【十中八九戦争のことだろうけど】
学園に向かう馬車の中で、私は手の中にある紙片を眺めていた。
これは今朝サミュエルから貰ったものだ。サミュエルはずっと教皇と共に近くの村や街を回っていたそうで、帰ってきたときに私が眠りの呪いを受けたという話を聞き急いで駆けつけたらしい。
「お、お体は……その、もう、大丈夫、ですか」
そう言って私を心配するサミュエルのほうが死にそうな顔をしていた。
そしてそのときに、教会に伝わる呪文を教えてもらった。どうしようもなくなったときに唱えるようにと、聖女様が残した呪文らしい。治癒魔法は門外不出なのにこれはいいのだろうか。
「……それは、教会に、というよりも……家族に、その、残されたものなので……レティシア様も、知っているほうがいいと……」
本当は持ち出してはいけないものなのかもしれない。たどたどしく喋るサミュエルの声がいつも以上に小さかった。
普段は口に出してもいけないそうで、呪文を書かれた紙を受け取り、そこにかかれた呪文にしてはあまりにも短すぎる文字に目を通した。
一度読めばすぐに覚えられそうなほど短い文字をいまだに持ったままにしているのは、サミュエルの心遣いを覚えたからもういいやと捨てる気にはなれなかったらだ
かといって、どこかに置いて誰かの目にとまるのも怖い――つまり、どう扱えばいいのか決めかねている。
「やっぱり、捨てたほうがいいかなぁ」
「何を?」
私の独り言を拾ったのは馬車に同席しているリューゲだ。
「サミュエルからもらった呪文よ。無理に持ち出したみたいだし、他の人に見られる前に捨てたほうがいいかと思って」
「ああ、あれね。なんて書いてあるの?」
「教えるわけないでしょう」
家族にしか伝わっていないものをリューゲに教える気はない。
「まあ、さっさと捨てるほうがいいんじゃないかな。いつまでも持っているわけにはいかないでしょ」
「それもそうよね」
名残惜しいが、背に腹は代えられない。私は紙を細切れにし、馬車の外に捨てた。これならば誰かに見られることもないだろうし、拾われてもすべて集めることはできないだろう。
考えないといけないことはもうひとつある。
空腹や王子様や療養などでいっぱいいっぱいだった私は、つい昨日まで夢のことを忘れていた。
思い出したのも夢に女神様が出てきて『お願いですから、どうか忘れないで』と泣きそうな声で訴えてきたからだ。一瞬だけの夢だったのに、とても印象に残っている。
だが、聖女様が聖女になったいきさつを見せられただけで、何をどうすればいいのかはあやふやだ。お願いするのなら聖女様についてではなく、何が起きてどう対処すればいいのかを見せてほしかった。
あれでは聖女様が人類洗脳計画を画策する、物語に出てくる悪役のような人物だったということしかわからない。
「ねぇ、リューゲ。女神様に見せられた夢についてなんだけど――」
困ったときのおばあちゃんの知恵袋、ではないが長生きしている魔族の知恵に頼ることにしよう。
リューゲの犯罪歴については伏せて、聖女様が勇者と出会ったことや、聖女を目指したこと、それから女神様のお願いについてを話した。
「女神様は私にどうしてほしいのかしら」
「誰かの血を継ぐ人を助けろって言われたんだよね? キミにわざわざお願いするってことは、キミと面識のある人物か、これから知り合う人のことだろうから――女神が危惧するような危険が迫るとして、可能性が高いのは彼女が言っていた戦争かな。王都が壊滅状態になるなら、その被害は甚大だろうし……君が知り合うような相手なんて王都ぐらいにしかいないしね」
真剣に聞いていたのに最後の最後で友人が少ないことを馬鹿にされた。
「そうなると、戦争を止めろってことかしら?」
「でも、彼女が戦争を止めるために動いている。それでもキミにお願いしていることを考えると、彼女だけでは止められないのかもしれないし……もっと別の要因があるのかもしれない。情報が少なすぎて絞りこめないよ」
それもそうだ。私だって何がなんやらという状態なのに、又聞きしかしていないリューゲにわかるはずがない。
まあそれでも、戦争という可能性は浮上した。
