第51話 思わぬ秘密を連れ込みました
少女から話を聞いたところ、意外なことが分かった。
「……旦那さま、これって」
政治ごとには疎いアイリーンでさえも、今聞いた事がどれだけ深刻か理解できるほど、少女の持ち得ていた情報は、国王の縁者である僕には無視できないものだった。
「まさか、
ルクートヴァーリング地方は王都に近いといってもそれなりに広大だ。北の端は確かに他の国と接してる部分も少しばかりある。
けど、高い山脈に遮られてて道は通ってはいないし、地理的に考えても隣国とは近くて遠い地のはずだ。
にも関わらず、その他の国にこの地方を売り渡そうと考えている貴族がいるというのは、まさに仰天なお話。
もちろんそんな事は許されない。
いくら各地の領地の治政が貴族に任せられてるっていっても、王国の領土は国のモノ、ひいては王様のものであって、彼らの私的な所有物なんかじゃない。
兄上様がそうすると言うのであればともかく、イチ貴族が勝手に他国に売り渡そうなんて、背信どころの騒ぎじゃない―――完全な反逆者だ。
「今の話を聞いて昨日の “ 領有代行者 ” さんの様子に納得がいきました」
「? あの持て成して頂いた方に、何かあったのですか殿下?」
エイミーは気づいてなかったようだ。
けど僕も最初、あの小者そうな貴族の昨晩の態度は、この地を狙う他の大貴族の手下であるがゆえに、王弟の僕はあくまでこの地を巡るライバルの一人だと認識してのことだから、と決めつけてた。
考えてみると、そもそも王弟の僕と彼らは縁遠い存在。
小者であればなおさら、今の後ろ盾の貴族と王家の僕とでどっちにつくとオイシイか迷う。少なくとも王家が衰えているわけでもない現状なら、もっと打算的な裏を持って、いざとなれば僕たち王家側に乗り換えるためのツテを得ようとするように接してきてもおかしくない相手。
でも昨晩、僕へのおべっかは取り入ろうとするよりも、とりあえず機嫌だけは損ねないようにしよう、といった感じだった――――――つまり
「他の貴族の後ろ盾がありそうだと思っていました。ですが、それにしては王弟である僕への御機嫌取りの様子は、今思えば、どこか後ろめたいものを隠してる感じだったかと。……それでヘカチェリーナさん、
少女はヘカチェリーナと名乗った。
このルクートヴァーリング地方の、南端地域の非常に小さな地方貴族の令嬢で、このシュトックの町にある格上貴族主催の
当初は、地方の貧乏貴族で大した権力も土地も持たない我が家のために、格上の貴族男性を夜会で落とし、結婚までもっていってやろうと勇んで夜会に参加―――要するに、貧乏な家を救うために金持ち男をゲットする玉の輿を狙ってたわけなのだが……
「ええ、それはもうビックリよっ。カーテンの影になってる人目のなさそうなトコに、良さげな男が二人いるの見つけてさ、チャーンスと思ってそーっと近づいてみたら……あれ、コレなんかヤバイ話してなくない? って感じだったってわけ」
幸い、相手に気取られてはいなかったらしいけど、急激に怖くなったヘカチェリーナは会場を後にして帰ろうとした。
……までは良かったらしい。
でも、そこは貧乏令嬢の悲哀。
帰りの乗合馬車――お金に余裕のない貴族令嬢たちが、主催者のはからいで手配される送迎のための馬車――など走っていない深夜。
しかも、夜会は男を引っ掛ける前提(ひっかけた男のところに転がりこんで夜を明かす)で来てたので、現地に泊るところも手配していない。
帰れず、夜も明かせず、一人ドレス姿で町を
このシュトックの町は、ルクートヴァーリング地方における貴族が集う特殊な町だ。
といっても貴族達が居住しているわけじゃなくて、会合や夜会などパーティや他所からの賓客をもてなす等々、言うなればイベント用の町みたいなところらしい。
なので賓館やパーティに使える会場なんかが町中に何軒も建ってるし、宿屋も客にお偉いさんが多いため、町の規模に対して豪華な感じの建物が多い。
何か貴族の催し事や、僕みたいな来賓があった日には、町中にも昼夜問わず警備の兵士さんがウヨウヨしてるんだ。
そんな中、一通りヘカチェリーナの話を聞いた僕は、ひとまず安心した。
「むしろお一人でよかったです。もしお供の方や御家の方とご一緒でしたら、もっとややこしい事になっていたかもしれませんから」
もし彼女が従者なり家族なりと来ていたなら、ウチのお嬢様がいなくなったー! とか言って町中大騒ぎになるところだった。
けれど彼女は乗合馬車で一人で実家からここまで来たので、彼女がいなくなってその身を案じるのは、せいぜい同じ馬車に同乗していた、互いの顔を知ってる他の令嬢くらいのもの。しかしそれも―――
『知り合いは一人もいなかったし、馬車の中でこれといって会話を交わしもしなかったから、だーれも気付かないと思うわ』
―――とのこと。
主催者側も、とりあえず同じ地方に住んでる貴族なので、義理で招待した程度の家の令嬢が会場を入退出するのを、そこまで厳格に管理していないだろう。
皮肉なことだけど、彼女がたいして要人視されない貧乏貴族の令嬢だったのが幸いした。
「誤魔化しようはいくらでもありそうですね。……エイミー、少し頼まれてもらえますか?」
僕がヘカチェリーナを連れて寝室に戻ってきた時、アイリーンとエイミーはまだ寝ていた。
起きたら夫が知らない貴族令嬢を寝室に連れ込んでいた、という光景を見せてしまったせいか、二人は笑顔だけどなんかちょっと怖い。
しかも夫婦の夜が明けた後の、全裸にバスローブを羽織った薄着状態。対して連れ込まれてきた令嬢は最上級とは言い難いものの、一応は夜会に出席するために頑張った派手なドレス姿。
余計に機嫌を損ねていそうでつい二人からの圧に負けそうになる。
それでも王弟の僕がお嫁さん達に遠慮するのは違う。負けじと堂々として接することで、何一つやましいことはないと修羅場に発展させる事なく、この早朝を穏便に乗り切った。
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