第73話 大がかりな帰り支度です




 どうやら支援部隊に、アイリーンを添えてここに向かわせたのは兄上様おうさまの差し金らしい。


 気を利かせましたよ、とにこやかに微笑む兄上様の顔が目に浮かぶよう。




「(僕を驚かせたかったんだろうけども―――っていうか、お城から出していいんだろうか??)」

 妊娠、それも今代王家の者の中で最初の子供。


 絶対に問題があってはいけないと言う事で、今回の魔物の軍団との戦いへの参陣どころか、お城で絶対安静だったはずなんだけれども。


「 ばぁや さんが “ 今から身体を鈍らせるとお産が大変かつ不安定になる ” って、王様に進言してくれたんですよ。あ、でも " 戦いはダメ " って、武器と鎧は没収されちゃいました……」

「なるほど、そういう事ですか」

 つまり適度な運動は必要、と。こちらの戦闘が終了して、もう危険がないと判断した上で、支援部隊の名ばかり責任者に名を連ねる形でここに来ることになったらしい。



 ―― 妊婦さんの散歩。

 ―― 僕と僕のお嫁さんっていう王弟夫婦が今回の戦いに寄与したっていう体裁。

 ―― 疲れてる僕のお迎えにお嫁さんアイリーンを派遣する兄の気遣いアピール。


 ……そして妊娠してる事を理由に、短期間で王城に戻らなくちゃいけないアイリーンを理由に、僕もお城に早く帰らせる。


「(一石四鳥、だと思ったんだろうなぁ。細かいとこだと、王室の存在感を強めるだとか、もっと色んな狙いこみこみなんだろーけど)」

 だけど僕が早々と帰るのはあまりよろしくない。なぜなら戦勝の後なので、王都に帰る行為は " 凱旋 ” になってしまうからだ。

 かといってこのまま滞在し続ければ、兄上様が拗ねるかもしれない。



「……アイリーン。支援部隊の医療班に、セレナ―――ヒルデルト准将と彼女の側近、そうですね…………100名ほどの治療を急がせてもらいたいんですが、お医者さんや治療の物資などは足りているでしょうか?」

「はいっ、たーっぷりと手配しておいたって貴族の方が言ってましたよ。でもどういうことですか??」


「簡単です。僕がお城に帰る時、この戦いの総司令官・・・・を務めた彼女が一緒でなければならないんです。勝利しての凱旋ですからね、彼女を主役に据えて、僕達はそれに華を添えるような形にならなくてはダメなんです」

 王弟の僕が一人で帰ると、僕が今回の戦いの主役みたいになってしまう。それだとセレナの戦功を横取りするような形になっちゃうし、僕としては彼女が大きく評価されるこの機会を逃したくない。


 実際、自身もボロボロになりながら指揮を執って魔物の軍団と互角に渡り合ってたのはセレナなんだから、キチンと彼女がたたえられるべきだ。


「ですが、ボロボロの身なりに怪我を負った姿では、人々を不安にさせてしまいます。重傷者の多い今、見栄を気にするのは気が引けますが重要な事なんですよ」



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 そして僕の説明を受けたアイリーンは、さっそく支援部隊のお医者さん達の中の数名に、セレナ達の治療に集中して当たってもらうよう指示。

 これもアイリーンを通すことで、支援部隊の責任者の一人としての功績をアイリ―ンが積むことになる。


「エイミー、ヘカチェリーナ。ルクートヴァーリング地方から連れてきた兵士さん達からも、300~400名ほど選んでおいてください。凱旋の列に加わってもらおうと思います」

 今回、僕がルクートヴァーリング地方から兵士さん達を持ってこさせる手を打ったのには、3つの理由がある。


 一つは純粋に、戦闘への増援戦力の捻出だ。


 加えて、戦闘で活躍させて功をあげさせ、かねてからのあの地の人々への侮蔑感を少しでも緩和に繋げる。

 なので今回の戦闘のあらましを上手く人々の間に広めなくちゃいけない。ピンチの主力をルクートヴァーリングからの援軍が助けた、って。


「(そしてもう一つは、獣人の皆さんのイメージアップだ)」

 獣人は人よりも身体能力に長けてる種族。それは上から下までみんなが知ってること。

 なので今回の戦場働きでもって、良いイメージを持たせる。


 またルクートヴァーリングの獣人さん達の活躍の話が広まれば昔、他の貴族の領地に去っていった獣人さん達がいくらか戻ってくるかもしれない。


「(そこまでは期待しすぎかもだけど―――)―――今回の戦いは、その戦地と戦力状況から、間違いなく王国の危機に数えられていいほどのものだったはずです。悪い言い方ではありますが、この勝利をしっかり利用します。そうすれば僕に代わってルクートヴァーリングを治めてくれてるウァイラン卿の労も、少しは緩和されるでしょうから」

 ルクートヴァーリング地方は僕の私領だ。けれど今は名代領主としてヘカチェリーナの父、コロック=マグ=ウァイラン卿が僕に代わって面倒を見てくれてる。

(※「第60話 自分の庭を賜りました」参照)


 きっと苦労も多いはずだ。本来は僕の仕事の大半をしてくれてるんだから、その苦労を和らげられるならやらなくちゃ。


「なるほどねー、オッケー。んじゃそれっぽくいいカンジなの、見繕っとくわ」

 こうして王都への帰還の準備も始まった。




 兵士さん500人くらいを伴って、凱旋パレード……ってほどの事にはならなくっても少なくともお城までの間の大通りを通る際、王都の住民の人々の目に頼もしく見えるようにはしたい。


「(よーし、もうひと踏ん張りだっ)」




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