第40話 クララ先生のお妃教育です
「お初にお目にかかりますわ、お妃さま。クルリラ=フィン=エイルネストと申しますの」
クララがとても品良く挨拶して見せる。
ドレスの端をつかんで恭しく頭を下げる仕草は、本当に画になる貴族の御令嬢のお手本そのものだ。
「よ、よよ、よろしくお願いもうしあげま――――」
「違います! そこは、もっと堂々となさってくださいな。“よきにはからえ ” ぐらい傲慢な態度でもよいくらいと思いませんと!」
貴族社会の対面時の挨拶練習。ただし今日の講師はいつもとは違った。
アイリーンの諸々のお作法教育がうまくいっていない様子を見て、僕は少し考えてみた。
“ じいや ” や “ ばあや ” の教育に間違いはないけれど、二人とも年を召した古い人間だ。どうしても “ 教える ” ってなるとキッチリカッチリしたものになっちゃう。
けれど不作法が当たり前の世界で生きてきたアイリーンには、それが上手くハマらなかった。
そこで僕は、まだじいや達よりも歳が近くて同性、かつその道のプロとして
「(不安はあったけど、上手くいきそう)」
僕にデレデレなクララからすれば、お嫁さんとして数年を共にしているアイリーンは、いわば恋のライバルとして最大の相手も同然。
対面させていがみ合う事になったらどうしようかと思ってたけれど、思いのほかクララは面倒見の良い性格で、しかも生粋の貴族令嬢ゆえか身分の上下をわきまえて、少なくとも表向きはジェラシー剥き出しにするなんて事はなかった。
しかも、教え方もじいや達に比べると切り口が違う。知識や情報を詰め込むよりも、感覚的でアバウトな方向で教え、とにかく実践形式をメインに、その都度矯正を入れる形を取っていた。
「いいですかアイリーン様。アイリーン様は殿下のお妃様なのですから、とっっっっても偉い御身分なんです。アイリーン様より上は、殿下と殿下の御兄弟様方をはじめとした王室御家族の方々だけ。この国のほとんどすべての人々より高貴な御立ち場なんですから、誰かに遠慮したり畏れたりする必要はございません。どーんと胸を張ってかまわないんですのよ」
クララ的には、僕のお嫁さんというのは一国の王様なんかよりも尊い席で、世界で最高の地位に相当すると感じていても不思議じゃない。
そこに座るアイリーンは威張り散らしても許されるくらいだと言わんばかり。とにかく僕のお嫁さんという立場の凄さを持ち上げるような語り方だ。
「(アイリーンがぽかーんとしてる……熱意に圧倒されるのは分かるなぁ)」
比較的近いといっても8歳差。しかも自分より年下の女の子にこうも熱心に言われては年上として立つ瀬がない。
これがいい刺激になって普段の教育にも身が入るといいんだけれど。
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「聞きしに勝る不出来さでした。ですけれど、おウワサ通りの容姿は羨ましくも、殿下のお傍に立つ者としてとてもよいモノをお持ちですわ。……妬ましくはありますが」
一通り終わった後、アイリーンは “ じいや ” と “ ばあや ” に引っ張られていった。
僕は貴賓室でクララ先生の労をねぎらうためにお茶の席を設け、二人でくつろぐ。
「きっとクララも美人な大人になりますよ。大丈夫です」
「で、殿下ぁ~」
チュッ
ポワンとなった隙をついて軽くキスする―――アイリーンを指導してもらったお礼代わりだ。
安すぎる? いえいえ、
その証拠に貴族令嬢としての顔は一瞬で溶け、ドロドロのデレデレ顔で上半身をフラフラさせていますとも、ええ。
「(出会った時から僕に気があったのは知ってたけど、ここまでデレデレになるもんなんだなぁ女の子って。う~ん、見てるとウズウズする)」
今すぐにでも押し倒して、毎晩アイリーンにやっているようなあんな事やこんな事をしてみたい気持ちがこみ上げてくる。
でもダメダメ。まだ早い。
ちゃんと結婚してから。それまではいつも通り熱く愛でるだけにとどめて、ぐっと我慢だ。
コンコンコン
「どうぞ、開いてますよ」
『失礼いたします、殿下』
扉を開いて現れたのは他でもない、僕の可愛い猫獣人のエイミーだ。
「紹介します、クララ。彼女もキミと同じく僕のお嫁さんの一人になる予定のコです」
「エイミーと申します。よろしくお願いします、クルリラ様」
せっかくなので、この二人も会わせておくことにしたのだけれど……
ちょっとだけ、面倒なことになってしまった。
「か、……可愛らしいですわ!!」
「ふにゃっ?!! く、クルリラ様??」
エイミーを一目見た瞬間、クララが席を立って思いっきり飛び着いた。
その振舞いに貴族令嬢の面影は残っていない。おもちゃ屋さんでお気に入りとなるぬいぐるみを見つけた少女のように、エイミーに一直線。
「(まさかの猫好き? それとも動物全般が好きだった?)」
実際、エイミーが可愛らしいのは間違いない。天然本物の猫耳と猫尻尾に、クリクリッとした猫目など、猫の魅力と愛らしさだけをこれでもかと宿している獣人の少女だ―――クララの気持ちも分からないではない。
けれど生れついての御令嬢が、つい不作法になってしまうほどとは、正直ビックリした。
「殿下っ。このコを私にくださりませんか?!」
フンスと鼻息あらげ、目をキラキラさせながらそう言ってくるクララ。
これが動物の猫とかならともかく僕の大事なエイミーだ、あげるわけがない。
「ダメですよ、エイミーは僕の子猫ちゃんですから」
ニッコリとしながらも、僕はそこそこ気迫をこめる。
当のエイミーはそんな僕たちに挟まれて、あわあわしながら可愛らしく困っていた。
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