第98話 綿花を栽培します
父上様の離宮からの帰りの馬車で、僕は警護をお願いした獣人さんのリーダー格に話を聞いてみた。
「カール・ラバイツ村は繊維や織物のお仕事をしている方はいるのでしょうか?」
「一応は綿花の栽培はしている者もおりますが……量のほどは田畑1面程度、といったところでしょうか」
田畑1面―――それはハッキリと言ってしまえば非常に少ないということ。
言葉に秘められた意は “ 村のもの全部集めれば何とかそのくらいはあると思う “ って感じだろう。
つまり、とても産業なんて呼べる規模じゃないってことだ。
「……ですが、綿花を栽培してはいるのは間違いないのですね、アーゾンさん」
「はい、それは間違いありません」
頭は完全にアザラシのそれ。筋肉質というよりは、まさしくアザラシのドッシリ感ある体格で、だけどデブってるような印象はない。
「(いい意味での重量級ってカンジの人だけど、陸上で生活してられるんだ?)」
もしかすると人魚的な人もいるのかな? マーマンじゃなく、マーメイド的なのを期待したい。
「綿花を増やすのです、殿下??」
「うん、そのつもりでいるよエイミー。綿花から取れるワタは
でも大量に生産するってなると、まず環境が問題になってくる。綿花の栽培には水分と
「(カール・ラバイツ村が、王国全体で見ると少し北寄りにあるから不安だったけど、そこでも少数でも栽培出来てるんなら、ルクートヴァーリング地方内に探せば大規模な生産に向く場所はきっとあるはずだ)」
前世でもコットンの名で知られ、遥か古代から最先端の未来まで使われ続けている繊維素材。紡績系の産業としては一番手をつけたいモノだ。
実際、この世界でも衣類の材料としての綿花の生産、消費量は多い。上から下までほぼ全ての人が日常的に触れてるといっても過言じゃない。
「そういえばエイミーの使っている膝かけも木綿製ですね」
「はい、お届けいただいた品の一つなのです。小さいころ、冬の寒さで震えていた時、お母さんがプレゼントしてくれたもので、てっきり焼けてしまったと思ってたのです」
そう言って、ぎゅっとひざ掛けを抱きしめるエイミー。
廃墟から見つかったとは思えないほど綺麗に洗いなおされてるそれは、新品同然に見えた。
「(けど、やっぱり縮んでるな)」
綿は水分で縮んでしまう。
縮むこと前提で作られてるなら一度洗濯することで丁度良くなるんだけど、そうじゃない場合は形が崩れたりする。
「(温度や湿度、光とかも気を付けなくちゃいけない……だったかな、確か?)」
幅広く重宝されてる素材とはいえ、弱点は当然ある。
生産に乗り出すにしたって、その辺ちゃんとカバーできなきゃ品質が落ちて売り物にできない。
幸い、生糸と違って綿花の栽培は大丈夫だって父上様に確認済み。これといった規制はないから、軌道にのせられれば大量に作って問題なしだ。
なので次のハードルは、綿花の栽培と扱いに詳しい “ 人材 ” を確保できるかどうかだった。
「(獣人さん達に心当たりはなし……と。さて困ったぞ)」
綿花の生産はやっぱり人材がネックになった。
王弟の僕は、間接的に大まかな指示は飛ばせても、現地で直接面倒を見ることができない。
だから僕の代わりに権限をもった現場監督の存在は、どんな産業をするにしても必須なわけだけど、他領と比べて後追いになるからその道に詳しい人に任せなくちゃいけない。
だけど貴族社会にそんなアテはないし、かといって新たに人材求めて西へ東へとお出かけなんて事もできない。
「
人探しの王道、酒場をたずねる―――それが出来ない身分と年齢な僕だ。
そうでなくても町に出て不特定多数に声をかけ、気軽にお話するなんて事さえ出来ない。
これは王子様っていう身分の大きなデメリットだ。
「(貴族の
何をしようとしているか、っていう自分の動きを貴族諸侯に把握されるのは危険だし、何より大きな隙になっちゃう。
これこれこういう理由から最適な人材を探してるんですが、心当たりはありませんか―――なんて、他の貴族からしたら間抜けな絶好のカモ。
ここぞとばかりに恩を売ろうとしてくるか、悪意を秘めて邪魔しようとしてくる。
そもそも王侯貴族間で、誰かに借りを作ること自体がアウトな行為だ。
「(うーん王様は孤独な存在、っていうのが分かる気がする。誰かに頼れないっていうのはとても苦しいなー)」
もし僕が権力ある王様だったら、信頼できる部下とかを使って探させるとかできたんだろう。けど三男無職の王弟殿下サマじゃ、人を動かす権力や権限がない。
「今、僕に頼れる人が誰かいるとしたら……うーん、お嫁さん達とお嫁さん候補の女の子達だけ………………―――ん、お嫁さん?」
僕はハタとして気付いて執務机に飛び乗りそうな勢いで椅子から立ち上がる。
そしてすぐさま部屋を飛び出して、ある場所へと向かった。
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