第百八十五節 双死双生の双子星

「……ッ!」

「はあっ!」


 ソウジュの傘と『女王』の触腕が勢いよく衝突する。


 接点から広がる轟音によって空気が激しく揺れ、遅れて吹き荒ぶ風によって地面に転がっていた石礫は細やかな弾幕と化す。


 次いで二の太刀、三の太刀。

 幾度か互いは刃を交え、埒が明かぬと距離を取る。


 そうして、小手調べにしては苛烈な差し合いが一先ずの区切りを置いた。


 ソウジュは振り向くと、三人に向かって言う。


「スピカ、アス、ルティ。皆は周りのセルリアンをお願い」


 彼は今の短いを通して、『女王』の実力に大まかな当たりを付けることが出来た。


 クオと『共鳴』し、鏡と『同調』して、間違いなく調子は最高潮を迎えているソウジュでさえも圧倒できず、それどころか油断すれば軽々と強烈な一撃を貰ってしまいそうなレベルの力。


 この戦いにアスたちは向かない。


 それよりも、未だ山の下方に蔓延っている有象無象のセルリアンに対して、スピカの力を使って対処してもらう方が良いだろう。


 そういう判断だったが、やはりアスにも不安が残る。

 

「二人だけでよいのか?」

「クオたちに任せてよ、強いからっ!」


 二人は力強く頷いた。


「……そう言うのなら、お主たちに託すとしようかの」

「ソウジュくん、がんばってね…!」

「~~★」


 三人は去り、双子が残される。

 仁王立ちの『女王』は何も言わずに待っている。

 ソウジュとさえ戦えれば、あとは何でもいいようだ。


 また息を整えて傘を握る。


「準備は良いよね、クオ?」

「とーぜん!」

「よしっ、速戦即決でいくよ!」


 まるで道端のセルリアンを相手取る時のような、軽快な掛け声。


 傍目から見ればそれはとても愉快な掛け合いだったが、こと『女王』にとって自らの脅威を顧みないそんな態度はさぞ気に障るものだったらしい。


 顔を歪め、彼女は叫んだ。


「舐めるな―――!」


 途端、青空を忘れさせるような瘴気が周囲を覆う。

 背中から巨大な触腕が二本、新しい腕を与えるように現れた。


 そんな彼女が放つ威圧感は凄まじい。


(だけど、僕たちだって以前とは違う…!)


