誕生日の贈物
あれから二週間が過ぎた。二週間何をしていたのかと言うと、クロエやモイラと話したり、アドリーヌとクラリスに貴族令嬢としての振る舞いを聞いたり、マドレーヌの恋談義を右から左に聞き流したりしていた。後は茶会の参加や、ルシアンと勉強したりと、まあ色々だ。
ディートリヒにいちゃもんを付けられていたことは黙っている。うっかり話すと国際問題にまで発展する可能性がある。戦争は遠慮願いたい。
――買った魔道具のこととか、護衛を付けたこととか、色々なことを話し合おうとルシアンを呼び出したのはいいが、どこで話すべきか悩む。
一番よいのは王族専用の部屋だということはわかっている。あそこなら人目も耳もない。
だけどふたりっきりになりませんか、とこちらから誘うのも少しためらう。ルシアンが距離を詰めてこようとしているのは気づいている。気づかない振りをしていたかったが、これ以上は誤魔化せない。
「……もう少しさりげなくできないのかしら」
そうすればこちらとしても騙されることができるのに。
最近は日記とかの口実もなく寄り添ってくるので、対応に困っている。下手なことを言えばからかわれるし、黙っていても距離は変わらない。完全に手詰まりだ。
「何が?」
「色々よ。……急に呼び出して悪かったわね」
「レティシア以上に大切な用事なんてないから構わないよ」
いや、そこは他にもあるだろう。王子なのだから、色々あるはずだ。
どこで話したものかと悩んでいたのだが、ルシアンはあっさりと王族専用の部屋を提案した。ルシアンに任せたらそうなるのはわかっていたが、もう少しこう、恥じらいとか何かないのか。
どうして素面で恥ずかしいことを言ったりふたりになろうと提案できるんだ。
「……それで話って?」
ルシアンのお茶を淹れる技術は日に日に上達している。ここに来るたびにルシアンに淹れてもらっているのだが、いつかは私が淹れたいところだ。
「……とりあえず、先にこれを渡しておくわ」
鞄に入れていた魔道具を取り出して机に置く、箱型のそれは一見しただけでは何かわからないだろう。ルシアンも不思議そうな顔で首をかしげている。
説明が確かなら、これはいわゆるカメラだ。目に映った情景を魔力を通して光石に伝え、紙に描き起こす。カメラと違うのは撮影者が絶対に必要というところ。
自撮りとかタイマーとかはできないが、十分な代物だろう。
「こうやって使うものよ」
ルシアンに向けてとりあえず一枚撮影すると、箱の下部から紙が一枚せり出してきた。実物は見たことがないが、多分ポラロイドカメラが近いのかもしれない。でもあれは少し時間を置かないと浮かび上がらなかった気もする。
「……ああ、なるほど……これが」
「あら、知ってるの?」
「兄上から送られてくる手紙に少しだけ。……絵姿をすぐに書き起こせる魔道具があると書かれていたよ」
「ならきっとこれのことね。王太子殿下は新しいものが好きなのね」
「古いものも好きだよ。兄上は興味が沸くものならなんでも取り入れようとする人だから」
私は王太子とあまり話したことがない。そのため詳しい人柄については知らないのだが、ルシアンとの仲が良好そうなのは喜ばしいことだ。
駆け落ちのかの字もなくなっているし、玉座に座るのは王太子になるだろう。
「これ、あげるわ」
「……どうして?」
訝しげな表情を浮かべて魔道具を見下ろすルシアンを直視できず、少しだけ視線を逸らす。
言わないといけないということはわかっているが、いざ言おうと思うとやはり気恥ずかしさが勝る。完全に自業自得なのだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「……誕生日の贈り物よ。その、前のは色々誤解があったから……改めて渡そうと思って」
「ああ、なるほど。でも、わざわざ用意しなくてもよかったんだよ。もらった万年筆も大切に使っているし」
「…………そうじゃなくて、前のは、もらったからそのお返しみたいな意味合いが強くて……だから、王妃様の色のものを選んで、ええと……だから、その」
