第46話 獅子

「これは死にましたね!どうやら獣の術も、私の魔術には敵わなかったようで!ひひ、ひひ、アハハハハ!」


 アリアの高笑いが聞こえた。


「──それは、どうでしょうか?」


「ォォォォオオオオオ!!」


 狼の咆哮が炎を散らして、視界を晴らす。


 異形の狼と化した獣が、私をその背に乗せ、炎の中から威風堂々と躍り出る。


「な、なんでまだ……!貴女にはもう何の価値も理由も大義名分もないというのに!」


 ああ。そういうことか。


 アリアが私なら、多分、同じ事を思ってたんだろう。


「……貴女には、きっと認めてくれる人は居なかったんでしょうね。……どれだけ努力しても」


「──今、何て言いましたか?」


 アリアがカクリと首を傾けたまま、固まる。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「……貴女を認めるは誰一人として、いなかったのでしょうね。と言いました」


 多分、一番聞きたくない言葉の筈だ。


 注意を逸らすには、一番効く筈。


「……はっ!わかったような顔しないでください!たかだか目ん玉の片方と手足が無くなったくらいで──知った口聞いてんじゃねぇよ、おい、レオンハルトォ!てめえの出番だ、勘違いしたアバズレに道理ってやつを教えてやれ」


 右目を抑えながら、怒り狂ったようにまくし立てるアリア。


「レオンハルト……!?一体どこに彼が……」


「……そうか……10年も経つとわからないか……」


 玉座で一部始終を見ていた男性が立ち上がり、アリアの隣へ歩く。


「10……年……?もしかして貴方は……?」


 そんな、三ヶ月程度じゃ……!?


「おん?こりゃ、傑作じゃねえか。私の見た目が変わってねぇから気が付かなかったのか?冷静に考えろよ、三ヶ月で臣民を完全に誘導できるわきゃあ、ねーだろ。お前が牢獄でのんびりしてる間、私は戦い続けてたんだよぉ!救世の為になぁ!」


「戯言を……!」


「戯言かどうかは、現皇帝サマに聞いた方がいいんじゃねぇのか?あ?」


「レオンハルト!なぜ貴方は!」


「……全ては人が生き残る為に必要な事だった。約束の地が到来した時に、人間が生き残る為の……には」


 疲れ切った顔で狂人のような事を言う。


「……一体何を言ってるのか、まるでわかりません……」


「はっ!やっぱ理解してねぇか。そうだよなぁ!生きてたら、今何が起きてるかくらいすぐにわかるだろうよぉ!」


 別人のように乱暴な口調で喋るアリア。


「生きてたら……?」


「今、生きてる人間は、どいつもこいつも変異して、くたばるか、"獣"になるかのどっちかだ!それに比べて私達はどうだぁ?10年も立ってんのに見た目は変わらねえ、死にもしねぇ、変異のカケラも起きねぇ!"生きて"んじゃねぇ、"動いてるだけ"なんだよ!どうだよ!?絶望しろよ!苦しめよ!じゃねぇと私のやった事が報われねぇだろうが!」


「そんな言葉は私を惑わす事は出来ません!」


「けっ、そーですか、そうですか。死にたいんですね、そうですね殺します、今殺します、すぐに殺します。いや、死んでください、気持ち悪いです、さあ、レオン君?《私達の力を見せてあげましょう?》」


「……すまない……クララ……」


 苦しそうな顔で謝るレオンハルト。


「……今更何を言うのですか?見捨てたのは貴方でしょう……全部知った上で」


「──っ、《──その者は尋ね求めず。その思いは無神の一言に尽きる》」


「その詠唱は……!」


 狼は驚いたように声を上げる。


 レオンハルトの身体は異形と化していく。


 その顔は獅子のモノと変わり、燃えるような黄金のたてがみ、上顎から突き出た巨大な牙、そして王冠のような捻れた七本の角。


 赤竜のような紅蓮の鱗と、紫の甲殻を纏った四本の手足。


「ガアアアアァァァァァ!!」


 紅と金の巨大な獅子は咆哮する。


「くっ」


 凄まじい魔力が渦巻き、風もないのに、圧力で飛ばされそうになる。


「我が、真の獣の王たる《傲慢》の呪いを見よ」


 獅子は煮え滾るような炎をその瞳に灯し、睨む。

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