「それで、キミはどうするの?」
「このまま放っておいたら毎晩泣きながら現れそうだから、お願いを聞くつもりよ。そうでなくても、戦争は嫌だもの」
戦争ですべてがなくなってしまっては、悪役を目指している意味がなくなる。私のためにも、ヒロインに協力しよう。
戦争が理由ではなかったら――それはそのとき考える。
「休みの間に何があったかご存じですか?」
寮について早々ヒロインが現れた。
なんでも今朝方、王太子とお姫様が学園に一緒に来たらしい。早朝の人の少ない時間だったけど、何故か昨日から学園都市に舞い戻っていたヒロインは偶然馬車から一緒に降りるふたりを目撃した。
そして私が来るまで悶々とした気分で過ごしていたらしい。
「いえ、何も知らないわ。王女様がどちらにお住まいなのかもわからなかったもの」
「その話はラストから聞いたのですが……ご迷惑をおかけしました」
「え、いえ、迷惑なんてかかってないわ」
深く頭を下げるヒロインにうろたえる。ヒロインを平伏させるのは悪役の役目だが、これは何か違う気がする。
「あなたに対してもそうですが、殿下にも申し訳ないことをしました……。あんなことがあったから、まさか殿下本人に聞くとは思わず……知っていたら、あのようなお願いなどしなかったのに……」
ヒロインがよりいっそう俯いてしまった。あれは私が軽率だっただけで、ヒロインに落ち度があるわけではない。
いや、それよりも――
「――どうしてそれを知ってるの?」
「ラストは世界中の声を拾える魔族です。普段は聞き流しているそうですが、私とのことがあったからあなたの周囲には気を配っていたようで……何があったのかを聞きました」
プライバシーの侵害が起きていた。
発情期の化け猫に周辺情報を握られているとか、恐怖以外のなにものでもない。
「ああ、ご安心ください。盗み聞きはよくないと叱っておきました。それに学園都市には障壁が張られているので、ここにいる間は声を聞けないそうです」
十分不安だが、魔族に文句をつけたところでどうしようもないということは理解している。
悪用しないのであれば、気にしないことにしよう。
「えーと、それで話を戻すけど、王太子殿下と王女様が一緒にいたのよね。仲睦まじい様子だったのかしら」
「恋人、という風ではありませんでしたが、確証はありません」
ヒロインが言うには、ふたりはこれまで浮いた話のひとつもなかったようだ。
そのため恋人という間柄の相手にどう接するのかという情報が欠けているらしい。だから、友人止まりなのか、友人以上恋人未満なのか、それともすでに恋人なのか――その判断をつけられずにいる。
「あのふたりが恋仲になるのは別にかまわなかったのですが、見ていないところで場が動いたことを考えると、駆け落ちしないといけないような問題も私が見ていないところで起きるのでは……そう思ってしまうのですよ」
「でも、これからは見張っていられるでしょう? 来年までには駆け落ちするのだから、何かあるとしたら学園でだと思うわよ」
「……命の月と休みの間は見張れません」
命の月は私たちは合宿で学園から出て、合宿が終わり次第休みとなるので私たちは家に戻り、三年生は学園に残りお別れ会を開く。
「だからもう、悠長なことは言っていられません」
見ていないところで何かが起きて手遅れになる前に根本から断つ――ヒロインはそう言って、ふたりの恋路を邪魔する決意をした。
方法は簡単だ。私が王子様のことを相談する振りをして王太子と接触し、お姫様と触れ合える時間を減らす。
私の負担が大きいので無理そうなら別の案を考えると言われたが、私はその案に乗ることにした。王子様とヒロインの仲を王太子に相談すれば、ヒロインへの嫌がらせの説得力も増しそうだ。
ヒロインはその間王太子だけでなくお姫様の周囲も調べて、障害となりそうなものを調べる。つまりストーカー対象を婦に増やすらしい。
合間を縫ってヒロインと王子様の間にも割りこまないといけないし、後期は忙しい日々になりそうだ。
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