第三章:迷惑な人たち

第31話 復活の呪文は教えられないのです



 ある日のこと。



「? 面会希望……ですか、兄上様おうさまにではなくこの僕に?」

 近衛兵さんが持ってきた話に、僕は持っていたカップをソーサーに置いてテーブルに戻した。


「ハッ、ぜひとも殿下にお会いしたいと……いかが致しましょう、追い返しますか?」

 話を聞く限り、面会を希望している相手は “ 勇者 ” らしい。




――――――勇者。


 この世界ではゲームみたいに伝説の血を引く救世主だとか、そういう大層なものじゃない。

 魔物たちを倒すことを公言して、王様に認められた人たちが名乗れる国家公認の称号みたいなものなんだとか。


 王様に認められた、といっても全ての希望者にイチイチ会ってるほど王様は暇じゃない。ほとんどは、権限を持つ大臣とかが名代で応対してるみたい。


 基本はそれなりの実績がないと認められないものだけど、そうした制度の穴をついて、貴族とか権力者と結びついて、実績がないのにコネクションでもってその称号を得ている似非エセも多いみたい。





「(そうは言っても “ 勇者 ” の肩書は侮れないよね。本物だったら国民の覚えもいいはずだし)」

 もしそんな相手からの面会を断ったら、王室に対する不信の芽に繋がったりするかも。

 考えすぎでもそういう慎重さは重要。特に貴族社会ハイソサエティでは有名無実であっても悪い話は命取りになったりすることだってある。


「わかりました、お会いします。僕に来客というのも珍しいですし……準備を整えてください」


  ・

  ・

  ・


「むー、せっかく旦那さまとのお茶の時間のために頑張りましたのにー」

 アイリーンが礼儀作法の講習を乗り切って僕のところに駆けつけたのは、面会の準備が整ったと連絡を受けた時だった。


「まぁまぁ、お茶でしたら後で御一緒しましょう。ですがいいタイミングでした、僕一人で訪問者にお会いするよりも、アイリーンにも同席してもらえた方が箔が付きますから」

 王様一人がドンと座ってるのと、王様と王妃様が並んで座ってるのとじゃ、後者の方が謁見の場としても見栄えする。


 実際、王室に属する者の奥様は、公の場で夫にはくを付ける存在であることも求められる。


「(今回は貴族の会とかでもないし、アイリーンにはちょうどいい練習の場になるかもしれないですね)」

「ところで旦那さまにお会いしたいお客さんって、誰なんですか??」

 僕に手を引かれたアイリーンは、謁見に相応しい豪奢なドレスに身を包んでる。歩きにくそうにしながらも日頃の特訓の成果なのか、結婚したばかりの頃みたいに3歩あるくたびにコケる、なんて面白いことはなくなっていた。


「なんでも “ 勇者 ” の称を持っている方らしいですよ。アイリーンは勇―――」

 言いながら彼女の方に振り返ると、彼女は顔を引きつらせていた。


「……どうかしたんですか?」

「え、えーと “ 勇者 ” ですか……。何だか少しだけ嫌な予感がしたんですが……いえ、きっと気のせいです、そうに違いありません」

 明るくニパッと笑う。けどどこか無理をしているような笑顔。


「(もしかして “ 勇者 ” に知り合いがいるのかな?)」


  ・


  ・


  ・


 そして、どうやら彼女の嫌な予感は的中したみたいだ。


「アイリーン!! ああ、相変わらず綺麗だっ」

 僕たちが謁見のための部屋に入ると同時にそう叫んだのは一人の男性。

 たぶんアイリーンとそう変わらない年頃。まだちょっと若くて未熟そうな、マントをつけた剣士っぽい、いかにも勇者な見た目をしてる。


 何となくお嫁さんアイリーンの様子をうかがうと、彼女はこの世でもっとも嫌いなものを見たと、ウンザリした表情を浮かべていた。


「………」

 相手の語りかけを無視して、すました態度で僕の後ろに続くその様子から、相当に嫌っている相手なんだと理解できる。



「控えい! 御前であるぞ!!」

 玉座の左右に待機していた兵士さん達が一喝する。さらに男性の仲間らしい女性2人が、後ろから彼のマントを引っ張って、無理矢理床に転げさせた。


 場所は王様の謁見の間……ではなくて、同じような造りだけど一回り小さい、今回のような王室に対して身分差ある、突然の訪問者を迎えるためのワンランク下の部屋だ。


 当然、訪問者の3人はヒザをついていて、僕とアイリーンが3段のぼった台の上の玉座に腰かけるのを頭を垂れたまま待っていなくちゃいけない。

 でないと無礼として怒られるのは、それなりの年齢の人なら庶民だって分かりそうな基本中の基本。


 なのにそれを忘れるほど、ということは……




「(あー、なんかちょっと色々と想像つく気がする……)」

 訪問者の面会の目的、アイリーンの態度、男性の仲間2人それぞれの表情。判断材料は十分すぎるほど揃ってる。

 ……何だか修羅場の匂いがするけれど、まずはキチンとしなくちゃね。


「よくいらっしゃいました、僕が 〇〇〇〇〇〇 王子です。皆さん、頭を上げて楽になさってください」

 僕の言葉で男性の仲間である女性二人が顔を上げる。倒れていた男性はようやくもんどり打って転がっていた態勢を立て直した――――――かと思うといきなり立ち上がって、僕を指さしてきた。


「この泥棒猫!! 僕のアイリーンをよくも奪いやがったな!!」


「(泥棒猫って、女性が女性に向けて言う言葉じゃなかったっけ……取り合えず想像どおりだけど、なんだか面倒なことになりそうだなー)」

 目だけで隣に座るアイリーンを伺うとやっぱりというべきか、心底うっとおしいと完全に冷めた目で……ううん、怒りすら宿してる視線で、僕を指さす男性を見下していた。




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