第97話 生糸生産をしたいのです




 翌日、僕は父上様の離宮をたずねた。


 護衛兼お供として20人ほどの獣人さんと、あと僕のパートナー代表としてエイミーも一緒だ。




「おお我が息子よ、久しいな。また少し凛々しくなったのではないか?」

「父上様も、お元気そうで何よりです」

 本当なら “ 何よりでございます ” くらいまで言うべきなんだろうけど、僕はあえて気持ち少しフランクにわざと言い回しをおさえた。


 母上様や兄上様たちほどではないけれど、父上様も何だかんだで子煩悩なところのある人だ。あまりに仰々しい話し方をするよりも、親子の親しみにかたよった方が、何かといいはず。



「お前が来ると報せを受けたのでな、良い菓子と茶を用意させたぞ。ゆっくりしていきなさい」

「ありがとうございます、父上様」

 こういう申し出に対してつい “ お気遣いなく ” って言いたくなる。礼儀的な社交辞令は、状況に合っているように思えるけど、実は間違いだ。


 家の軒先でちょっとした立ち話なんかのすぐに帰る場合や、こちら側に次の予定があり、長居出来ない場合は “ お気遣いなく ” でもいい。


 けど多少なりとも話をする―――ある程度相手の敷地内に留まることになる場合、おもてなしに対しては素直に " ありがとうございます " と言って受け取るべきなんだ。

 その方が相手も気持ちがいいし、こちらもおもてなしを理由にくつろぐ態勢を取れる。


 この辺は礼儀作法の妙味だ。ちょっとしたさじ加減……何でもかんでも謙虚な言動を取ってればいいわけじゃない。


「(王子っていう環境で育ったから、こういうちょっとした違いと使い分けも大丈夫になったけど、前世じゃ深く考えずに何でもかんでも " あ、お気遣いなくー " って言っちゃってたなー、そういえば)」




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「……なるほど、生糸か。良いモノに目をつけたな」

 今回父上様をたずねたのは他でもない、生糸の生産についてだ。


 貴族社会じゃ当たり前のように使われてる絹生地だけど、調べていくうちにこの国全体での生産量は、そんなに多くないっていうのが分かってきた。


 さらに調べると、生産量を抑える命令を先代―――つまり父上様が現役のころに出していた話に行きついた。

 何故そんな命令をだしたのか本人に理由を聞きに来たんだ。


「その良いモノの生産量を制限したのは何故なんですか?」

「ふむ、それについては2つ事情があってな……1つは増えすぎた・・・・・のだ」

 絹の需要が高いのは昔からで、ならばと多くの人が生産に乗り出した。


 ……そこまでは良かったけど、昔はかいこのエサの葉っぱクワがものすごく豊富で、あまりにも急に、大量繁殖に成功したことが裏目にでたらしい。


「(つまり、管理しきれないくらいに増えっちゃったわけだ)」

 前世の世界じゃ、かいこは完全に家畜化した昆虫で、人の手を離れて生きていけないっていうのを、どこかで見た記憶がある。


 だけどこっちの世界はそうはなってなくて、野生にもいる―――それってつまり、かいこを食糧にしている野生動物なんかもいるわけで……



養蚕ようさんを手掛けた者達の管理が及ばず流出し、野生の蚕の数が増加してしまってな。それを食べる獣……だけならまだよかったのだが、魔物まで引き寄せてしまう結果となったのだ」

 養蚕農家から離れた大量の蚕たち。それが野生の餌食になる。

 しかもいきなり増えたエサにつられて、獣を、そして魔物も寄ってきた。


 当然、養蚕ようさんしてる農家の家に近いほど、かいこの数が増えた分布状態になってたはず。

 より多くのエサを求めて、辿るようにして獣や魔物が人の住む地域に近づいてくれば、人に被害が出るのは必至だ。




「そして、もう一つ。……質の悪いものが激増し、悪辣な商売が横行してな。元より絹は、織物の中では高く値がつく。同じ絹織物だとして粗悪品を大量生産し、世に流通させ、儲けようとする商人が・・・増加したのだ」

 父上様の言い方に僕は少し引っかかるものを感じた。


「(商人……? ……ううん、きっと違うよねコレ。悪徳な商人が増えたっていうのはたぶん表向きの言い訳っぽいような……―――そっか! 問題になったのはその裏で糸ひいてた貴族たち!)」 

 絹を衣服なんかに一番利用するのは誰? 他でもない王侯貴族の人々だ。

 貴族御用達の品を独占して大量に卸すことが出来れば、ものすっごい利益を得られる。


 でも貴族自身が直接そういう動きに出るのは難しい。目立つし、悪さがバレたら立場が危うくなる―――そこで息のかかった商人を立てた。

 しかも悪いことを考える貴族達による、絹取引の利権をかけた争いは当然、かいこ爆増の理由の一つにもなってしまったわけだ。

 生産当事者の養蚕ようさん農家に、生産量増加の圧力をかける貴族の図が簡単に想像できる。


「……その商人たちの元締め・・・はどうにも出来なかったんですね」

「うむ、残念ながらな……」

 黒幕の貴族達を潰すことが出来ないなら、その悪欲の元を締めるしかない。


 流通に規制をかけて影から利権をむさぼるような商売をしても、抱えるリスクに見合わないようにしたわけだ。


 養蚕ようさんが原因で魔物による人間への被害が発生したのは、皮肉なことだけど規制するいい理由になる。

 絹商売で甘い汁をゴクゴクしてた当時の貴族達は、規制に反対すれば、人命を軽視してるかのような態度を取るのも同じだから、父上様の命令に反発できなかったというわけだ。




「(悔しがる姿が目に浮かぶなぁ。……でも、そうなると僕の領地でも生糸を大々的に産業化するのは難しいかもしれない)」

 一度規制をかけたのに自分の息子には大量生産を許すなんてことをしたら、貴族達が反発するのが目に見えてる。



 ルクートヴァーリングでの新産業の立ち上げを目指す僕としては、早速つまづくことになって、ため息をつかずにはいられなかった。





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