第八章:波乱の忍び足を識る
第106話 食の喜びを噛みしめます
ガラガラガラガラ……
爽やかな林道を走る僕達の馬車。その後ろをついてきてる荷馬車の車輪音がよく聞こえる。
「うーん、やはり荷運び用とはいえ、多少は揺れ防止などの改良をすべきかもしれませんね」
人を運ぶ馬車の場合、快適さをあげるために揺れや防音を気にしたつくりになってるけど、荷物運び用の馬車は最低限。
荷台の覆いの
「ですが殿下、荷運び馬車を改良だなんてそのようなお話、聞いたことございませんわ」
対面して同乗してるクララが僕の発言に驚いてた。
この世界での " 荷運び ” 作業はどうも低く見られがちなところがある。上から下まで、認識としては下々の者が行う雑用、っていうのが当たり前みたいな。
それに用いる荷馬車なんかも、だいたい粗末な最低限のモノで済ませて、なるべくお金をかけないのが当然っぽい。
「これまではそれでよくっても、これからはそうは行きません。作物が実り始めましたし、これらを安全かつ品質を落とさないで運ぶ方法を考えますと、荷馬車にも工夫がいると、僕は思ってます」
ルクートヴァーリング地方で農産業を始めてから5カ月―――実りの早い作物が何種類か出来たと報告があった。
僕は早速、クララと婚前旅行もどきも兼ねた収穫に出向いて今日、その最初の作物たちと一緒に王都へ帰る道にあった。
「クララはいかがでしたか、収穫をやってみた感想は?」
「はい、とても充実した時間でした! いつもお料理に用いている食材が、あのように畑になっているのも驚きでしたし、
クララは目をキラキラさせながら、ちょっと興奮気味に感想を語ってくれた。
エイミーやアイリーンらと違って、クララは生粋の御令嬢生まれで御令嬢育ちだ。僕が
「(きっと、エイルネスト卿もビックリだろうなぁ)」
自分の娘を政治の道具としか見ていなかった彼も、クララと僕の婚約が正式に決まってからは、どことなくクララへの態度が軟化してるって、風のウワサで聞いた。
もしかするとエイルネスト卿も本当は家族思いなところがあって、それを家のためにと強く押し殺していたのかもしれない。
「(ホント、王侯貴族って大変だよね……)」
・
・
・
今回、僕達が持ち帰ったのは半年足らずで収穫でき、量が多く
「(早く収穫できるのはメリットだけど、問題は味や品質だよね)」
これらは将来、軍に卸すための食糧拠出用に、量や速さを優先してのもの。だから味や品質は二の次でもいい。
軍にとっては、たくさんの兵士さん達を飢えさせない事が第一。だから品質にこだわって食糧が届くのが遅くなるなんていうのは困るわけだ。
だけど、同じ食べるんだったらやっぱり少しでも美味しい方がいいはず。
今回は出来栄えをチェックするための試食や調査分だけを持ち帰ってきた。今頃ルクートヴァーリングの農園じゃ、残りの収穫分を分別しながら出荷に向けて現地の人達があくせく頑張ってる。
「……うん、このトマト、美味しーですねっ」
トマトを特に喜んだのはアイリーンだ。
もうお腹も7カ月を過ぎたのでさすがに大きい。……だけどお腹が大きい以外、本人は何もかわってない。
本当に
「(でもトマトが美味しいってことは、やっぱり味覚とかも少しは影響ありそう)」
唯一、魚だけがうってなるとは言ってたけど、何だかんだで影響は出てると見ておいた方がいい。
出産に向けてさらにお腹が大きくなってくれば、いきなり重い症状が出るとか変調をきたすかもしれないし、やっぱり注意は必要だ。
「こちらのキャベツもなかなかなのです。歯ごたえと甘味がいいバランスです」
エイミーはキャベツを気に入ったらしい。
この世界に生まれ落ちてから僕も色々と食べてきた。確かに僕が持ち帰った食材は、そんな食べてきたモノと比べても遜色ない味や食感だと思う。だけど―――
「うーん……確かに美味しいです。美味しいですが、僕はもう一声頑張りたいところですね」
収穫までの速度と量を重視してこのデキなんだから十分といえば十分だ。
でもやっぱり、前世の記憶がまだまだだと言ってくる。
根本的な文明・文化・技術のレベルが異なってるんだから、比較するのが間違い。
そうと分かっててもやっぱり、さらに先を知ってる者としては、もう少しどうにか出来るかもとか思ってしまう。
「(……ダメダメ、今は妥協しないと。改良をやるにしたって作物は今日明日ですぐ結果が出るモノじゃないんだし。それに苗や種をくれたクリンツにも悪い)」
よりいいモノを目指すのは、長い目で見てのんびりやってけばいい。
今はせっかくの初収穫物。素直に美味しいと味わうことにしよう。
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