第50話 早朝の侵入者です




――――――ルクートヴァーリング地方シュトックの町、賓館ひんかん




「………ふぁ~」

 僕は身を起こさずに、その場でひとあくびした。


 お城ほどじゃないけど上等なベッド。昨日は十分にくつろげて、3人とも全裸のまま朝を迎えた。


 窓から入り込んでる光の感じが、時間はまだ早朝だと教えてくれる。当然、お嫁さん達は夢の中。

 目を覚ましたのは僕だけだ。



「よいしょっと……うん、よく眠れた」

 主人より先に起きて、早朝の仕事に取り掛かるメイド達すら起きてない時間。着替えなんて用意どころか担当者が起きてるかも怪しい。

 だから僕は呼び鈴じゃなく、昨日脱ぎ捨てたままのバスローブに手を伸ばして羽織り、ベッドから降りた。







「さて、勝手知らないお家かなっと。どうしようかな?」

 静かに寝室から、静かな廊下に出る。朝の清々しい空気が気持ちいい。


「できれば大事にならないように、警備巡回の兵士さんには声をかけておきたいとこだけど……」

 ウロウロしている間にお嫁さん達が起きて、僕がいないと騒ぎになったら困る。なのでとりあえず、誰かに僕が起きていることは言っておきたい。


「……あそこに来たアレかな?」

 廊下の窓から庭を挟んでL字になってる向こうの廊下に金属鎧と槍を持った者の姿が見えた。



「! これは殿下、おはようございます!」

「うん、おはよう。朝から元気なのはいいことですが、まだ寝ている方々がいらっしゃいます。もう少しお静かに」

「はっ、申し訳ございません。……それで殿下、すぐに侍従の者をお呼び致しましょうか?」

 僕の姿を改めて見た兵士さんは気を利かせて、着替えなど身の回りの世話をするメイド達を呼びにいこうとする。

 だけど僕は首を横に振った。


「いいえ、まだかなりお早い時間ですしそれには及びません。僕がたまたま早朝の空気を吸いたくなっただけです。少しばかりその辺りを散策して来ますね」

「はっ、かしこまりました。行ってらっしゃいませ」



 ・


 ・


 ・


 兵士さんは王弟である僕を見送るだけで付いてはこない。その理由は二つ。


 一つはこの賓館、そんなに広くない。もし何かあっても巡回中の兵士さん達はすぐに分かるから、傍にぴったりくっついて同行する必要性があまりないと判断したんだろう。

 そしてもう一つの理由として、あの兵士さんは僕たちと一緒に来た兵士さんじゃない。


 彼らは、このルクートヴァーリング地方を代行で治めている人間の私兵。上から命じられている事以外は任務外なので、こちらから何か言わない限り余計な仕事は進んでしようとはしない。


「(その点だけ取っても代行さんが、僕の訪問をよく思ってないって丸わかり)」

 昨日お会いした “ 領有代行者 ” は、いかにもな小者そうな貴族だった。表向きは王弟の僕におべっかが過ぎる感じで歓待してきたけれど、作り笑顔を張り付けてる感が凄かった。


 そして僕が目ざとく歓迎の会の最中もその動向をチェックしていると、やはりというかなんというか―――


「(僕と一通りお話した後、どこかに言伝ことづてを送らせてた。あれはたぶん “ 飼い主 ” に僕が来たことを報告したんだろうなー)」

 あんな小者貴族が、この競争激しい地の " 領有代行者 " を独力で勝ち取ったとは思えない……つまり後ろ盾の大物貴族が別にいる。



「(さーて、そうなると今日、僕が取るべき行動は……)」

 思索しながら廊下を回って寝室と反対側まで来た、その時―――



「あっ」

「っ!」


 ドシンッ!


 この賓館の玄関口がある方、廊下の曲がり角から飛び出してきた人物とぶつかってしまった。


「いたた、もう~……な、なによぅ??」

「(女の子? でもここのメイドさんじゃないっぽい)」

 尻もちついている女の子は、下々の人達が着るにしては上等なドレスをまとってる。

 身長は僕と同じくらいだけれど、年齢はたぶん僕より上。


 色薄い緑の輝きを宿したブロンドで、中世ヨーロッパの貴族女性っぽい感じで上に少し盛った特徴的な髪型は、奇抜というよりもファッションモデルチック。

 小柄な僕よりなお小柄な体格で、Dはあるボリュームのバスト。ドレスの胸元も大きく開かれてて、明らかに異性への煽情的なアピールを意識したデザイン。


 ……こんな朝早い時間にしては、手が込んでる恰好。


 どちらかといえば真逆の、夜会とかに出ていい男をひっかけるために、自分の性的魅力をアピールせんと気合い入れてきた貴族女性、といった感じの服装だ。朝の清々しい空気とは完全にミスマッチ。





『そっちにはいたか?』

『いや、いなかった。まさか賓館内に入ったんじゃないだろうな?』


 玄関の外の方から兵士さん達が慌ててるような声がうっすら聞こえたかと思うと、女の子は急に慌てだした。



「やばっ、ちょっとキミ! えーとえ~と……こっち!」

「わ、わっ?!?」

 僕の手を引っ張って手近な部屋に飛び込むと、素早く扉の鍵をかける。


「何を―――」

「しっ! 静かにしてっ」

 しばらくして……



 コンコン


『朝早く失礼します』

 ノックと共に扉の向こうから声が聞こえる。先ほどの兵士さん達だ。


『……。返事がない、眠っていらっしゃるのかな?』

『今日、賓館にご宿泊されていらっしゃるのは?』

『王弟殿下御一行だけのはずだが……』


 コンコン


 もう一度ノックされる。当然、女の子は息を潜めて返事しようとはしない。


「(このままではいけませんよ。何か言い返しませんと怪しまれるだけだと思いますが?)」

「(声でバレバレじゃん! んなことできるわけ―――)」

「……騒がしいですね、何かありましたか?」

「(ちょぉおっ!!? キミ何を―――ンムムゥッ?!!)」

 驚いて咄嗟に僕を抑え込もうとした彼女をすり抜け、逆に彼女の身体と口を抑え込む。

 ジタバタもがくのも気にせずに、扉の向こうの兵士さんの応答を待った。


『!! こ、これは殿下、こちらでお休みでございましたか!』

「はい。それでどうかしたのですか?」

「(!??! で、でんかって……)」

 女の子が急激に大人しくなる。僕は一安心して扉の向こうに意識を集中した。


『はっ、実はさきほどこの賓館の近くで怪しい少女を見かけまして。もしや賓館内に入り込んだのでは、と……』

「なるほど、それは大変ですね。ですがそのような物音は聞こえませんでしたよ。先ほど廊下を軽く散策いたしましたが、怪しい人影も見当たりませんでした。何でしたら巡回任務の兵士さんにもお話を聞いてみてください」



『むう、中に入っていないとなるとそのまま逃げたか……』

『確かに賓館内に逃げ込むなど現実的ではないな』

『ありがとうございました殿下。お休みのところ、失礼いたしました』

「おつとめご苦労さまです」


 兵士さん達の足音が遠ざかっていく。完全に聞こえなくなると少女は大きく息を吐いて安堵していた。


「た、助かったー。ってかキミ……殿下って呼ばれてたってことは」

 僕は語らずにニコリと微笑みだけ返す。そして彼女の腕をしっかりと掴んだ。


「さて、色々とお話を聞かせてもらいましょう。覚悟してください」


 寝室へ強制連行。僕のお嫁さん達も交え、謎の少女への尋問がはじまった。







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