第五章:王都の両親はロイヤルグレード

第226話 絶大なる隠居夫婦です



――――――時間は、3日ほど前にさかのぼる。



 前王の離宮で5000の兵士が整列し、令を待っていた。


「諸君も知っての通り、今この王都で不埒にして不穏なる真似をする者どもが暗躍しており、国民に不安と混乱をまき散らしておる」

 前王の私的な・・・手勢の一部・・

 いずれも精悍な顔立ちで、いかにも普段からよく練られて・・・・いる者の風格がある。



「これから諸君は、その迂闊なコバエどもの駆除に当たってもらう。対象は、事前に通達した通りである。無論、対象に限りではあるが生死は問わん・・・・・・。担当するコバエの駆除を、一番に遂げた隊には褒美を与えるゆえ、奮起するように」

 前王の言葉に、兵士達の意気は上がる。完全にやる気満々だ。


「ではゆけぃ! 我が栄えある兵士達よ!! 王都の安寧と平和のため、害虫を退治するのじゃ!!」


「「「オォォォォッ!!」」」


  ・

  ・

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「お疲れ様でした~、あなた」

 前王が兵達を送り出し、離宮内の部屋へと戻ってくるのを、皇太后が出迎えた。


「うむ……正直なところを言えば、全て息子たちに任せておきたかったがのう」

「仕方がありませんよ、魔物のお城への侵入だなんて、突発的かつ突飛な事件に遭っては~、王都内の諸侯の行動にまでなかなか手は回らないのも当然です~。あの子たちだけで対処できる範囲をこえていますもの~」

 今回、前王が手勢を動かしたのは、これ以上対処が遅れては王都に被害が出ると踏んだからだ。

 隠居の身ゆえ、越権的になってしまいかねないので我慢していたが、実害が発生すれば困るのは民たち。

 それを放置しては王室の悪評にもつながりかねない。


「お前が情報を持ってきてくれたからこそ、最低限度で効果的に兵達を向かわせられるというもの……しかし、よくここまで調べ上げたのう」

 机の上の書類を手に取り、改めて見直す。

 王都で動きを活発化させている貴族達の名や居場所、具体的な戦力や行動などなど、かなり詳細に記述されているそれは、感心を通り越して表彰モノに値する情報だった。



「ティティスさんが例の組織が王都内に張っていた根を潰して~、捕まえた者から色々と吐かせてくれましたし~、シャーロットちゃんの手足が頑張ってくれた結果ですよ~」

 たおやかに、にっこりと微笑む皇太后。悠然とした態度でティーカップを口に運ぶ。


「ふむ、お前の狙い通り・・・・にすべては進んでおる、と……まったく、どこまでも恐ろしい嫁様・・じゃわい」

 前王は知っている。

 自分の妻は、何がどうなるかを・・・・・・・・見越している。戦略と先読みを求められる軍盤の遊戯将棋やチェスのように、1手を打てばその後、誰がどう動くのかを読み知るが如く、理解していると。


 おそらくはこのタイミングで自分が兵を出すべきと見計らった上で、この情報を持って訪れてきたのだ。


 長年連れ添った夫婦ではあるがこのニッコリと微笑みをたたえる、互いに身体の隅々まで知り尽くしあい、血を分けた子供達をもうけた自分の伴侶。だがいまだにその底が知れない。



「それで? 今回のことは一体どれくらい前から読み切っていたんじゃ?」

「さて……、どうでしょう~。いくら私でも、全てを読み切れるほど凄くはないですよ~、ウフフ♪」

 頼もしいやら恐ろしいやらだ。

 こうしてパッと見だと、まだ20代になるかどうかにも見える、非常に若々しい貴婦人―――自分だけが年を取っていっているような気がして、我が妻は色々とズルいと思わざるをえない。


「……まぁよい。それでこの後じゃがな、2000ほど息子に・・・送ってやろうと思うたのじゃが、お前はどう思う?」

 そう問いかけられた皇太后は、もう一度口に持って行こうとしていたティーカップの動きをピタリと止め、ソーサーに戻した。


 時間にして0.1秒、不自然な間が出来るが、それを感じ取れるのはやはり長年連れ添った夫婦だからこそだろうと、前王は思う。


「(……今の間、おそらく何手も先を頭の中で解していたのじゃろうな)」

 のほほんとして、理知的な思考とは一見無縁そうな、世間知らずの御令嬢上がりに見える妻。

 だがそれは隠れみのだ。彼女は恐ろしいほど頭が良い。常人なら何時間もかけて長考することを1秒にも満たない思考で終えられる。


 今の、瞬きすらできないごく僅かな間で、一体どれだけ先を思考したのやら……


「私からは、その2000は子供の方に送る事を推奨します~。あの子・・・には別で、用意したい2000がありますわねぇ」

「ほう? それは数ではなく、内容が同じ2000ではない、と?」

 ただ援軍を送るというなら、どちらも数の上では2000だからどちらに送っても良いはず。

 だが前王の手勢2000は子供達―――現王と宰相―――に送り、それとは別で2000を用意してあの子―――王弟―――に送るという妻の提案。


 つまり我らが第三子に送る2000は “ 単なる兵士の群れではダメ ” ということ。




 問いかけられた彼女は、夫にも生涯で数えるほどしか見せた事のない、ニッコリではなく、より深いニヤァとした笑みを、その顔に浮かべていた。



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