第96話 魔物の毛皮です




「“ 毛 ” ですかぁ。それで旦那さま、最近お悩みだったんですね」




 なんだかアイリーンの言い方だと、僕が髪の毛薄くて悩んでるみたいに聞こえてちょっと面白い。


「厳密に言えば毛というよりも " 繊維 " ですね。糸、織物、毛皮……紡績業―――いえ衣類の材料を取り扱うといえばわかりやすいでしょうか」

 新しい産業として考えた時、“ 紡績 ” はいいジャンルだ。


 人は服を着るので100%需要あるし、人口に対して供給量がまさっても、ファッションという概念で1人何着も持つから、多少供給過多になっても何とかなる。


 その服の材料になる糸や織物生地は、食料品と同じで絶対に廃れない分野だ。


「(もちろん競合相手に敗北して廃れることはあるけど)」

 あとはコストなんかもポイントになってくるけど、そうした諸問題をクリアできるなら、衣類に関係する産業はとても有望なんだ。




「それでアイリーン、僕が聞きたいのは魔物から採取できる、そうした素材についてです」

 そう、この世界の貴族社会はソレで栄華を極めてるといっても過言じゃない。あらゆるところに魔物から採取できるモノが使われてる。


 ……ということは、当然服とかの素材になるものだってあるはずで、事前に書物で調べたらやっぱりあった。

 それも素材としては最上級に位置づけされてるものがズラリと。



「そうですねー……一番有名なのは、やっぱり “ ドラファー ” でしょうか?」


 ドラファー―――いわゆるドラゴンと呼ばれる類の魔物から採取できる毛素材。


 ファーと言えば “ 毛皮 ” をイメージするけど、ドラゴン種は皮が固いから体毛と皮は切り離して別々に使うらしい。なのでドラファーはドラゴンの毛部分の素材名称として定着してるっぽかった。


「毛の部分を取り外した皮も防具の素材とかにできますし、毛の部分もすごく優れた素材らしくって、少なくとも私が倒した魔物の中では一番高いお値段のついた毛皮だったと思います」

「まずドラゴンを倒せる人が少ないでしょうし、希少価値も高そうです……」

 実質謹慎を言い渡され、退屈してたところでの自分の領分のお話だからか、アイリーンはいつもより少しばかり饒舌だ。

 しかも武勇伝混じりなので、心なしかエッヘンと胸を張ってるように見える。



「他ですと、そこそこのモノでは “ オウベアーの毛皮 ” なんかも好評でしたよっ」

 オウベアーは、普通の熊と違って常に2足歩行してる熊の魔物だ。

 普通の大熊の5倍くらい大きくて毛深いし、知能が高くて普通の熊ならかかるような罠も難なく回避する。


 ものすごく危険な魔物だけど、その域に達するのは常に1個体だけ。


 通常のオウベアー種は特に強い上位者たちで殺し合いをして、生き残った最強の1体が他のオウベアーを従える。その王様が成長して成った1体だけが “ オウベアー ” と呼ばれる。

 何故なら下位の個体は毛がない。王様になったオウベアー種だけが後天的に不思議と多毛になるらしい。


 だから " オウベアーの毛皮 " っていう言葉そのものが、その王様になった1体の毛皮のことだけを意味してるので、めちゃくちゃ希少だ。


「(そんな貴重なのをそこそこのモノ・・・・・・・って……)」

 アイリーンの強さは知ってるつもりだったけど、まだまだ認識が甘いのかもしれない。



  ・


  ・


  ・


 結局、アイリーンの武勇伝混じりに長時間、色々な魔物の素材としての毛皮の価値を聞いたわけだけど……


「(うーん、やっぱり “ 魔物素材 ” の問題は、安定して採取れないこと。これに尽きる)」

 産業として取り扱う以上、ある程度は常に確保できないとダメだ。



 アイリーンは―――


『あ、それじゃあ魔物を捕まえてきて、牧場で飼うとかどうですかっ?』


 ……なんて言ってたけど、残念ながらその案は即却下した。既に僕も一度考えてみた事があって、結論からいって不可能なんだ。


「(基本、凶暴な魔物を飼育するっていうことがまず無理だし、もしも出来たとしても、今それをやったら完全にアウトだし)」

 ただでさえ国境に主力を置いているにも関わらず、国内で大規模な魔物の軍団が発生して、それがどこから沸いて出たのか分からず、下から上まで不安にかられてる状況。


 そんな時に魔物を飼育なんてした日には一発で世間から犯人扱いまっしぐらだ。




「(やっぱり、羊毛とか綿花とかが無難かー。あとは生糸……は、かいこの飼育が大変そうだけど、上手くいけば大きいし)」

 この世界でもやっぱり絹は、織物生地の中にあって1つ上の価値を持ってる。


 もちろん魔物から取れる素材に比べたら遥かに劣るけど、それでも人が安定して生産できる中ではやっぱり高価値だ。


「……かいこの生態とかも調べておこう」

 理想は、安定して供給できる生糸以上の新素材の生産ができること。だけどそんなモノがそうそう見つからない。



 それはそれとして、既にあるモノを量産して産業として根付かせることも重要だ。

 仮に夢の新素材が生産できたとしても、綿花や羊毛が用無しになるわけじゃない。


「基本はトリプルグレード……松・竹・梅、だね」

 よく上中下の意味で例えられるけど、この3種類はそれぞれ異なる植物だ。

 つまり松があれば梅はいらない、っていう風には絶対にならない。これはどんな分野にでも当てはまる。




「さーて、とにかく3種類……僕の “ 庭 ” で扱えるモノを探して、産業化していかないとね」

 しばらくは書物と睨めっこする日が続きそうだ。






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