第218話 誘導の旗にされた少女です
街道を狙う、もはや日課の賊徒掃討から帰ってきたアイリーンに、早速魔物の死骸を見てもらった。
「……うーん、これって……」
「何かわかりますか、アイリーン?」
ちょっとだけ難しそうな顔してるけど、何かマズイのかな?
「この魔物自体は、進化する混成獣―――キメラリングで間違いないです。そんなに強い魔物っていうわけでもないですし、これといって脅威でもないんですが……」
結構苦戦したけどあれで脅威じゃないんだ。まぁアイリーン視点では雑魚ということなんだと納得しとこう。
それよりもお嫁様の言い様だと、問題は別のところにあるっぽい。
「この魔物って、人間のいる場所には近づかないタイプなんですよ。仮に人間がいるところに出てくる事がある時は群れで行動するんです。たった1体でこの村にやってきたことが、とても不自然ですねー」
それが本当なら、兵士さんの誰もが知らなかったのもうなずける。
人を避けて生息する魔物なら広くは知られてないだろうし、アイリーンのようにこっちから討伐に出向く個人の傭兵や戦士でもなければ、あんまり遭遇もしなさそうだ。
誰かに仕えて、その近くにいる事が多い兵士さん達じゃ、誰も知らないのも当然だ。
だからこそ今回の、1体で殴り込んできたことがより不自然に感じられる。
「……“ ケルウェージ ” の残党が仕向けた、ということでしょうか?」
あの組織は
だけど……
「うーん、私もそう思いました……けど、どこにも
しかし黒焦げとはいえ、この魔物の屍にはそれらしい跡が見当たらない。
何よりこのキメラリングとやらは、頻繁に身体の構造を変化させるらしい。つまり刻印を焼きつけても、その場所があの蛇の腕やタコ足のように分離・破棄されてしまう可能性が非常に高いので “ 声刻 ” によって操ることが難しい魔物、という事になる。
「……。ともあれこの死骸の調査は続けるとしまして、魔物の襲撃がある事を前提に、改めてこの村の防衛を考えた方が良さそうですね」
答えは出ないけど、いつまでもこの魔物にばかりかかりっきりというわけにもいかない。
僕とアイリーンは兵士さん達により詳しく調査するのをお願いして、メイトリムの中へと引き上げた。
……そして、意外なところから、魔物がこの村に攻撃を仕掛けてきた理由が判明する。
「……キメラ、リング……?」
黒髪の少女のお見舞いに来た僕とアイリーンは、騒ぎで不安にならないよう丁寧に、襲ってきた魔物を退治した話を聞かせた。
だけど魔物の名前を聞いた瞬間、少女はすごく驚愕して……そして怯えはじめてしまった。
「ど、どど、どうしたの?? もしかして昔、キメラリングに襲われた事があるとか!? とと、トラウマだった!?」
アイリーンがとても慌てふためくけど僕は冷静にそれをなだめる。そしてゆっくりと、穏やかに聞いてみた。
「大丈夫です、完全に倒しましたから怯えなくても平気ですよ」
とにかく安心させるのが第一。そう思って声をかけるけど、少女は震えて……そして、どこか申し訳なさそうな意を含んだ目をしてた。
「あの……その魔物は……わ、私……の、せい……かも、しれないんです……」
今にも泣き出しそうな、だけど勇気を振り絞ってくれてる感じがする。何だか自分を責めるような雰囲気も伝わってくる―――あの魔物の、不自然な行動の原因を知っているようだ。
その事を察した周りの人達が、少しだけザワつき始めるも、僕は静かにするようにと片手をあげるジェスチャーだけで命じた。
病室内が静まるのを待ってから、再び穏やかな声を心掛けて聞いてみる。
「キミのせい、というのは? キミが自分の意志であの魔物を引き寄せたとうわけではないのでしょう?」
そんな事が出来るなら今このタイミングでやる意味がない。少女が魔物を用いて僕達を何かの罠にかけようとしたとか、そういうセンはまずないだろう。
「その……、ごめんなさい……、多分、私が……引き寄せたのだと思い……ます」
「……どうして、そう思うのです?」
そこからの彼女の言葉は途切れ途切れだったけど、まとめるとこうだ。
あの組織 “ ケルウェージ ” は “ 声刻 ” の技術以前にも色々と研究してたらしい。
途中から魔物を操る方向に研究がシフトした “ 声刻 ” とは違って、最初から魔物を操る事を目的とした研究がいくつかあったのだという。
その研究の1つが “ 意図的に魔物を引き寄せる ” 方法の確立だった。
当時 “ ケルウェージ ” は、魔物が “ 血の味や匂い ” を覚えるという事実を掴み、それを応用して魔物を特定の場所におびき出す手法を作り出そうとしていた。
その実験に使われたのが他でもない、この黒髪の少女だったという。
「……わ、私の血を……、何匹も魔物に、与えて……匂いを味を……覚えさせたって……グスッ……」
つまり、あのキメラリングは “ ケルウェージ ” が飼っていた魔物の1匹であり、その実験のためにこの少女の血を与えられていた。
「(という事は、今あの魔物がこの村に1匹で現れた理由は、ケルウェージが組織ごと瓦解した際に、何等かの経緯で野に戻った後、このコの血をかぎ分けられるくらい、このメイトリム近くをたまたま通った……というのが一番しっくりくるセンかな)」
少女には何の罪もない。悪いのはバカな事をしていた連中だ。
「待って。それじゃあ、あの
「……はい、あの魔物も、私の血を……与えられて、いました」
(※「第188話 暗獄の猫獣です」参照)
魔物にとって、味わった血の味と匂いは個体レベルで区別がつくらしい。つまり、少女の血を飲んだ魔物たちは彼女をかぎ分けられる。
「(そうか、それであの
檻の数はいっぱいあったのに、あの1匹だけあそこで少女を喰わんと襲っていた謎が解明されたのはいいけど、ここで絶対に聞いておかないといけない事がある。
「思い出すのも嫌だとは思いますが……教えていただけないですか? キミの血を与えられた魔物は、他にどんなものがいたか、分かる範囲でかまいませんから」
あえて数は聞かない。
最悪、彼女を保護し続けることで彼女の血を覚えた魔物が全て襲い掛かって来る可能性がある。
それがとんでもない数に及んだ場合、僕やアイリーンはともかく、病室内にいる他の人達は、彼女を処分することを叫び出す人が出かねない。
だから僕はアイリーンに目配せする。このコを絶対に保護し続けると。
それはつまり、襲い掛かって来る可能性のある魔物がいかなるもので、どれだけの数がいたとしても、全てを相手にする覚悟が必要――――――アイリーンは不敵にほくそ笑み、頼もしい頷きを返してくれた。
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