何ていい日だ
そんな感じで土曜日の午後。
軽く芹菜と出かけることになった。
機嫌が良さげな芹菜はカジュアルな薄ピンク色のロンティーとひらひらとした軽そうな白のスカート。セミロングの黒髪は綺麗に整えられている。我が妹ながら可愛い。
家に居た母親からは「あらあら。芹菜、よかったわね」と笑顔でお見送り。
芹菜は頬を赤らめつつ、「行ってきます」と告げていた。
二人で駅近くのショッピングモールへ行き、女性服を少し見た後、ゲームセンターへ。
先日に続き太鼓ゲームの前へやってきた。
「これが意外にハマるんだよ」
「知ってるわよ。やったことあるし」
結果は妹にボロ負け。
マジかよ。何でお前らそんな強いの?
面白いんだけど、何故か上手く叩けない。
色々なゲームを適当に楽しんだ後、芹菜が「お兄、プリクラ撮りたい」とか言うので、若干恥ずかしかったが、仕方なく何かキラキラしたプリクラ機内に入った。
撮影途中、芹菜は俺の腕を掴み、ぴったりとくっついてきた。
「いや、近くない?」
「こうしないとちゃんと撮れないの」
ふむ。そういうものなのか。撮ったことがないからわからない。
写真が出来上がると、芹菜は嬉しそうに持っていた小さな鞄へ入れた。
「お兄、クレープ食べたい」
「へいへい」
ショッピングモールを出て、駅前のクレープ屋へ向かう。
途中、交差点のそばを通ると、歩道橋のところに見たことがあるような金髪ヤンキー男の姿を発見。中学の同級生でもあり、祐美の元彼でもある山田だ。
そのそばには、歩道橋を登ろうとしているお婆さん。
山田はお婆さんの荷物を持ってあげているようだ。大きな風呂敷包みを抱え、お婆さんの歩く速さに合わせ、一緒に階段を登っている。
どうやらこの前電話で要求した通り、老人にも親切にしているらしい。改心したのか、もしくは狂犬佐藤が怖いのかわからないが、まあ良しとしよう。
山田とお婆さんが無事に歩道橋を渡りきり、お婆さんに荷物を返すところを見届け、再びクレープ屋へ移動。
数分で到着。
俺は丸ごと一つ食べる気分ではなかったので、芹菜にだけ購入した。芹菜が選んだのはバナナと生クリームのクレープ。
近くのベンチに並んで腰掛け、芹菜はクレープを食べ始める。
「芹菜、一口くれ」
「は? あげないわよ」
「じゃあいいよ別に」
「や、やっぱりあげる……」
食べかけのクレープを差し出してくるので、ぱくっと一口食べた。美味しかった。
しばらくの間ゆっくりと過ごしていると、今度は少し離れたところに見慣れたような集団が目に入った。
チャラ男真人筆頭のイケメングループだ。祐美の姿も見える。そして、その集団の中には金髪ギャルの玲華の姿もあった。
多分どこかへ遊びに行っていたのだろう。
玲華もみんなと遊びに行ったのだとわかり、何となく少し嬉しい気持ちになった。
直後、一瞬だが、真人がこちらに視線を向けた。
俺に気付いたのかと思ったが、すぐに目を逸らされた。
そのまま集団は離れていき、すぐに見えなくなった。
「芹菜、もうちょい」
「うん……」
もう一口クレープを貰った。美味しかった。
そして芹菜が食べ終わった頃。
「おーい!」
何やら手を振りながら、小走りでこちらへ向かってくる男の姿。
あの茶髪外ハネはイケメンチャラ男の真人くんではないか。
先程の集団から抜けて、一人こちらに戻ってきたらしい。もしくは、すでに解散したのかもしれない。あいつ、やっぱり俺に気付いてたのか。
真人は目の前まで来ると、ピタッと止まった。
「もしかしてデート中?」
「そうですけど何か?」
芹菜が冷たい視線を向けて答える。
え、これってデートなの? ていうかお前何でそんなに敵意むき出しなの? もしかしてナンパと勘違いしてるのか?
「芹菜、こいつは俺のクラスメイトの真人だ」
「あ、そうなんだ」と芹菜の表情が戻る。
やっぱりナンパだと思ったんだろな。真人の見た目ってチャラそうだし。
「涼くん、彼女いたんだ」
「か、彼女……?」
頬を赤らめ、狼狽える芹菜。何照れてんの、お前。
「ちげーよ。こいつは俺の妹だ」
「あ、そうなの? へー! 可愛いじゃん」
「顔だけはな」
「殴るわよ!?」
「痛え! もう殴ってるだろが!」
殴ってから言うのやめて! 意味ないから!
