第114話 犯人捜しです




 アイリーンの寝室への襲撃事件は、やっぱり大事になった。




「ですから! そのような身に覚えのない責めを受けるいわれはないと!」

「貴殿は日頃より陰口を叩いておったではないか!」

「それを言うならば貴公も " 平民でしかも粗暴な傭兵あがりが " などとおっしゃられていた事、知らない者はいませんぞ?」



 捕まった襲撃者はたいしたプロ根性の持ち主だったらしい。連日の厳しい尋問にもしゃべらなかった。しかも1週間後には舌を噛み切って自殺してしまったらしい。


 まったく何も聞き出せなかった……ってわけでもなく、多少は情報が得られたみたいなんだけど……


「(それでこの状況だもんね。やっぱり半端なのは良くないって教訓になるよ)」

 獲得できた少量の情報は、襲撃者を雇った人間はこのお城に出仕してる貴族達の中にいるって分かるものだった。でも誰かまでは分からない。


 それで、お前だろ、いやお前こそ怪しいぞ、って貴族同士が醜い言い争いをするっていう状況になってしまった。


「(ま、そもそも状況的に考えて、貴族達の中に黒幕がいるのは分かり切ってることだけどね)」




 お城の中、アイリーンの寝室は僕が普段暮らしてるエリアにある。


 以前は僕と一緒に寝てたから個室は不要だったんだけど、エイミーを第二妃に迎えたことで、お嫁さん達それぞれに個室が用意された。


 だけどアイリーンの妊娠が判明してからは、頻繁にアイリーンの個室の場所が変わってる。


「(もちろん今回みたいな事件を警戒して。10か所以上ある寝室用の部屋を、毎日ランダムに変更して就寝―――その場所を知ってるのは夫の僕と、お世話するメイドさん達、それと護衛の兵士の皆さんだけ……)」

 一番ありそうなのは、メイドさん達や護衛の兵士さん達が情報を洩らした可能性だ。


 王室の人間のそばに常駐するのは基本、中級メイド以上だけど、アイリーンが妊娠してからは、彼女と僕の周りには上級メイドだけに絞られてる。

 護衛の兵士さん達も厳選された人達ばかりで、常時兜の着用を禁止された上で御役目についた。


 どちらも素性を誤魔化すことが出来ないようにするためだ。


「(でも彼らを経由したらあからさまに足がつきやすいし、アイリーンと僕の子を狙うにしちゃ、ちょっと軽率な気がする)」



 次の可能性としては、僕やアイリーンら当人から洩れた可能性だ。知らず知らずのうちに、普段の会話や行動から特定されてしまったって考えることもできる。


「(もしそうだと、ちょっと犯人を探し出すのは難しいかも。アイリーンは僕達以外は面会拒絶で、ここ1ヵ月は貴族達どころか兄上様達にも会ってないし、エイミーや僕が会話の中でヒントを与えてしまってたとしても、それがいつ、どこで、誰にかなんてわかるもんじゃない……)」

 そしてもう一つ、シンプルに見られていたかもしれないということ。


 アイリーンがその日、どの部屋に入ったか? 遠巻きにでもチラリと見かけたり、何ならもっと遠くから、遠眼鏡ぼうえんきょうとかで監視されてた可能性だってある。


「(けどこれは可能性低いはずだ。もし見てたんなら、僕が部屋に仕掛けしてたのだって見られてたはず……だけどあの襲撃犯は僕の仕掛けに驚いてた。何か備えがあるって、思いすらしてなかったみたいに)」

 僕が、紐を引くと立ち上がるパネル人形や鳴子なるこをセットしたのも、日々変更する寝室に合わせて素早く設置しやすいようにと考えてだ。

 なので、毎日設置しては翌日外して、次の寝室に仕掛け直すのを繰り返してる。もしどこからか見てたんなら、その事を襲撃犯に伝えてないのはヘンだ。



「(だいたい、アイリーンを狙う理由は? その貴族にとって、僕のお嫁さん……あるいはお嫁さんのお腹の中の僕の子供が、不都合・不利益な存在になるからなんだろうけど……)」

 思い当たることがない。

 アイリーンはそれほど貴族達に干渉してる存在じゃないし、せいぜい王子の妻子っていう立場的なものしか、刃を向けられる理由がない。


 もっと言えば、これが兄上様おうさまの妻子とかならまだしも、第三王子の王弟殿下の家族を亡き者にしてどうなるというんだろう?

 いくら今代王室にとっての初子だからって、あまりに狙う意味がなさすぎるんだ。



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「結局、明確に分かっている犯人の手がかりはコレだけですね」

 それはヘカチェリーナと護衛メイドさんが見つけた、近くの空き部屋に残っていたタバコの跡。


「けっこーいい絨毯なのに穴あけちゃって、もったいなー」

 おそらく襲撃が決行される頃合までこの部屋でタバコをふかしながら潜んでいたんだろう。

 その時、タバコの灰を落として絨毯に穴を開けてしまった―――実際、空いた穴の下、床板にもついていた焦げ跡はまだ新しい感じがする。


「他にこれといって残っていたものはなかったんですね?」

「はい、殿下。この1週間、幾度もくまなく探してみましたが……」

 ヘカチェリーナの隣に立ってるメイドが、お役に立てず申し訳ないって言い出しそうな顔でシュンとなってる。


 彼女達を責めることはできない。むしろこのタバコ跡だけでも大収穫だといっていい。

 普通は、コッソリと潜むって行動をしてる時点で、痕跡なんて残さないように注意するもので、何かの痕跡自体見つからない確率のが高い。


「掃除のローテとか確認して、担当のメイドからもお話きーてるから、間違いなくこのタバコ跡がついたの、あの日の夜で間違いないっぽいよ」

「それが分かっただけでも、とても大きいです。確実にここに襲撃者の仲間がいて、その方はタバコを吸われる……完璧に突き止めるのは難しくっても、容疑者を絞ることはできるでしょうからね」

 まずは兄上様たちにも情報を共有しよう。どの貴族がどんな嗜好をもってるかなんて、さすがに僕も把握してないし、当時お城の中にいた人の可能性も高い。



 今は容疑者がいっぱいだけど、これだけでもかなり絞り込めるに違いない。僕は早速、兄上様の執務室に向かった。






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