第69話 熾烈な退却です




 そして2日後、僕が期待していたアテ・・は実を結ばなかった。




「殿下を御守りすること最優先! 全員、馬の脚を止めるなッ、いいな!!」

「「ハイッ!!」」

 ヒルデルト准将率いる最前線は、ついに限界を迎えてしまった。



 9000の兵士さん達の戦列は魔物の軍団に破られ、細切れになっていき、ばらけた少数の隊から次々と撃破されていく。


 それでも最大で総数3万に達した魔物の軍団は、セレナと兵士さん達の奮戦で半分近くの1万7000まで減った。

 だけど、バラバラになってしまったセレナ達は乱戦状態に突入、指揮系統も分断されて現場がそれぞれの判断で戦ってる状況らしい。


 そして魔物の軍団のうち主力と思われる1万が、裂いた戦列を突き抜けて一直線に街道を西進。後方の僕達の陣に迫ってきて、圧倒的な戦力差を埋められるものはなく、僕らは退却を強いられていた。




「殿下! 姿勢を低くし、しっかりとお掴まりください。飛ばします!」

「お任せしますっ」

 僕をのせた騎馬を中心に、周囲を騎兵さん達が三重に囲む形でひた走る。

 目指すは王都。だけど……



『うぉぉおお!!』

『食い止めろッ、殿下が少しでも遠くにゆかれるまで時間を―――ガハッ』

『こっから先は行かせねぇ!! ゴフッ、……グ、ま。まだまだぁっ!!』


 後ろから魔物の叫び声に混じって、波のように押し寄せる魔物の群れに立ち向かってる兵士さん達の断末魔が聞こえてくる。


 恐怖がこみ上げる。だけどそれ以上に、僕のお腹の中が煮えたぎり、思わず奥歯を噛み締めてしまうほどの感情が沸いてくる。

 そして、後悔と謝罪の気持ちばかりが浮かんでくる。


「(もっと……もっと確実な手を打ててたら。そしたら兵士さん達ももっと死なせずに―――)」

「殿下、我々は死ぬことも仕事の内に含まれます。そして戦場という場において勝敗は常……それは軍に籍を置く時に全員が覚悟していることです。彼らの死を悼まれること、そのお心遣いは大変うれしく思いますが、どうかお気持ちを強くお持ちください。まだ戦いは終わっておりませぬ」

「! ……そう、ですね」

 僕を乗せて馬をとばしている兵士さん―――ハーイッシュ=マルトック少尉。

 近衛騎兵の一員でこの撤退戦での僕の護送役。30代前半でそこそこ戦場を経験しているみたいで、顔の傷跡が印象的だ。


 頼もしい大人の男性だけれど手綱を引く手に、事実上の敗戦への悔しさがにじみ出ている。

 彼だって仲間達が散っていくのに背を向けて馬を走らせているんだ、その心中はとても苦しいはず。


 僕だけ沈んでるわけにはいかない。




「……王都の前に、准将の砦に向かいましょう。魔物の軍団を迎え撃つ準備をさせなくてはいけません。王都から戦力を―――引き出せるかどうかは分かりませんが、あの砦を中心に防備を固める準備は、1秒でも早く必要なはずです」

「かしこまりました、殿下!」

 セレナ達最前線がどれだけ酷い事になっているのかは、今は考えないようにしよう。

 このまま魔物の軍団が勢いよく西進し続ければ、現場の僕達だけじゃなくって王都の人々も殺されてしまう事態になる。


 どうにかしなくっちゃいけないんだ、ここでの戦いが全てじゃない。まだ何も終わっちゃいない!




 ドガガッドガガッドガガッ!!


 猛烈に走る馬の蹄が立てる音。そして揺れる振動に、僕は掴まってるだけで精一杯で、今できることはない。

 このまま無事に安全なところまで逃げ切れるか、魔物の軍団に追いつかれるか二つに一つ。


 どちらになるか結果を待つだけ―――そう思っていた時、第三の結果がおとずれた。




「!? なんだ、魔物どもの様子が……?」

 不意にそう呟いたのは、後方から追ってくる敵の様子を伺っていた、集団の外側を並走している騎兵さんだった。


「何事か!? 状況を報告せよ!!」

 ハーイッシュ少尉がハッキリとした報告を求めて強めに声を飛ばすと、その騎兵さんは今一度後方を伺う。

 馬で全力疾走中なだけに確認するのも一苦労で、それからも馬の制御をしつつ、何度も後方を確認し直してから、ようやく声が飛んできた。


「少尉! 追いかけてくる魔物の軍団が浮足だっております! 魔物どもの右翼あたりで何か起こったらしく、かなりの砂塵があがっている模様!!」


「(もしかして!?)」

 騎兵さんの声が耳に届いた瞬間、僕はギュッとつむっていた両目を思わず見開いた。

 そして馬の身体にしがみつくようにしていた上半身を起こして頭をあげる。その方角を見ようとするけれど、僕の位置からじゃ横を並走している騎兵さん達しか見えない。


「さらなる詳細を! 殿下が気になされておられる!!」

 僕の様子を汲み取って、ハーイッシュ少尉が騎兵さんに詳細を求めた。


「了解! しばしお待ちを……―――ぁっ、あれは!? 旗です、軍旗を掲げる一団が砂塵の中に! どうやら北側より魔物どもに突っ込んだ様です!!」

「その軍旗のエンブレムは!? 見えますか!!?」

 思わず僕は叫んでいた。


「! あれはっ。わ、我が国の国印とそれに……ね、猫のマーク・・・・・の旗が混ざっていますっ??」

 騎兵さんは困惑気味の声だったけれどそれを聞いた瞬間、僕は思わず両手を握る。掴んでいたところを放してしまったものだから、もう少しで落馬しそうになった。


「ハーイッシュ少尉、援軍です! ここからあの軍の後方にまわり込むことはできますか!!?」

「!! ハッ、可能です。ですが急旋回いたしますので振り落とされないよう、しっかりとお掴まりを! ―――全体、タイミングを見て一気に右旋回する、息を合わせよ!!」



 来た! ついに!


 やや遅刻だけれど、僕の打っておいた手は成功した。猫マークの旗は僕への合図。



 ヘカチェリーナとエイミーが、僕の領地・・・・であるルクートヴァーリング地方で軍を編成し、ここまで持ってくるのに成功したんだ!!




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