深く深呼吸をして、言葉を慎重に選ぶ。不用意なことを言えば、色々まずいことになる。
私が恥ずかしさで悶死したり、逃げ出したり、引きこもったりと散々な結果になってしまう。
「……これは、だから、本来の意味での贈り物よ」
徹底的にルシアンを見ないようにと努めているのだが、気配や空気の動きだけでルシアンが身じろいだのがわかった。リリアの冒険者自体に培った技術のせいだろう。ものすごくいらない。
「それって……」
「十歳のあの日から、ルシアンが何をしていたのかを聞いたわ」
他国を回ってるらしい、ぐらいにしか知らなかった。王族だからそういうこともあるのだろうと考えていたし、詳しいことをわざわざ聞こうとも思っていなかった。
だけど、他国を回っていた理由が私の考えているものなら、黙っていることはできない。
「……あなたが守りたかったのは王位継承権? それとも、その、私の婚約者としての立場?」
これで王位継承権だと言われたり言葉を濁されたら、自意識過剰もいいところだ。私はその場で逃げ出す。逃げる準備はできている。
「私の弟を見ただろう?」
「え、ええ」
「金の髪に紫の瞳――兄上が退いたとしても、私は弟を王にしようと思うだろうね」
「……そう」
「王子妃ですら尻込みしているのに、王妃だなんて大役をレティシアにさせようとしたら……その場で逃げるだろう?」
「……そうでしょうね」
ものすごく情けない人みたいだ。実際に情けないのだけど。
「玉座に思い入れはないよ」
「ええ」
「だけど私が王家の一員ではなくなったら、レティシアが婚約者である必要もなくなる」
「……まあ、そうね」
「それでも私と一緒にいてくれるなら嬉しかったけど……あの頃のレティシアは私に興味を示さなかったからね。確実に婚約者でいるためには、私は王家の一員でいないといけなかった」
「……それは、ごめんなさい」
実際に婚約者を辞めてもいいと言われていたら、あのときの私ならどうしていただろう。下手な相手には嫁ぎたくないから、王子様がヒロインと結ばれるまでは婚約を維持していたかもしれない。
あるいは、予定と違うからとすぐに解消していたかもしれない。
「……それで、どうしてこんな話を?」
「少し、思ったのよ。ルシアンは何年も頑張ってくれていた……なら、私も同じぐらい、少なくとも二年以上は頑張らないといけないんじゃないかって」
敵意のある国を回るのは大変だったはずだ。私ならひとつ目、どころか行く前から逃げ出してしまうかもしれない。
卒業まで頑張りました、でも無理でした、で終わらせることはできない。元々できなかったかもしれないけど、腹を括るだけの決定打が私にはなかった。
「……だから、決めたわ。私、あなたの婚約者を続けるわ……卒業した後も」
「それは、いつまで?」
「そうね。二十までかしら」
「後三年半か……それでも駄目だったら?」
遠回しすぎた。
「そうじゃなくて、その、成人したら、婚約者ではなくなるでしょう」
普段は察しがよいくせに、どうしてこういうときだけ悪くなるんだ。
私の日頃の行いのせいか。間違いなくそれだ。
「……レティシア、それは……妻になると、そういうこと?」
「え、ええ、そうよ。それ以外に何があるのよ。贈り物だって渡したんだから、それしかないじゃない」
「レティシアのことだから、またおかしな方向に考えているかもしれないからね」
逃げ出したい。今すぐ部屋に駆け込んで寝台の上で転がりたい。
でも駄目だ。後ひとつ、ルシアンに言わないといけないことがある。
「……私が至らない妻だったら、そのときは第二夫人を娶ってちょうだい。私以外を隣に置かないでほしいなんて我儘は、もう言わないわ」
息を呑む音が聞こえる。
「レティシア」
強張った声に振り向きそうになるのを必死に堪える。
息を深く吸って、吐いて、平静を保たせて、逃げないように自分に言い聞かせる。
こればかりは、譲るわけにはいかない。
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