出現した魔物は “ スカルドゥーム人形の魔骸 ” と " シャヴェリアウォーカー掘削する四肢 " という、比較的おどろおどろしい相手と報告書には記されている。


 スカルドゥームは二足歩行の人っぽい骨組みだけで行動する魔物で、スケルトンなどの人間のガイコツとは程遠い容貌をしてる。

 骨に見える部分の内部に内臓があり、アンデッドのように見えるけど実はれっきとした生物だというのが驚きな魔物だ。


 シャヴェリアウォーカーは四足歩行の魔物なんだけど、足の先端が広く鋭い形状になっていて、歩くと地面を掘削してしまうっていう、こちらも変わった魔物だ。

 とはいえ、モグラのように穴を掘るでもなく、地中に潜るわけでもない。あくまでその足は戦闘用らしい。


 どちらも既存の動物などとは似ても似つかない見た目で、恐怖心をあおられるし、実際に侮れない戦闘力を持っている。



 それが共にきっちり200体づつウェルトローエルに出現したとか、笑えるくらいに誰かの意図を感じる話だ。



「……王都圏防衛所属のケーベックス大佐を起用することをオススメ致します。彼に500の騎兵と2000の歩兵、そして300の支援兵を与える事ができましたら、現状の・・・ウェルトローエルの魔物の件は被害を最小におさえつつ、討伐してゆけるかと」

 かつて魔物の軍勢と戦った時、後から敵の増援が来たことをセレナは忘れてない。

 (※「第67話 味方が減って敵が増えます」参照)


 しかも今回は糸を引く存在として “ マックリンガル子爵 ” ことヴェオスの存在が明るみになっている状態だ。

 ウェルトローエルに魔物の群れを送り込んだ理由は不明でも、戦況次第じゃ追加で送り込んでくる可能性だってある。



「ふむ、ならば王都圏防衛戦力より1500を出し、これをケーベックス大佐に与えた上で、ウェルトローエルに一番近い第二中間防衛圏の兵力から1500を合流させた後、ウェルトローエルに向かわせる……さらに2000の後援を送る手はずを整えて増派といったところが妥当か?」


「はい、それでよろしいかと。既に第二中間防衛圏のメルドック中将が対応に当たっているはずですから、“ 敵 ” がよほどウェルトローエルに固執する理由でもなければ、その戦力で間に合うかと」

 セレナの言葉を聞き終えた宰相の兄上様は、ふうっと深い息を吐いて安堵した。



「本当にそなたがいてくれて助かった、妃将。改めて礼を言う」

「いえ、直接戦地に赴けない分、少しでもお役に立たねば殿下にも顔向けできません」

「そうか……弟は息災にやっているだろうか?」

 厳しくも鋭い眼光が不意に緩んで、宰相の顔から家族を心配する一人の兄の顔に変わる。


「はい、もちろんでございます。殿下に万が一は私が、そしてアイリーン様はじめとした周囲の者が絶対に許しませんゆえ……―――奥様方も変わりなくお過ごしでございますよ、閣下。キュートロース様のお腹も順調ですから、どうかご安心を」

 セレナに妻たちの心配をしていることを見抜かれ、少し照れくさそうに視線を外す兄上様。

 何だかんだいっても兄上様も愛妻家だ。



「……そ、そうか……何よりだ。……―――コホン。弟たち家族のこと、くれぐれも頼むぞ、ヒルデルト妃将」

「はい、お任せください。宰相閣下」

 こうしてセレナは王城の兄上様達に僕の話を通すついでに、軍人としても派兵のアドバイスを行ってから王都を後にした。



  ・


  ・


  ・



 その一方で、ルクートヴァーリングに向かったヘカチェリーナとタンクリオン君達はと言うと……


「あー、もー! 馬車の操縦ミスっちゃうから移動中はやめーっ!! 大人しくしてなさいってばー!」

「へへへー、どーだっ。いまなら払いのけるられないだろー」

「触りほーだい、揉みほーだいだー!」

「わーい!!」

 少年たちのセクハラで半裸状態になりながら馬車の手綱を引きつつ……


「ねーねー、ヘカチェリーナおねえちゃん。どーしたらそんなにボインボインになれるー?」

「おはだの手入れのコツ、おしえてー」

「わたしはかみー、ひとりであらえるよーになりたいー」

 同時に、少女たちからおませな問いかけの嵐を受ける。



 幸い道中で危険はなかったものの王都から終始、ヘカチェリーナは少年少女らをあしらう苦労を強いられ続けた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る