第81話 婚約者とメイドがじゃれ合います





 兄上様から衝撃のお話を聞いてから3日後。


 改めてクララが、数人のお供と儀礼的な意味合いの刺繍がなされたドレス姿で王城にやってきた。




「で、ででで……殿下におかれままま、おか、おか……」

「お嬢様、まずは落ち着いてください。お口が回っておりませんよ」

「ささ、お水を1杯どうぞ。深呼吸なさってください」

 お供のメイドさん達がクララの緊張をほぐそうと色々ケアしてる。


 正式に婚約者になった挨拶の口上を述べるためにやってきたわけだけど、クララは夢見心地と緊張が渦を巻いてるらしくて彼女らしくもなく、それはもういっぱいいっぱいになってた。


「(いつかのアイリーンやエイミーを思い出すなぁ……)」

 特に結婚式や初夜の時の二人。緊張から意識がぐるぐる状態になってたっけ。


 僕も結構緊張してたんだけど、より深刻なクララを見てたら僕の方の緊張は、いつの間にかどこかへとふっとんじゃった。





―――3日前。兄上様の執務室。


『エイルネスト卿から正式にお話が来ました。御息女のクルリラクララ=フィン=エイルネストとの婚約の申し出です。お受けしますか?』

 兄上様に呼ばれて開口一番そう言われた時はさすがにビックリした。

 クララ獲得のために勝負はこれからだっ! って思いながら帰城したら、いきなりその意気込みが空振りに終わったんだから。


 僕の危機感が杞憂に終わった瞬間だ。もちろん答えはYES一択。


 僕からじゃなくって、相手側から・・・・・の申し出。受けるのに体裁を気にする必要がない。


 第一妃のアイリーンが妊娠中でも関係なく、エイルネスト卿からの申し出を受けるかどうかに関しては、政治的な要素が色濃くなるんだ。


 なのでこの申し出を今のタイミングで受けても、貴族社会ではエイルネスト卿が政略的な意味で娘を王室に入れた―――ってなる。

 これがもし、僕の方から娘さんクララをくださいって願い出たりしたなら、僕の……ひいては王室の悪評に繋がったりするんだ。



  ・


  ・


  ・


「(やることはまったく変わらないのに、申し出る側が違うだけで意味が変わってくるなんて……うん、おかげで助かったといえば助かったんだけども)」

 今回ばかりは、いつもはウンザリする貴族社会の面倒なモノに助けられた。

 難題の一つが勝手に片付いた感じで少し拍子抜けしたけど、楽できるならそれに越したことないんだし。



 クララによると、エイルネスト卿はどうも早い段階でもう僕に嫁がせることを決意していたのかもしれないとか。

 確かにかなり前からクララとのことは、兄上様たちも協力してくれて水面下で話はいってた。


 けど僕は、クララの見立ては違うと断言できる。


「(きっとあの時に決めたんだ)」

 エイルネスト卿はしたたかな人物だ。確かに王弟という身分の僕は、政略結婚にしても娘の有望な嫁ぎ先には違いない。


 けれど筆頭大臣の一人である彼が、王弟という身分に実質的な力が何もないことくらい分かってないはずがない。



 だけど近頃の僕は、ルクートヴァーリング地方の領有で個人的な実利権限の獲得を、魔物の軍団との戦いで実戦経験をそれぞれ示した。僕の価値は身分だけの王弟から多少はマシになっていたのは間違いない。


 でもそれだけじゃ一押し足りない。エイルネスト卿が娘の嫁ぎ先に僕を選ぶにはもう一つ材料が欲しかったんだと思う。



「(……それは僕、っていう個人の能力だ)」

 あるいは人となり、といったところ。


 いくら領地を頂いていてもそれを治めていく能力や素質がないと長く続かない。魔物の軍団との戦いだって、僕自身がただそこにいただけなら人形同然で無力なことには変わりない。



 でも、直接見た。聞いた。話した。論じ合った。

 (※「第80話 先回りしてやられたのです」参照)


 エイルネスト卿に、娘の嫁ぎ先を確定させた決定打は、間違いなくあの時だ。


「(エイルネスト卿を訪ねる判断は正解だったんだ……ホントは結構ダメもとでも何かやらなきゃって焦りの勢いな感じで訪問しようと思ったんだけど、何でもやってみるもんだね)」





 ――――――と、僕が呑気にクララとの婚約成立の裏を振り返ってるのは、目の前の修羅場から逃避するため。


「~~~♪」

「~~~#」

 片やニッシッシと笑み。片やぐぬぬといきどおり。二人の女子は対面してキャイキャイと言い争いを繰り広げている。


 口上・挨拶・伝統だかなんだか知らないけど簡単な儀式めいたもの。


 朝の内にそれらを終えたクララは、僕の婚約者になった緊張はどこかへいってしまって、アイリーン達も交えて一緒に昼食をとった後、すっかりいつもの彼女の調子を取り戻した。


 それは何よりなのだけども……


「殿下からお離れなさい、メイドでしょう貴女は!?」

「え~、メイドはメイドでも~、殿下とはただなる関係のメイドだし?」

「た、た、ただなら……っ」


 ボフンッ。


 真っ赤になったクララの顔面から煙が上がる。

 そして僕にいやらしい感じで絡みついてるヘカチェリーナの、意味深な笑み。


 そう、クララと言い合っているのは他でもない、ヘカチェリーナだ。


 この二人……どうも相性が悪い。といっても本当に険悪な感じじゃなく、好きな男の子を巡って言い争うライバルって印象だ。


「(もっとも今の所、ヘカチェリーナが口と態度の上手さで一方的に完勝してる感じ……というか、煽りにクララが乗っかっちゃった感じだけど)」

 両方とも貴族令嬢だ。

 けど片や大貴族、名家の御令嬢で政略結婚の道具として厳しく躾けられたクララ。

 対するは地方の小貴族なれど、不真面目の後ろに能隠したヘカチェリーナ。


「(貴族社会での各種能力はたぶん同じくらい……かな? でもバックアップ家柄が弱くて、自発的な意志や思考、立ち回りをしてきたヘカチェリーナが経験的にも1歩リード、と)」

 クララは優れた大勢の家人達に囲まれてサポートを受けてきたはず。

 でもヘカチェリーナは、実家に数えるほどの家人しかいなかった。僕と初めて会ったのも、一人での行動の末だ。貴族の社交の場での実力は同格でも、人生経験や世界を広く経験してるのは彼女の方だろう。


「(なので、ここで僕が肩を持つべきなのは―――)―――はい、そこまでですよ、ヘカチェリーナ。あまりクララをからかわないでくださいね、僕の婚約者・・・・・なんですから」

 そう言って二人に割り込んだら、ね? と同意を求めるようにクララに笑顔を向けるのも忘れない。


「はーい。いやー、思ったよりウブそーだったから、面白くってつい♪」

 やっぱり確信犯。完全にクララは、ヘカチェリーナに楽しく遊ばれてしまったみたいだ。

 そしてその敗北のお嬢様クララはというと。


「―――殿下の、婚約者……えへ、えへ……へ……~~♪」

 ボンと顔から煙を吹き出して卒倒して僕の腕の中、うわ言を呟きながら喜んでた。






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