第158話 有名な回復の秘薬です



 この世界にはポーションのような回復薬はない。


 薬の現状は、元の世界でいうところの漢方的なものが中心で、内の3~4割くらいは効果があるんだかないんだか怪しいモノが混ざってる感じだ。




「“ ポーション ” ……ですか? 聞いたことのないお名前のお薬なのです」

 エイミーは初めて聞く言葉だと首をかしげる。隣ではクララとヘカチェリーナも、自分の記憶を探っているような感じで、思い当たるワードはなさそうだ。


 ついうっかりと口にしてしまった。とりあえず誤魔化さなきゃ。


「かなり昔に、どこかで読んだような気がするのですが……うろ覚えで申し訳ありません。ですがどうも調べると、古代にはそういったお薬があったようなのです」

 この世界の古代に、似たような薬があったのは本当だ。とても古い史書の一節に、名称は書かれてなかったけど、ポーションのような存在が記されていたんだ。


 1週間ほど前、ヴァウザーさんにそのお話を持って行ったところ、どうやら魔法を併用して作る古代薬液の一種ではないか、という事で思い当たるものを試作してもらえる運びとなった。



「ということは、その “ ポーション ” というお薬は作れましたのね?」

「いえ、まだ試作段階で、完成したとは言い難いようです。今回のお話に限らず、お薬の類は難しいですからね……実際に使ってみなければ効果を確認しにくいですし、もし失敗すれば被害が出てしまいますから」

 モノはできても治験や検証には時間がかかる―――薬の類はとても大変だ。


 何せ、その時はよくっても後々時間を置いてから何か問題が出る可能性だってあるし、他の薬や飲食物との組み合わせ次第で問題が起こったりするなんてこともある。


 安全で問題なく、そして薬として有効。完璧に作るのは並大抵のことじゃない。


「(医療の進歩は犠牲なくしてありえないなんてよく言ったものだけど、この世界の技術水準じゃ、前世よりもその傾向は強そうだ……)」


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 カーテンを閉め切った部屋。だけどしっかりと明かりがともされていて明るい。


  カラカラカラ……


 宰相の兄上様と僕、そしてセレナが立ち合う中、白衣を着たヴァウザーさんが、小さめの押し車を押しながら入室してきた。


「お待たセいたシましタ宰相閣下、殿下。準備ガ整いマした」

 押し車は木製のワゴン。その中にズラリと並んでるビンに、薄い紫色の液体が入ってる。ビンごとに色の濃さが違うのは検証のためだろう。


「ヴァウザー殿、それが “ ポーション ” とやらか?」

「はイ、宰相閣下。殿下と情報を突き合ワせ、考えラれルモノとシて今回、試作しタものデす。情報は太古のモノでスが、基本は現在でモ普通に使わレていル薬草を材料にシておりマす。理論上ハ飲んデも良シ、傷口にかケてモ良しデすガ、飲用はマだやメておキましょウ」

 そう言って、ヴァウザーさんは運んできたビンを1本づつ手に取り、並んでいる兵士さん達と見比べる。


 今回、検証試験に協力してくれるのは、ヴァウザーさんのかくまわれてる屋敷を普段、警備してくれてる兵士さん達だ。ヴァウザーさんの事を知っていて、かつ兄上様達からも信頼が厚い―――秘密をしっかりと守れる人達だ。


「原液はもっト濃い色をシていマすガ、念のタめ今回ハ希釈しタものヲ使用シまス。……治癒魔法ノ準備、始めテおイてくダさい」

 同席する治癒魔法の術士さん達が緊張した面持ちで頷き、同じ部屋の2、3m離れたところで準備を始めた。

 ヴァウザーさんの協力のおかげで少しはマシになったといっても、魔法を使う上での儀式的な例のアレは、やっぱり術をかけられる状態まで準備するのにとても時間がかかる。


 その間にヴァウザーさんは被験者の兵士さん達に問診もんしんして、体調や最近患った病気やケガなんかを紙に記述していった。





「でハ、始めマす。ナイフで小サく指に傷ヲ入れテくだサい」

「わ、分かりました……ゴクンッ」

 兵士さんが緊張しながら自分の人差し指に軽く刃を入れる。たちまち血がにじみだして、指の上で膨らむように赤色が広がった。


「でハ……最初の方にハこノ、3番目に薄イもノを使用しマす」

 ヴァウザーさんが、色の一番薄いほうから3つ目のビンを取り出し、慎重に傾けた。

 ビンの中の液体は一口でゴクンといけそうなくらいの量があるけど、傷口には1滴ずつ垂らしていく。


「……痛みハありマせんカ?」

「は、はい、特には。染みるような感じもないです」

 兵士さんから感想を聞くと、ヴァウザーさんは1、2度頷いてから片眼鏡を取り出して、それで試作ポーションをかけた傷口を観察しはじめた。


「………。……微かデすガ、傷口の治癒ガ始まっテまスね。こノ感じデすト、数十秒とカからナい内ニ、出血は止マるデしょウ」

 そう言って、今度はワゴンの上に置いてある懐中時計を確認した。実際に血が止まるまでの時間を計ってるみたいだ。


「………、OKでス。このマま10分間じっトしテいてくだサい。もシ身体に違和感や痛ミなドを感ジまシたラ、すグにおっシゃッてくダさイ」

 今回の試験では、こうして傷を作って試作ポーションを使い、傷口の治り方や早さを調べる。

 そして10分間そのままにした後に治癒魔法をかけてもらい、傷はきっちり治す。そして数日の間を取って身体に変調がないかを確認したら、次の試験では使用後30分間と、少しずつ使用直後の待機時間を長くしていくらしい。




「閣下、殿下。今回の試験ノ結果とイたしまシて、まズ成功と言えルでしょウ。試作品の回復効果は見込メまシた。数回の試験が必要でスが、現状でモ止血ヲ早めるためメ、他の回復手段のサポートに有益でアるカと思いマす」


 こうしてこの世界でのポーションは、まず止血薬という立ち位置から始まった。




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