 これ以上なく強固に、そして親密に繋がっているのだから。

 果たして何を恐れることがあろうか。


 やってみせようじゃないか。


 彼は傘を仕舞い、一張の弓を取り出す。

 そしてこの旅で最初に出遭った十二宮のフレンズの姿を思い出し、唱える。


「『Sagittariusいて』―――撃ち抜くよ!」


 ルカの加護をその身に感じ、放つ。


 最初の矢は女王の本体目掛けて飛翔し、すんでの所で触腕に握り潰され消える。


 しかしソウジュは見逃さなかった。

 その矢に対処する『女王』の顔が仄かに苦々しかったことを。


 そして攻勢は終わらない。


「クオも使っちゃうよぉ……えーいっ!」


 爛漫な掛け声と共に解き放たれた『Aquariusみずがめ』の輝き。


 激流が渦巻くようにクオの腕を包んで、彼女が投げ飛ばすような動きをすると『女王』めがけて放物線を描きながら飛んで行く。


 水色の二重螺旋が、『女王』の眼前に迫った。


「ふん」


 またも女王は冷静に、今度は触腕に頼ることなく水の襲撃に対処する。

 放出したセルリウムを瞬間的に固めて即席の防御壁としたのだ。


「……ちっ、防ぎきれなかったか」


 だが水の勢いは壁を破るほどに強く、粉々にした壁の破片を彼女の身体に突き刺しながら傍若無人に進んでいく。


 頻く渦巻き、止まることなし。



「―――確かに口先だけでは無いようだ。だが」



 ドン、と足踏み。

 地を踏み締めた身体に力が籠る。


 一対の触腕が緩急素早く動いたかと思えば、クオを空中へと跳ね上げた。


「ううっ!?」

「圧倒的で純粋な力を前に、貴様達に何が出来るッ!」


 宙で身体の制御が利かないクオを待つ触腕。

 届く距離になれば、一振りに地面へ打ち落とす算段なのだろう。


 だがソウジュがそうはさせない。


「教えてあげるよ……『Scorpioさそり』の毒は、巨人だって倒すんだっ!」


 彼は『女王』の背後に回って不意を突いた。

 傘の先にさそり座の輝きを込め、一突きでその勢い以上の劇毒を埋め込む。


 理外の毒は人智を超えた速度で『女王』の全身に回り、触腕にまで影響を及ぼして動きを大きく鈍らせる。


 一瞬で重力が増したような倦怠感に、呻き声が上がった。


「おのれ、小癪な真似ばかり…」

「クオ、こんなのでやられたりしないよね!」


 ソウジュは呼び掛ける。

 これ以上ない信頼を以て。


「えへへっ、もちろん!」


 自由落下を続けながら、クオは更なる自由を手にする。


「ロウエの力で、化かしてあげるっ!」


 次に顕現せしは『Taurusおうし』の輝き。

 あらゆる姿に自他を変身させる魔法のような力だ。


 だけど今日のクオはありのまま、いつものクオと同じでいたい。だから別の姿に変わるようなことはせず、ただ自分をした。


 拡大コピーのクオが空中で脚を振り回すと、脚は触腕にぶつかってそれらを無造作に弾き飛ばした。まるで慈悲のない大きさの暴力が、自由を超えた放縦を象徴して『女王』に襲い掛かる。


「くうっ…!」


 思い切りよくやり返した後は気分よく、クオは元々の大きさに戻った。


「成程、ああすればこうする。実に無秩序な力だ」

「どうかな、そろそろクオ達に降参する気になった?」

「……ハハッ、故もない」


 クオの誘いをにべもなく一蹴する。

 そもそも選択肢にも挙がらないというように。


 一時、地面に膝を突いていた彼女は立ち上がって、決意の程をまた口にする。


「私は『女王』だ。全てのフレンズ、全ての人間の輝きをこの手に収めて、永遠の輝きを実現しなければならない。そんな私が白旗を振り、貴様達に下ることなど、決してあってはならない」


 他ならぬ『女王』としての矜持を語る。


「だけど、君は『カシオペア』だ」

「……なんだと?」

「どんなに『女王』に憧れても、例え本物の『女王』を喰らったとしても。君の本質はカシオペア座の輝きから生まれた、星座のセルリアンだ」


 しかし。

 その執着ともいえる存在の源泉をソウジュは指摘した。



「―――女王じゃない」



 残酷なまでに、端的に。


「……黙れッ!」

「っ、『Libraてんびん』!」


 激昂した『女王』の乱暴な攻撃。

 咄嗟にエルの輝きを借り、周囲にを作り上げる。

 

 この物理法則さえ思い通りに書き換えられる特異な空間。

 しかし扱いに慣れないソウジュが展開していられるのはほんの十数秒に過ぎない。


 そんな短い時間の中で、彼の選択は既に決まっていた。


「『千切れろ』ッ!」


 これ迄、幾度となく世話になった言霊。

 スピカの輝きは鏡に込めていないが、やはり思い出してしまう。


 彼の叫びは良く響き、『女王』の巨大な触腕を何方も無残に切り離す。


 ほんの一瞬を借りて、彼は自分の言葉を確かに彼女へと聞かせた。

 それが届いたかは分からないが。


 腕を取られたことはやはり堪えたのか、口から苦し気な声が漏れる。


「うっ…ああ…っ!」

「よいしょっと、食べちゃうぞー!」


 だがモタモタはしていられない、後始末も必要だ。

 あの触腕のセルリウムは放置できない。

 他の目的に流用されかけない危険がある。


 だからクオは『Reoしし』の悪食を身に付けて、口を大きく開けて千切れた触腕を丸呑みにしてしまった。


 ごくん、と喉が鳴る。


「貴様ら……許さんぞ…!」

「別にいいよ、今まで君に許されたこともなかったし」


 憤怒の相を向けられてもソウジュの態度は冷たく、ただ淡々と戦いの続きを頭の中で組み立てている。


 クオの頑張りのおかげで、使える星座の選択肢こそ多岐に渡っているが、ソウジュはそれぞれが持つ輝きの強さを加味してか十二宮の力を優先して使っている。


 ただ残念なことに、強い力を続けて使うのは難しい。

 複製した輝きの原本は鏡に保存されているものの、再使用までには少しのクールタイムを必要とする。


 故に、このまま力押しによる短期決戦を狙うなら、二人が十二宮の星座を一通り使うまでの間が一つの区切りとなる。



 ―――残りは、四つ。



(他にまだ使ってない十二宮の輝きは……うん、『Capricornやぎ』の力は中々使う機会がなさそうだね)