「仲良さそうだな」
そう言いながら、真人は俺の左隣に腰を下ろす。あれ? 何かこいつの表情が少し暗い気がする。
「まあな。で、何か用? お前らみんなで遊んでたんじゃないの?」
俺が尋ねると、真人は「ぐすん」と僅かに涙を浮かべる。そして悲しげな表情で俺を見てきた。
「うわーん。涼くん、聞いてくれよ!」
突然大泣きしながらすがってくるチャラ男真人。
俺はさっと右隣の芹菜へとスペースを詰め、真人と距離を取る。
「うわっ、突然どうしたの? この人」
芹菜もドン引き。
真人はおいおいと涙を拭う。
通り掛かった幼稚園児の女の子とお母さんにも、「ママ、この人泣いてる」「しっ、見ちゃだめ」とか言われた。
まあ思い当たることはある。どうせ玲華のことだろう。
「芹菜、ちょっとあの店に入っていい?」
「うん。いいわよ」
「真人、行くぞ」
微妙に周囲からの視線を感じるので、近くのファーストフード店へ移動。
カウンターで適当に飲み物を注文し、空いていた窓際の席に座った。真人の向かいに俺と芹菜が並んだ。
「で、何? 玲華にフラれたとか?」
「……うん」
真人は俯いたまま悲しげに答えた。
マジかよ。やっぱりフラれたのか。っていうか告白しちゃったのか。
隣の芹菜は「マジで……」と、大体の事情を察したらしい。
「お前意外と行動が早いな。簡単に告白出来ないって言ってたのに」
「だって、何かそんな気分になっちゃったんだよ」
先日、玲華を遊びに誘おうと決めた真人は、いつものメンバーを誘った。ノリのいいイケメングループのメンバーたちはすぐに了承。今日、近くの遊園地へ遊びに行くことになったのだそうだ。
現在は夕方。早めに帰ってきたのは、玲華に門限があるからだろう。
「で、遊園地で遊んでたんだけど、超楽しくて、気分が盛り上がっちゃって」
「ふむふむ」
「気付いたらみんなの後ろの方を玲華と二人きりで歩く時間があって。隣を見たら玲華が超可愛くて」
「ふむ」
「玲華が誰かのものにならないうちに言った方がいいんじゃないかとか思って」
「それで告白したと」
「そう」
「「……」」
無言になる俺と芹菜。
いや、それ全然アイのりっぽくなくない? 別にこいつがいいならいいんだけど。
ていうか初対面の芹菜にも全部聞かれてるけどいいのかな。まあそれどころじゃないんだろな。とにかく話を聞いて欲しかったって感じだろう。
「まあ仕方ないんじゃない? お前が無理ならどうせみんな無理だ」
「そう、かもしれないけど、やっぱショックっていうか……」
その後、真人は「はあ……」と溜め息をつきまくり、「来週から学校でどうしよう」と頭を抱え、挙げ句の果てに外を見ながら「玲華……」と涙を零して呟く始末。
「「……」」
俺と芹菜は呆然とするしかなく、しばらくの間、言葉を失っていた。
「……ちょっとトイレ行ってくるわ」
俺はそう言って立ち上がり、芹菜と真人を残して店内の奥にあるトイレへと向かった。
トイレで用を済ませた後、洗面台で手を洗いながら考える。
玲華はなぜ真人のことをフったんだろう。あいつらは仲が良いし、真人も悪いやつじゃない。多分。あとイケメンだし。
でもぶっちゃけフラれそうな予感はした。
玲華に「お前告白されるけどいいの?」と尋ねたときに「さあね」とか言ってたあいつの雰囲気。
そもそも今まで告白してきた男たちの中にもいい男は居たはず。それを玲華は全て断っているらしいので、彼女は誰とも恋人になる気がないのだろう。
いつもにこにことみんなに愛想の良い玲華は、逆に言うと誰にも特別な感情を持たない。という風にも見える。
しかし、もしかすると厳しい家庭が原因なのではないか? という考えも頭に浮かぶ。
まあ何にしろ仕方がないよね。だって恋愛は個人の自由だし。残念、真人くん。
トイレを出て、元居た窓際の席へと向かう。しかし途中、その光景を見て思わず立ち止まった。
窓際の席に見えるのは、恍惚とした表情の真人。その視線は向かいに座る芹菜へと向けられている。
何やら雲行きが怪しい。
俺は恐る恐る近付く。
「諦めずに頑張るのは辛いでしょう。自分に見返りがなくても、ただ相手の幸せを願う選択肢もあるのですよ」
「芹菜さん……確かに、その通りです……」
頬を紅潮させ、瞳を潤ませ、両手を組んで拝むような体勢で芹菜を見つめるイケメンチャラ男の真人。
これはまさか。
「真人さん、あなたに罪はありません。何も悩む必要はないのです」
「……ありがとうございます。何ともったいないお言葉……」
この表情を見たことがある。
そう。芹菜の教室へ行ったときに、周りを取り囲んでいた信者たちの表情だ。
俺は唖然としながら芹菜の隣へ着席。
「お帰りなさい、お兄さん。いや、お兄様」
キラキラとした瞳と不自然な丁寧語の真人。
「あ、うん」
「お兄様だけでなく、芹菜さんにも出会えるとは、僕は何て運が良い。何て良い日だ」
お前今日フラれたのに? さっき泣いてたじゃん。
信者確定。マジかよ。早過ぎない?
恐るべし我が妹、芹菜。
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