第92話 お兄ちゃんの愛です




 エイミーの品々の保管場所について悩んでいた僕に、ヘカチェリーナは意外な質問をしてきた。



『そいえば殿下は、後宮・・作らないの?』

 後宮、という言葉には大きく二つ意味がある。


 一つはハーレムの隠語的な意味合いで、もう一つはそのまま王族の妃たちや子供が住む建物―――場所的な意味合いだ。


 ヘカチェリーナの疑問は、つまり僕に建物的な後宮があるならそこに保管すればいいんじゃないの、ということ。

 だけど残念ながら今、僕は建物の意味での後宮を持ってない。

 第一妃としてアイリーンをお嫁さんにした時から僕の育った王城の一エリアが、僕の後宮といえるんだろうけど、王城は王様である兄上様の持ち物だ。そこに大量の荷物を運びこんで保管するのは、さすがに気が引ける。



 なので僕は今後のことも考えてこの機会に、建造物としての後宮について詳しく調べていたんだけど、その過程で 書物から “ 離宮 ” についての記述が多くでてきた。





「(父上様の離宮も、後宮の一種になるんだ……)」

 前王である父上様の場合、兄上様に王位を継承した時点で王城から別に移ることは決まってたこと。

 だからお城から少し離れた場所、王都の中に新しい離宮が建てられた。前まであった離宮は、かなり老朽化していて居住は無理だったみたいだし。


「(でも、この王都に離宮はいくつもある……)」

 離宮はあくまでも、王家の近親者が住む準王城と言うような場所。

 現役を退いた王族―――お父様やおじい様たちのような世代の隠居先。その他は兄弟とか王様にかなり近い人間が使ったりもしてる。




「(……おじい様は僕が産まれた時にはもう亡くなってたけど)」

 勇敢で、当時国境に現れた魔物の大軍団を迎え撃つのに自分から軍を率いて向かうような人だって聞いた。死因も戦場での負傷が原因だったらしい。


「(だから今、離宮を使ってるのは父上様だけ……母上様は基本、実家の別邸を使ってるから、他の離宮は全部もぬけの殻状態…っと)」

 現存する離宮の使用状況を調べながら、僕はふと母上様のことを思い返す。


 そういえば父上様の離宮で一緒に暮らさないのは何故なんだろう? 一応、母上様のいる別邸は、父上様の離宮のすぐ横にある。

 最初は前世の別居中夫婦とかを想像したけど、何か違う気がする―――シャーロットのこともそうだ。

 どうにも母上様の言動には不可解な部分が多い。

 (※「第87話 素敵な愛と笑顔を振りまきます」参照)




「(……、っとと、今は離宮について調べてるんだった。脱線脱線)」

 とにかく、調べた限りじゃ王都にある離宮は今、父上様の新築離宮しか使われてないのは間違いない。

 他の離宮も老朽化が著しいから、これからもそのまま誰かが住むってことはなさそうな状況っぽかった。


「うん、これは使えそうだね」




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「離宮を1つ使いたい、ですか。 一体、何に使うのかな?」

 王様じゃなく、兄の顔で問い返してくる兄上様。弟がおねだりしてきたのが嬉しいらしくって、とても柔和なニコニコ笑顔だ。


「(うーん、本当に家族に恵まれてるよね僕って――)――はい、先だってエイミーの実家の遺品が回収・修繕され、王城へと送られてきましたが、思いのほか数が多かったため、保管場所に困っていました」

「なるほど、離宮をその保管場所に…ということですか」

 僕にとってハーレムの意味での後宮は、この王城の一角になる。だけど実質、王様である兄上様のお城に間借りしてるようなもの、別で僕専用の建物なんかはない。


 なので使われていない離宮を、後宮にする―――じゃなくって、荷物置き場にする。

 住む事は出来なくても保管庫としてなら使えるはずと、僕は睨んだ。



「そういう事でしたら構いませんがそれでも少し、手を入れないといけないかもしれません。そうですね……3日待ってください、すぐに整備・・するよう手配しておきますから」



  ・


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  ・


 そして3日後。僕はアイリーン達と一緒に離宮の一つにやってきた、のだけど……


「兄上様……整備・・って……」

 王城に一番近い、徒歩でも来れる距離。場所は王城の壁外だけど、その位置関係から、離宮というよりもお城の別館って言うほうがしっくりくるかもしれない。


 ううん、そんな事はどうでもいい。


 僕達がポカンとして見上げる建物は、整備どころか完璧にフルリフォームされていた―――老朽化? 知らないワードですね、と言わんばかりに真新しい雰囲気の建物がドヤ顔で出迎えてくれてるような気さえする。


「あ、あはは……義兄あにさまは本当に旦那さまの事が可愛くてしかたないんですねっ」

「アイリーン様、だとしたらその愛重すぎっしょ……」

 アイリーンの一言にヘカチェリーナが突っ込む。


 でも、たぶんそうなんだろう。兄上様はただでさえ当代の王様で、僕に構うことがなかなか出来ないでいる。

 実際、僕が何か相談事をする時、宰相の兄上様次男に持ち掛ける事が多い。


 なのでここぞとばかりに普段満たされない兄弟愛を発揮した可能性は高い―――というかコレ、普通に超豪邸クラスでそのまま住めますよね、っていう。


「と、とにかく中を見てみましょう。大丈夫なようでしたら、今日のお昼からでもさっそく荷物の移動を手配します」

 みんなを促しつつ、僕は離宮の敷地内に入る―――門から玄関口に至るまでの道は30mほど。だけどその間の庭の手入れも完璧に済んでいた。


「ほ、本当に老朽化した離宮……だったんです??」

 エイミーが、もしかして場所を間違えていないか心配になってきたと言わんばかりに辺りを見回す。


 普通、老朽化で長年誰も住んでいなかったら、庭木も草もボーボーに荒れ果てる。そしてそれらを処理し、庭を蘇らせるのは凄く大変な作業だ。


 植物を相手にするのは簡単じゃなくって、一度荒れた庭や畑に手を入れるのは、普通なら軽く月単位・・・の時間と手間がかかる。


 なのに3日・・。どんな突貫をすれば、たった3日でこうなるのか?



「うっそ、……もしかして離宮の外壁ヤバくない? これ修繕とかじゃなくって完璧張り直してるっしょ、マジで」

 ヘカチェリーナがどんだけよ、と心底呆れたように言う。


 玄関付近まできてその重大さに気づいたのは、貴族社会で揉まれてきた僕とヘカチェリーナだけだった。


「リフォーム、じゃなく……建て直してますね、コレ」

 僕がそう呟いたことで、アイリーンとエイミーも " えっ " ともらし、そして絶句した。


 規模でいえば、確かに父上様の新しい離宮よりも二回りも三回りも小さい。けれど、それでもたった3日で建て直す?


 ……元の建物を解体するだけで数か月はかかりますがな、普通はっ!!


「(あ、兄上様……)」

 そこまでしてくれたのは素直に嬉しいけれど、僕はなんだか逆に怖くなってきた。

 




 


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