第119話 パパはショタっこ王弟様です
そして、その日がやってきた。
『ぅうううーーーっ!!!』
さすがのアイリーンも、お産の時まで元気いっぱいというわけにはいかなかったらしい。寝室からは苦しそうな声が響いてる。
寝室を取り囲むようにいろいろな箇所で待機してる護衛メイドさん達が油断のない表情で凛と立ってる。
廊下1つ挟んで大外を囲むのは完全武装した兵士さん達だ。
それ以外にも寝室から半径200m以内のエリアには、いつもより警備の兵士さん達が大増員されてて、かなり物々しい。
「(……)」
僕は、護衛メイドさんの一人が音を立てないように開いた扉をくぐって、ゆっくりとアイリーンの寝室に入った。
最初の1時間は気を散らさず集中させるために、あえて夫の僕は席を外し、かわりに僕の専属メイドのヘカチェリーナがそばについてる。
そして1時間経過してからは、今度は長いお産で蓄積した精神的な不安や疲労感を和らげるため、夫の僕がそばについて励ます……という流れだ。
「(アイリーン)」
見た事ない表情で歯を食いしばってるお嫁さんの姿があった。
たぶん今まで戦った中で一番手強かった魔物相手でも、浮かべたことのない苦悶の顔―――僕のお嫁さんは、彼女の人生で間違いなく一番の戦いに今、挑んでる。
「(殿下、こっちこっち)」
音を立てないよう、手招きで僕を呼ぶヘカチェリーナ。そこはアイリーンの左手のすぐ近くだ。
「(今は力んでる最中だから下手に触っちゃダメだし、ちょっと待って。それと……はい、コレもって)」
ヘカチェリーナが差し出してきたのは、握りやすい細さの棒が
「(これは?)」
「(アタシのスキルで “ 耐久 ” の効果込めといたし。今のアイリーン様、手加減できないっしょ)」
要するにアイリーンに手加減なく握り返されたら、手が粉砕されかねないと。
僕はヘカチェリーナに短く謝意を返して遠慮なくソレを受け取り、自分の手首に巻いた。
「(アイリ―ンの方には何か―――)」
言いかけて気付く。アイリーンが右手で掴んでいる棒の横に、別の棒が立てかけられていた。
「(気休めだけど “ 安らぎ ” の効果、始まる前に突いといたし。だから精神的にまだ余裕あると思う。……次の “ 呼吸整え ” にもう少しで入るからそん時に手、取ってあげて)」
ずっと気張っていると長時間、息が乱れっぱなしになるので、アイリーン自身が危ない。
なので気張りつつも途中、助産医師の指示で呼吸を整える―――休憩時間のようなタイミングが挟まれるらしい。
もちろん赤ちゃんの状況を注視しながらだ。場合よってはそんな事言ってられない時もあるらしい。
「お妃様、殿下がいらっしゃいましたよ、呼吸を整えましょう」
僕が傍に付きそう準備が出来たと判断して、アイリーンに話しかけたのは助産医師、オンパレアさん。
まだ40代ながら10代前半から出産に立ち会ってるベテランで、僕だけでなく兄上様達の出産も担当した王家御用達の助産医師だ。
今は引退したっていう彼女の師匠も、僕の父上様やおじい様が生まれる時に担当したっていう、師弟そろって王家と縁が厚い。
また、王様を取り上げた助産医師という名声もあって、普段は市井どころか貴族達の間でも、彼女にお願いしたいと要請の多い売れっ子(?)助産医師だ。
「(間違いない人に担当してもらえるのは、本当にありがたいね)」
恵まれてる―――しみじみと思いながら僕は、荒い息をついてるアイリーンの左手をそっと取った。
「ハァハァハァ……あ、あぁ、だ、旦那さま……えへへ、私……が、んばります……旦那さまの、赤ちゃん……がんばって、……んんっ!」
「あまりしゃべらないでアイリーン。アイリーンが頑張ってくれてるのはよく分かっています、だって貴女は僕のお嫁さんなんですから」
疲れているのにニヘラといつもの笑顔を見せるアイリーン。僕も優しく微笑み返した。
「僕がそばについてます。頑張りましょう」
「……はいっ」
すでに頑張ってる人に、“ 頑張って ” とか ” 頑張ろうね ” って言うのは良くない。けどアイリーンは前向きで戦いに意欲を燃やす人。彼女のようなタイプには逆に効果的な物言いだ。
実際、少し疲弊してまいってた表情に元気が戻ってる。よーしやるぞーという意気が、改めて宿ったみたいだ。
そのことをオンパレアさんも理解して、不敵かつ軽く意地悪そうな微笑みを浮かべた。
「それでは続きと行きましょう。まだまだこれからですから覚悟してくださいね、お妃さま」
・
・
・
そして、さらに1時間が経過した頃。
「うーーー、うううぅーーーっっ!!!」
「そのまま、そのまま!! もう少しですよ、頑張って!!」
歯を食いしばりすぎて歯茎からうっすら出血が見られたアイリーンに、柔らかく上等なタオルが噛ませられる。
僕の手を握る左手も、余裕がなくなってきたみたいですごい力がこめられてた。真っ赤になってる自分の手……ヘカチェリーナの気遣いがなかったら今頃本当に握りつぶされてたかもしれない。
「頑張って、アイリーン!」
だけど僕は、手の痛みも忘れてアイリーンの手を強く握り返す。そして声をかける。
10分ほど前、赤ちゃんの頭が見えてきたと言ってからペースは加速。
助産医師だけがアイリーンの股を隠す覆い布の向こうで奮戦してるから、どの程度出てきてるのか分からないのがもどかしい。
だけどペースが上がったってことは、もう相当出てきてるはずだ。
「うう、う、ううううーーーーんっ!! フーッフーッ、んーーーーー!!!!!」
ひときわ大きな唸り声が響いて、アイリーンが微かにのけ反った。
と、同時に
『ォギャアアア、オギャアァッ、オギャァアッ、オギャアアッ!!』
産声。
何事にも動じないとばかりに寝室内に待機していた護衛メイドさん達も、さすがにワッと沸く。
寝室の外でもワァアアッとざわめきが起こった。
「ハァッ、ハァッ、ハァ……ハァッ、んぐ……ハァッ、ハァッ、ゼェッ、ハァッ」
アイリーンが、激しい息をつきながら疲れ切った表情で、それでもなお薄っすらと目をあけて僕を見た。そして微かに口の端をあげる―――やりましたよ、旦那さま。
表情が彼女の言いたいことを僕に伝えてきた。
「ええ、よくやってくれました。生まれましたよ、僕とアイリーンの赤ちゃんが」
この日、僕は一児の父親になった。
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