第199話 メイトリムの備えです




 半日後。


 アイリーンが、レイアとタンクリオン達……そして重傷のあのコを筆頭に先の戦闘での怪我人で構成された部隊を率いて、メイトリムの村に合流した。





「遅くなりました、旦那さま。途中で山賊が襲ってきたので―――」

「! 新たに怪我人が出ましたか?」

 アイリーンがそこらの山賊の100や200に遅れを取るわけがない。かかった時間を考えると、引き連れた部隊内に死傷者が出た可能性を危惧する僕。


 だけどタンクリオンら少年少女達が揃って、少し呆れ顔で立てた腕を左右にイヤイヤと振った。


「姉貴、襲ってきたヤツらをぶっ飛ばした後、逃げてった連中を追いかけていっちまったんだよ。嬉々としてたぞ」

「そーそー、それで姉キが相手を山ん中でこれでもかってくらい追い回し続けてー」

「ついてった兵士のあんちゃんたち、へとへとになってー」

「1時間くらいきゅーけーしたんだよー」

 見るとアイリーンは、申し訳なくも恥ずかしそうにうつむいてた。


「も…もーぉ! ターポンたち、それはナイショって言ったのにーっ」

「怪我がなくてなによりです。とにかく怪我人の搬送を急ぎましょう。場所は確保してありますから、担当の兵士さんの指示に従ってそちらに移送するよう指示を。タンクリオン君達もお疲れ様でした、あそこの建物が休息所になってます。食事の用意もしてくれていますから、道中の疲れを癒してくださいね」


「おおー! やったやった、よーし行くぞーみんな、メシだー!」

「「おー!」」「「わーい!」」

 タンクリオン達7人の子供らはさっそく元気に駆けて行った。




「疲れた様子もなく、さすがのたくましさですね彼らは。! レイア、ほぼ1日ぶりですね、寂しくありませんでしたか?」

「ぁーぃー、ぅっうーだぅっ」

 馬車からメイドさんに抱っこされて降りて来た我が子を迎える。元気そうでよかった。


「殿下、では怪我人は我らの方で治療場への搬送を開始すればよろしいですか?」

 僕の手近にいた兵士さんの一人がそう申し出てくる。僕は思わず反射的に “ お願いします ” って言いそうになった。

 けどある事を思い出して、ノドまで出かかった声を一度押し戻す。


「……ええっと、一人特別に搬送していただきたい怪我人がいます。そちらはアイリーンの指示に従って、別室に移していただきたいのですが―――アイリーン、あのコ・・・は特に丁重に運ぶよう指示してください。運び先の部屋はこちらのメイドが案内します」

「? 旦那さま、あのコって……あの重傷の女の子ですよね?」

 アイリーンは不思議そうに首をかしげた。

 確かにあの地下2階の魔物がいたエリアで保護した重傷の女の子は、あのアジトのことについて聞ける可能性のある、いわゆる重要参考人であるのは間違いない。


 けど、それだけで怪我人の中でも特別待遇するほどとは思えないんだろう。


 僕は軽く声をひそめてアイリーンに顔を近づけるよう手招きすると、ささやくように理由を話した。


「……彼女の治療を行った時、肌の汚れを拭いましたら、その素肌は庶民のそれではありませんでした。髪も白髪が混じっていたとはいえ、明らかに長年の手入れの跡が見られます」

 通常、庶民はお風呂に入らない。せいぜい1週間毎に井戸水で身体をぬぐう程度だ。

 当然、頭を洗うという概念もない。これもせいぜい匂いやかゆみが気になったら頭から水をかぶって汚れを流す、というくらいのことしかしない。


 その現実を知った僕は衛生の観点から、公衆浴場なんかを作れないものかと結構昔から考えたりしてきたほどだ。

 言葉を飾らないで言えば庶民は汚い。子供のうちでも表皮がデコボコになってたり、シミが出来てたりするのが当たり前だ。

 実際、タンクリオン達のように路地裏で生きてきた子らは、当然男の子も女の子も、綺麗な肌とは縁遠い子ばかり。



 でもあの子は違った。付着している汚れを拭った後に出てきたのは、綺麗なつるっとした、見た目年齢相応以上の玉の肌だった。

 たぶん生まれた時から結構な手入れやケアが出来る身分―――どこかの貴族の令嬢だった可能性が高い。


「彼女の身元次第では、何か非常に重要な事実を知っている可能性もありますし、貴族の関係者であったなら相応の待遇をしておいた方が後々何かと得だと思うのです」

「……なるほどです、わかりました旦那さま、お任せください!」


 

  ・


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 アイリーンと兵士さん達、そして一部のメイドさんが怪我人搬送に走っていったのを見届けると、僕はレイアと数人のメイドさん達、そして護衛の兵士さんを伴って移動する。


「ヘカチェリーナが兵士の皆さんの宿泊場所を整備中です。何人かそちらに合流し、必要な設備について打ち合わせなどを行ってください。それと王都からこちらへと向かってくる避難中の王室の面々を受け入れる態勢も整え中です。事態の急変などもありえますから、兵士の皆さんは即座に動けるよう、休息のローテーションをしかと組んでおくようにしてください」

「「ははっ!」」

 僕の言葉を受けて何人かが走った。あと指示しておくことは―――



「元気な兵士の方々から5人1組で5組ほどを選出し、村の中と外を巡回警備するよう手配を。すでに警備網は敷かれていますがいくらでも強化できるに越したことはありません。クワイル男爵の方には僕から言っておきますので、すぐに策定を」

「「かしこまりました!」」

 本音を言えば、兵士さんがもう1000は欲しい。


 アイリーンがいるとはいえ、セレナが数百を連れて残党狩りに出ている間、クワイル男爵の手持ちを含めてもこのメイトリムには今、800足らずの兵士さんしかいない。

 護衛メイドさん達を戦力に数えても、なお1000には及ばない。


「(僕とレイア、避難してくるエイミーとクララに、兄上様のハーレム面々……)」 

 避難が無事に成功すること前提だけど、このメイトリムにロイヤルファミリーがかなり集中することになる。


 山賊とか “ 連中 ” 以外の怪しい組織とか、何なら反王室派貴族の過激派の刺客だとか。

 そういったのが襲撃してくるかもしれないって考えた時、メイトリムにいる戦力は十分じゃない。


 だけどクワイル男爵の手勢は、セレナ達と一緒に “ 連中 ” の残党狩りに多くを回さなくっちゃいけないし、この村に回す余力はもうないだろう。



「(避難してくるエイミー達の護衛の数もあまり多くはないだろうし……うーん)」

 どこかで戦力を捻出したいけど、残念ながらアテはない。


 まず避難してくる人たちを確実に保護することに専念―――ともいかない。今から考えて手を打っておかないと、あとで後手後手になったら正直キツい。




 僕は抱くレイアを軽く上下にゆすりながら、対策をひねりだそうと頭を悩ませ続けた。




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