第224話 ハーレムに黒が加わります?




「あ、あの……わ、私なんかが……その、このように待遇されるのは……ええと」

 黒髪の少女―――シェスクルーナ=レイル=マックリンガル令嬢はとても戸惑っていた。




 右腕の怪我もほとんど治ったので病室から移ることになったんだけど、僕の意向でリフォームと増築が終わったばかりの、キュートロース宰相第一夫人らが入居する賓館に彼女の居室を用意させたんだ。


 しかも信頼できる、王室でもベテランのメイドさん5人、彼女の専属で側用人に指名し、付け与える事にもした。


 貴族令嬢だという観点からしても破格の待遇だ。



「話は殿下から全て聞きました。安心して、もう辛い事はありませんから」

「うう、ぐすんっ……本当にご苦労なされて、ぐすっ……」

「ヌナンナ泣きすぎ、ほらハンカチ。……アンタも、身体細すぎだから、ほらコレ食べなよ」

 キュートロース夫人が慰めの声をかけ、ヌナンナ夫人が同情で泣きじゃくり、ルスチア夫人がそのケアをしつつやせ細ってるシェスクルーナに、お茶菓子を押し付けるように勧めてる。


 同居に際して人間関係での心配はなさそうだ。

 ……というかエイミーもヌナンナ夫人の隣で並んで泣いてるし。この二人、けっこう似た者同士かも。



「キュートロース夫人の言う通り、自由にくつろいでください。むしろ遠慮は不要ですし、必要なものがあればすぐにおっしゃってください。なんでもは無理ですが、可能な限り用意しますから」

「あ、あううう……その、あの……あ、ありがとうございます殿下、皆さま……」

 僕が遠慮する事に釘を刺したので、困惑しながらもお礼を述べる。


 どのみち今の彼女には他に道がない。僕の庇護下でしばらく生活するしかないわけだけど……


「それでシェスクルーナ嬢―――」

「あ、あの、お気軽にその、“ シェスカ ” とお呼び捨てください。殿下にお名前をお呼びいただくのは恐れ多く……」

 うん、可愛い。


 白髪交じりが苦労を物語ってるけど、元々の漆黒の髪は綺麗だし、汚れが取れて療養後はじめてお風呂を通った肌は、やっぱり貴族令嬢の透き通るような玉の輝きがある……ううん、そこらの令嬢以上かも。




「ではシェスカ。今後のことですが、……単刀直入に言わせていただきますと、今すぐのことではないですが、貴女には後々 “ 王弟の婚約者 ” ―――つまり、僕の婚約者になっていただきます」

「ぇ、ええ!? そ、そそ、そんな、私がその、殿下の婚約者になんて恐れ多いこと―――」

「落ち着いて。話は最後まで聞いてくださいね。それは対外的なポーズです。そういう事にしておけば、王室の名に置いて貴女を保護し続けることに何も問題がなくなりますし、貴女の妹さんをお救いする一助にもなりますから」


 僕の考えはこうだ。



 シェスカことシェスクルーナが生きていて、かつ王弟ぼくに保護されたことは、しばらく伏せているつもりだけど、そう長くは隠していられないだろう。

 もし彼女の生存が “ マックリンガル子爵 ” ことヴェオスに伝われば、向こうにとっては色々と都合が悪くなるのが確実で、表だって彼女の返還を要求してくるか、あるいはこっそりと暗殺しようとするか……とにかく手を打ってくるはず。


 しかし僕の婚約者になった、というのであれば話は違ってくる。


 自分の息のかかった下部組織に奴隷同然で放り投げてた頃と違って、今は僕を通じて王室の後ろ盾と護衛力が彼女を護ってる状態だ。

 おいそれと手は出せないし、“ 王弟の婚約者 ” であればキチンとした正当な理由がなければ表向きでも自分の手元に戻させる要求など通らない。


 ただでさえ王室に反意を見せる行動や行為を取っているヴェオスだ。僕達、中央の人間からは勿論のこと、王国西方に領地を持つ王室派貴族達からも睨まれる状況にある中で、シェスクルーナというマックリンガル家の正当な後継者である長女が王弟の婚約者になったとなれば、“ マックリンガル子爵 ” の立場は一気に変わる。


 第三者が政治的に見た場合、シェスクルーナという子爵の娘を、僕が手にしていることで王家がマックリンガル子爵に対して、令嬢を人質に取ってるような形に見えるだろう。

 だけどそこに関しては僕らに強力なカードがある。真実、という名のカードが。


「(これを西側の王室派貴族が知ったら、もろ手をあげて vs 偽物マックリンガル子爵状態になる。今はまだ、マックリンガル子爵の行動に様子見や二の足踏んでる貴族諸侯が一気に敵に回るわけだから、ヴェオスにはマズイ展開のはずだ)」


 シェスクルーナから真実が判明した以上、ヴェオスは “ マックリンガル子爵 ” を名乗り続けるほど、罪が深まり続けていく。



 何せ本当のマックリンガル子爵亡き後、その名をかたり、長年領地を支配した挙句、その正当な後継者へ酷い仕打ちをしたのだ。

 それでいてヴェオス自身には本来、一切の権利がない者ときている。



「……なので、まずシェスカから聞きました真実を、密かに西方の信頼できる諸貴族方へと広めます。もちろんしばらくは内密にしてもらいますが、それによって今後、“ マックリンガル子爵 ” がいかなるアプローチを仕掛けてこようとも、そこに一切従う理由も名分もないという事を、諸侯にハッキリさせておきます」

「納得ですわね。相手が偽物で、何の権限もない男であると知れば、貴族の方々はその言葉に従う道理はなくなりますし、むしろ抵抗する名分が得られますわ」

 クララが僕の狙いを理解してうんうんと頷く。


「さらに言いますと、シェスカのおかげで僕達が公明正大に “ マックリンガル子爵 ” を非難する事もできますし、手はずを整えて妹さんをお救いするため、潜入などの手も使えます。失敗しても、向こうが問題と罪を抱えていますから、こちらを非難する事はできません。むしろそういう後ろ暗い事実があると、疑惑を広めることになりますから」

 一番見込みたい効果は領民に、子爵の真実が広まること。


 だけどヴェオスを善政を敷く “ マックリンガル子爵 ” と信じている人々は、すぐには真実を信じないし、受け入れないだろう。


 なのでいきなりそういう手は切らない。徐々に、自然に広まるようにしながら、じわじわと “ マックリンガル子爵 ” ことヴェオスを追い詰めていくんだ。




「(一番の懸念は、やっぱり魔物をけしかけてくる事だろうなぁ……魔物の操作技術を研究させてた組織 “ ケルウェージ ” が崩壊した今、ヴェオスにどれだけの手札が残っているのか分からないから、現時点じゃかなり不安要素になる)」

 こっちにアイリーンっていう最強の切り札がいるといっても油断は禁物だ。


 もしかしたら万の魔物をけしかける、なんて事がまだできるかもしれないし、もしそうだったらいくらアイリーン一人が強くったって、こっちの手が足りない。



「(組織残党狩りの終わったセレナと速やかに合流しなきゃ。まず足場をしっかり固めてから行動に移ろう。大きなカードを手に入れたからって性急な動きは危険だし)」


 定期的にくる手紙だと王都の方も順調みたいだから、まずしっかりとこちら側の基盤と足並みを整えなくちゃ。




 “ マックリンガル子爵 ” こと、ヴェオスへの行動はそれからだ。




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