第130話 間抜けな口封じです




 アイリーン襲撃失敗は、どこかの黒幕さんにとってはすごく問題だったらしい。




「今回で3度目。わずか5日の内に、ですか」

 兄上様おうさまがため息をつくのも無理ない話。獄中のネーブル氏を・・・・・・暗殺しようとする動きが、この5日間で3度もあったんだ。



「それは、ネーブル氏の口をどうしても封じたい……ということでしょうか?」

 頻繁に囚われた自分の手下を助けるんじゃなくって殺そうとする。考えられるのはネーブル氏が黒幕にとっては困る情報を持ってる可能性が高いってこと。


「だろうな。だがどれほど尋問で締め上げても、出てくる情報にそれらしいものがない。殺される事が分かっていながら飼い主に忠節を尽くすような男とも思えんが」

 ネーブル氏は爵位を失ってる。なので今は一般人と何ら変わらない身分だ。


 富と権力を今一度―――そう思ってヴァウザーさんの言う " 奴ら " の一味またはその計画に加担してたのはほぼ確実。

 牢獄に暗殺者がきて殺されかけた時も、ものすっごく怯えて命乞いしてたらしい。典型的な、自分のやる事にまるで覚悟がない欲に塗れた没落貴族だ。


 そんな人が黒幕かいぬしに義理立てて口を固く閉じるわけない。



「(……あ! もしかして―――)―――兄上様、陛下、あるいはもう僕達は重要な情報を得ている可能性があるのかもしれません」

「? 弟よ、それはどういう事だ?」

「何か思い当たることがあるのですか?」


 つまり。


 ネーブル氏は包み隠さず情報を話してくれてるとしよう。だけどその情報の中には今のところ、僕達からすると目新しいモノも重要度の高いモノもない……


 けどそれは、既に知ってる・・・・・・情報だからそう感じないだけで、ネーブル氏自身は、自分が知っている重大情報を吐露してるつもりだったとしたら?


「……なるほど、もしやヴァウザーというヴァンピールより聞いた情報と共通する部分か」

「こちらは既に一大情報を入手していた、ということは両者の情報を照らし合わせて重複部分を精査すれば、相手が知られたくない情報にたどり着けそうですね」


 もしそうならちょっと滑稽な話だ。


 黒幕はまだ、僕達がネーブル氏の持つ決定的な情報を引き出せてないと見て、彼の口封じをしようとしてるって事なんだから。




  ・


  ・


  ・


 それから2日後。


『………』

 音もなく牢獄に現れた影は、迷うことなく目的の牢の前へ向かう。


『(……子爵・・様もれていらっしゃる。今回で決めてしまわないと、そろそろとばっちりを受けそうだ、頼むぞ)』

 影を迎えたのは本日の牢番だった。影に目標がいる牢の鍵を渡す。


『(分かっている……しかし意外だ。先駆者達が3度失敗している分、警備が厳重になっているかと思っていたんだが)』

『(よく分からんがなにかあったらしい。牢獄に割ける人手も最低限と……おかげで牢番に志願し、こうして容易く手引きできたんだ、仕事が楽に済んで好都合さ)』

『(小者1匹消すのに随分と難儀したが、今度こそは子爵様に良い報告を―――)』


 キンッ!!


「―――チッ、罠を張られていたかッ」

 飛来した矢を弾きつつ、暗殺者は牢番の兵士をチラリと見た。驚いているその様子から、自分を裏切ったわけではなく、どうやら彼もハめられたらしい。


「ひ、ヒルデルト准将!? くそっ、気づかれていたのかっ」

 王城務めの兵士として潜り込んでいた彼は、苦々しい気分で手勢を連れて牢獄になだれ込んできた女将軍を睨む。


「半密室と言って差し支えないこの牢獄に、幾度となく曲者が入り込む……手引き者の存在を疑ってかかるはしかりというもの。二人を取り押さえよ!!」

 セレナの号令で手勢の兵士達が一気に押し寄せる。


「くうっ、多勢に無勢に場所も最悪かっ」

 それでも暗殺者は押し寄せる兵士達に対応する。狭い場所での立ち回りは、まだ彼に分があった。



 ガスッ……ドォッ!


「ひぃいいっ!! お、俺は関係ねぇぇぇっ」

 叩き伏せられた牢番が見苦しく無関係を主張するも、調べはすでについている。複数の槍の柄に冷たい石床へと身体を抑えつけられ、あっさりと捕らえられた。

 だがその瞬間を好機と見た暗殺者は、牢獄内に開いた僅かな空間を狙って跳ぶ。


 カァンカァンカァンッ!


 並ぶ牢の鉄格子を蹴って勢いをつけ、兵士達を抜けた。

 そしてひときわ大きく金属を蹴る音を立てると、牢獄の出入り口を塞ぐように位置しているセレナに向かって、空中から強襲する。


「どけいっ、女!!!」

「甘いですよ」


 ギャリンッ!!!


 飛来する暗殺者のやや短めな直刀に、将官に相応しい装飾と重厚さのあるグレイヴが合わせられる。

 火花が散り、金属同士の擦れ合う音が牢獄内に響いた。


「くっ、お飾りと言っていた・・・・・が、あなどりか……っ」

「侮られるのには慣れている……はっ!」

 武器の重量差に加えて、空中と地の態勢の差、グレイヴが直刀に勝るのは道理。


 ドガシャァッ、ガラランッ!


 セレナは思いっきり振り抜き、相手の身体ごと牢の鉄格子に叩きつける。直刀は床に転がり、暗殺者は気を失った。



「殿下の慧眼、まさにお見事ですね……。二人を引っ立てよ!」





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