 クオからアルシャトの話は聞いている。

 彼女の性格も、その能力の仔細も。

 使いようによっては面白い戦い方ができることもまた事実。


 しかし『女王』に対してこの手の小細工が有効に働くとは思いにくかったし、事前に示し合わせることなく綺麗にを決めるのは難しいだろう。


 まして、自分が受けるべき攻撃をクオに押し付けるなど以ての外。


(……ある意味これも、ってことかな)


 貸し与えた力までも”戦いたくない”と嘆くとは。

 ならばその通りにしてあげよう。


 やぎ座の力は一旦候補から除外し、残る三つの星座で戦っていくことを考える。


 その具体的な案が出る前に、クオがソウジュに攻勢を呼び掛けた。


「ソウジュ、そろそろ終わらせようよっ!」

「うん。そうしようか」


 此迄の戦い、手応えは十分にある。

 苦戦を強いられているなら決着を焦るのは悪手だが。


 幸いなことにソウジュとクオが、様々な力を駆使して大きく優位に立っていた。


 ならばやるべきだ。


 小さくコツコツ、ではなく。

 一気に大きく決着に踏み込む前進を。


「じゃあクオが先に行くよーっ!」


 そうして彼女が身に纏うは『Piscesうお』の光。

 刹那に無数の分身が生まれて敵影を包み込む。


 流石にレヴァティの数には及ばないが、『女王』の動きをしばし足止めするには十分な数だ。


 

 ―――その間に、ソウジュが終わりを準備する。



「シェラ、借りるよ」


 神妙に、『Ariesおひつじ』の力を借りる。


 身に輝きを宿した瞬間、不思議な暖かさが彼を包んだ。

 柔らかい毛で全身を抱き締められているような淡い温度と緩い圧迫感。


 シェラの遠慮がちな執着がその輝きの色を決めていた。


「……うん、やっぱりすごいや」


 その力を借りて彼はを見つける。

 地面から急に現れたようなは、正に彼が今必要としていたものだった。


 を握って心で感謝の念を唱えると、柔らかい温かみが霧散していく。


 これから行うことに、温もりはきっと必要が無いから。


「はぁ、はぁ……!」

「ソウジュ、今だよ!」

「うん、後は任せて」


 僅かな時間を掛けてクオの拘束から逃れた『女王』。


 だが彼の準備は既に終わった。

 残るは、在るものをただ使うだけ。


「最後は君の力を借りることになったね、ナトラ」


 ソウジュもゴコクで、確かに彼女の力を目にした。

 どんなものでもに両断してしまう凄まじい力を。


 それを再び振るう。


 これで終わりにするために。



「―――『Cancerかに』の鋏、舐めないことだね」



 シェラの力で見つけた鋏。

 それを持ち、巨大化し。

 かつてナトラがやったように。


 ―――『女王』を刃の中心で捉えて、切る。


 クオの所為で疲労困憊になっていた彼女は、それを避けることが出来なかった。



「ぐ、あああああっ―――!?」



 生来の頑丈さ故か両断とまでは行かなかったものの、『女王』は確かなダメージを受けたようだった。力なく地面に膝を突き、倒れ伏しそうな身体を二本の腕で間一髪にして支え、もう戦えはしない。


 これで終わりと、ソウジュは思ったが。


「……クオ?」


 その袖を引っ張って、クオが言うのだ。


「ソウジュ、もう一回!」

「こ、攻撃を?」

「うんっ!」


 その理由はとても単純で、半ば能天気で。


「最後は、クオと一緒!」

「…わかったよ」


 ソウジュは微笑んで、それを受け入れるしかなかった。



「―――『Geminiふたご』」



 この呟きに大した意味はない。

 ただ自分と、世界に告げるためのもの。


 最後の一撃が、『誰』によるものなのか。


 ソウジュは傘を握って。

 クオは強く刀を握って。


「これで…」

「とどめっ!」


 奔る閃光。


 二色に輝く斬撃が、『女王』の最期を飾った。

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