第223話 黒髪姫の半生です




 黒髪の少女――――――シェスクルーナが語ったマックリンガル家の内情は、想像以上に複雑で、闇深い状態だった。




 まず彼女の父親が本物のマックリンガル子爵で、既に故人だということ。20年以上前はちゃんと社交界にも出ていたし、王城にも参内していた。

 でも彼は生まれつき病弱で、それは年々悪化し、ついには満足にベッドから起き上がれなくなった。


 領主としての執務も、残念ながら早い段階で不可能になってたっぽい。


 そしてその領主の仕事を彼の代わりに行っていたのが、子爵の実弟・・のリュークス=ラナ=マックリンガル。


「リュークス叔父様は、とてもお優しい方でお父様の体調もいつも気遣ってくれていました」

 聞けば病弱な兄と違って文武に優れた人物だったらしく、マックリンガル子爵も自分が亡き後は、後継として見ていたようだ。


 ところが、そんな将来有望な家族であったリュークス氏は、病弱な兄よりも先にこの世を去ってしまう―――死因は領内の森に林業拡大のための下見に出向いた際に、たまたま・・・・魔物に襲われた、とのこと。



「(魔物を操る技術とかを知った後だと、それも偶然とは思えない……)」

 何せその後、明らかに怪しい人物が台頭してきたからだ。


 リュークス氏亡き後、マックリンガル子爵の兄であるヴェオスが、あまりにも綺麗にその後釜に収まった。

 さらにヴェオスは、マックリンガル子爵と違って子爵家の正式な子ではなく、いわゆる外に出来た子供で、その時点でもマックリンガル一族として正式に認められてはいなかったこと。

 加えて、ヴェオスが病弱の弟に代わって執政を始めるや否や、マックリンガル子爵の血縁親族が次々と謎の死を遂げていったらしい。怪しい事この上ない。


 そして、ついにマックリンガル子爵自身が病死した。残された二人の娘―――その一人が他でもない、シェスクルーナだった。




「今から考えますと……私は、ヴェオス叔父様にとって邪魔な存在だったと思います……」

 そこから姉妹に襲い掛かった悲劇は想像に容易い。


 何せマックリンガル子爵の実子かつ長子であるシェスクルーナは、一族と認められていないヴェオスには決して得られない、子爵家の後継者の資格がある。


 彼女が生きてる限り、マックリンガル子爵家の全てをヴェオスが握れない。どこまでもただの代行者止まりだ。


 この時、ヴェオスが穏便に取れる選択肢に、シェスクルーナを強引にでもなんでも娶る方法がある。けどヴェオスにとってそれは有効な策にはならないんだ。



「(マックリンガル子爵家の、ヴェオスの父親が彼を認知してない。つまりヴェオスは社会的にいえばどこの馬の骨ともわからない男。ヴェオスは正当にマックリンガル家を手に入れる事は、どうあがいたってできっこないんだ)」

 シェスクルーナの祖父にあたる人物が、当時なぜヴェオスを我が子として認知しなかったのか、その理由はもう永久にわからない。


 けどそのせいで、ヴェオスはたとえシェスクルーナを妻にしたとしても、マックリンガル家の権力や財産など、あらゆる権利を一切手に入れることができないんだ。


 ある意味、シェスクルーナの祖父はグッジョブだと言えるけど、問題は20年前の時点でヴェオスが後ろ暗い社会にどっぷりと通じていたこと。





「……ヴェオス叔父様は、……人では……ありませんでした」

 その事を知ったのは、まだシェスクルーナが10歳になる前のことだったという。


 どうやってかは知らないが、ヴェオスは領民に愛された故・マックリンガル子爵の人気をそっくりそのまま自分に取り込んだ。


 表面上は善政をしいてはいるけど、外見がまるで違う男になぜ人々は何も疑問に思わず、まるで亡き父と同じように支持し続けてるのか?

 それどころかまるで、父が亡くなったことさえ人々は知らないようですらある。


 不思議に思った当時のシェルクルーナが突き止めた叔父の正体は……魔物。



 断片的な会話をこっそりと盗み聞いて覚え、それを聡しい妹に相談した。

 

 結果、導き出された答え―――叔父は元人間ではあったが、若い頃に怪しい研究なり組織なりに協力して、自らに人体実験を行った。

 なぜそんな事をしたのかは分からないが、とにかくその結果として叔父は、魔物の正体を隠し、表向きは人として “ マックリンガル子爵 ” として活動している―――というものだった。



「(ヴェオスの経緯は分からなくても、これで一つハッキリした。東端の戦線で魔物と交流する人間がいる件はほぼ確実にヴェオスか、彼と交流ある組織か、あるいは個人かが関わってる)」

 魔物は基本、人間より強い。

 なので人間と交流可能なほど知能のある魔物が、人間相手に真っ当に取引などするはずがない。


 だけど取引相手に同類なりがいるとしたら話は別だ。ヴェオスという、元は人間でも魔物化した男は、魔物達からしたら同志みたいなものだ。



「そして、少ししてから私達が自分の正体に気付いたことを、ヴェオス叔父様が気づいて……」

 シェスクルーナが殺されそうになったのを、妹がヴェオスに協力すると交換条件をのんだ事でとりあえず回避された。

 その頃の彼女の妹は、既に大人も舌を巻くほどの天才ぶりを発揮していて、政治的なことも得意だったという。


 確かに領地経営の机仕事なんかは、優秀な人材の1人も欲しくなるくらい大変かつ膨大な量が待ち受けているものだ。

 ヴェオスが自分の正体を隠して、マックリンガル子爵領を保つには有用この上ない人材だろう。


「(そして、その妹を従順に働かせるため、シェスクルーナは遠い地で幽閉された―――事にしておいて、実際は下部組織に奴隷としてくれてやった。最終的には殺すこと前提で……か)」

 つまり、その妹はまだ姉のシェスクルーナがどこかで幽閉生活を強いられていると信じ、ヴェオスに従ってるわけだ。




「……酷い男もいたものですね、本当に」

 シェスクルーナの扱いを見ても、その妹が真っ当に扱われているように思えない。


 僕だけでなく、クララやエイミー、そして話を聞いていた病室内の兵士さんやメイドさん達までその表情に、この場にいない男への強い嫌悪感と憤りを露わにしてた。




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