第六章:貴族令嬢
第76話 戦力の再編です
僕がアイリーンと結婚したばかりの頃は、魔物の襲来のたびに国境に向けて王国の主力軍が出征する形を取っていた。
だけど国境に常駐する戦力が少ないと、主力が到着するまで防衛線が維持できなくって当然、国境付近の町や村は被害がとても大きかった。
しかも向かって行った主力軍も、現着すると勢いに乗った魔物たちの相手を、行軍の疲れが残ってる状態ですぐに相手しなくちゃいけないとか、色々と問題があったみたい。
そんな非効率で、やたら兵士さん達が犠牲になる方式を取ってたのは、軍の主力を国境に張り付かせてしまうと
特にそのことを嫌ってたのが貴族諸侯―――何せ魔物の脅威から国を守る、っていう名分がある以上、王国主力軍の経費の拠出を求められたら断れない。
事実、領地経営をしてる貴族は全員、多額のお金や物資を徴収されてる。特に自分の財産が目減りするのを嫌ってる人達だから、王国主力軍が出突っ張りの現状には、前々から強い不満を持ってたワケだ。
「(でも、主力を国境から引き離して前と同じ方法にしちゃうと、国境近辺の被害も元に戻っちゃう……)」
そうなると僕も困る。国民に被害が出るようなやり方だって思われちゃったりしたら、人々の王家への好感度が急降下してしまう。
そこで兄上様達が考えた方策が―――
「ヒルデルト准将。貴公には " 王都圏防衛 ” を任じ、兵1万5000を速やかに編成することをここに命じます」
「謹んで、拝命いたします」
「ナードラー少将。貴公には " 第一中間圏防衛 ” を任じ、兵2万を速やかに編成することをここに命じます」
「謹んで、御拝命いたしまする!」
「メルドック中将。貴公には “ 第二中間圏防衛 ” を任じ、兵3万5000を速やかに編成することを、ここに命じます」
「謹んで、拝命します」
「ケテホーク少将。貴公には " 第三中間圏防衛 " を任じ、兵2万を速やかに編成することを、ここに命じます」
「謹んで、拝命いたす所存でございます」
―――王都から国境までの間に中間点とそれぞれの防衛圏を設定して、戦力を置くこと。
こうすることで、今までみたいな国内での魔物の出現にも素早く対処できるようになるし、国境も含めて相互に素早くまとまった援軍を送ることもできる。
しかも各拠点の経費や物資は、それぞれの防衛圏内に領地を持っている貴族が、自分の防衛圏内にある新設拠点に拠出するようにする事で、今までは一律いくらだったのがそれぞれの必要分で最適化され、1貴族あたりの負担が減る場合も多く、貴族の反発も小さかった。
そして、新しい拠点に配備する戦力は、先のセレナ達と魔物の軍団との国内での戦闘への援軍要請を無視した罪を突きつけて、ゴーフル中将率いる主力から捻出させた。
「主力軍は18万いますからね。その数の多さも、大軍で押し寄せる魔物への対抗というよりは、国境線に満遍なく広げて防ぐ目的の方が大きいそうですから」
「なるほどー。そういえば昔、国境の戦闘に参加した時も、魔物はそんなに数や質で押してくることはなかったです。たまーに
アイリーンの言う、そのたまの重いのが本当に戦力が必要になる戦い、というわけだ。
だけど頻発するわけじゃないその
信頼できる部下を使って国境の戦況実態を調査した情報を元に、国境から魔物が入ってくるのを防ぐ目的の場合、本当に必要な戦力を再計算。
先の援軍要請無視の王命違反と一緒にゴーフル中将に突きつけ、18万の主力軍から8万を引き剥がすことに成功した。
その8万と王都防衛戦力の残り、そして元からのセレナ直属の兵士さん達を合わせた戦力から再編し、各所に配置するわけだ。
ちなみにこの王都から国境までの間に戦力を小置きしていく方式は、僕が先の魔物の軍団との戦いで、セレナの後援をやった時の陣の敷き方と役割分担した話を参考にしている。
「でもでも、本当はそのゴーフルとやらを引きずり下ろしたかったのでしょう、義兄さま達は?」
兄上様たちの本音はまさしくアイリーンの言う通り。だけどやっぱりいきなりそれは危ないと待ったをかけたのは、他でもない僕だ。
まずゴーフル中将の持つ兵力を減らす。これでとりあえずは良しとする。いきなり重い処罰を下すと、それこそ暴発しかねないから。
「段階を踏まなくてはいけません。降格や権限の剥奪は重い処罰ですからね……本人が強く反発して、良くない動きを取られても困ります。なのでまずは、たとえ良くない動きをしても、問題のない状態にしておくのが狙いですね」
もちろん主力軍の兵士を減らす通達でさえ、ゴーフル中将は猛反対した。けれど、宰相の兄上様が調べた、本当に必要な兵力数について説得を受けて押し込まれた後、トドメに使われたある一言が効いた。
「"ヒルデルト准将は先の戦闘にて、自軍の倍以上の魔物達を1ヵ月以上食い止め続け、結果勝利している”―――兄上様がそうおっしゃられた時のゴーフル中将の顔は、それはもう悔し気でしたよ」
中将の性格からすれば、優秀な戦果をあげた同僚の話はライバル心を焚きつけられるものだろう。
しかもゴーフル中将も、日頃から女が将官の席に座るなんて、と侮り見下している軍人の一人だ。そんな相手があげた大きな功績に、プライドが刺激されないはずがない。
少ない戦力で自分の任を完璧にこなす―――ゴーフル中将は手勢を減らされることを飲み込んだ上で現在の任務を変わらず……ううん、もっといい成績をあげなくちゃいけないところまで自分を追い込んじゃったわけだ。
「それは見てみたかったです。でもコレでしばらくは落ち着いて過ごせそうですねっ」
あの戦闘からちょうど今日で1ヵ月。まだまだ大きくはなってないけど、色々と妊娠初期の症状が出てる。アイリーンのお腹はだいたい2カ月目に入るかどうかくらいのとこらしい。
なので大事をとって部屋にいる時間が多くなってる。部屋以外の場所じゃ、常にメイドさんと護衛の兵士さん20人ほどが張りつくようになった。
ここまで自分が明確に守られる状況というのは、アイリーンにとっては落ち着かないみたいで、出かける時間より部屋でこうして僕といる時間の方が増えている。
……ともあれ、アイリーンの妊娠は完全に確定したわけだ。
何かの間違いでも医者の誤診でもない。正真正銘、僕の子供が今、お嫁さんのお腹の中にいるんだと思うと、なんだかとても不思議な気分だった。
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