【自画自賛? いや、自己愛か】

 ショックはまったくと言っていいほど受けていない。なにせリューゲは一作目に出てくる残酷な魔族と同じ種族で、ハートフルなゲームの登場人物だ。頭から信用するほうがどうかと思う。

 これからは右から左に聞き流せばいいだけで、実害はない。

 

「シチューは再現できそうなのがそれぐらいしかなかったから教えただけです。料理担当が朝昼晩毎日シチューを作ったので、もう見たくもありません」

「それは、なんというか……災難だったわね」


 私も毎食お菓子は嫌だ。お肉も食べたいし、果物も食べたい。苦い野菜は嫌いだけど、少しだけなら許してもいい。バランスは大切だ。


「シチューの話はもういいわ。それよりも、あなたは千歳を超えているのかしら」


 それなら歴史について詳しいはずだ。私が疎いわけではなく、比べる相手が間違っていたということになる。千歳差もある相手と雑学勝負をしても勝てるはずがない。


「いえ、勇者だった私は死んでいます。そのことであなたに話があって来たのですが……まさかこいつがいるとは」


 忌々しそうにリューゲを睨みつけるヒロイン。私の期待は打ち砕かれた。

 窓から飛び出そうとしていたリューゲは、今では素知らぬ顔でソファに座っている。観念したのだろう。


「ボクだってキミが彼女に会いに来るとは思わなかったよ」

「お前がいると知っていたら私だって来なかった――いや、来たか。首を落としに」


 私の部屋を猟奇殺人の現場にしないでほしい。


「あなたたち二人の諍いはこの際置いておいてちょうだい。それよりも、千年前のことで私に会いに来たというのはどういうことかしら」

「いえ、私が話そうと思ったのは千年前についてではなく、前世の記憶についてです」


 むぐっと言葉に詰まる。聞きたくないなぁと思っても、ヒロインは勝手に話すのだろう。どいつもこいつもそうだった。私は平和にヒロインに嫌がらせをして婚約破棄したいだけなのに。


「私は勇者の記憶の他にも、別の世界で生きていた記憶があります。あなたも別の世界の記憶がありますよね」

「女神様がいらっしゃるから勇者の不思議には頷けても、別の世界だなんて荒唐無稽な話を私が信じると思ってるの」


 ここは誤魔化すに限る。それにしても、ヒロインに別の世界の記憶があるということは、お辞儀を他の人に聞いたというのは嘘だったということか。信じていたのにひどい話だ。


「コスモスはこの世界にはありませんよ」


 私は目を瞬かせ隣に座るリューゲを見る。リューゲは困ったように笑って肩をすくめ――


「植物図鑑とか読んでたのに気づかなかったの?」


 普通に馬鹿にされた。

 コスモスは、本物をこの世界で見てみたかったから咄嗟に出てきたものだ。図鑑だってすべての植物が載っているわけではないはず。ならば世界の片隅に生息している可能性に賭けてみただけだ。

 だけど、賭けに負けた。私のちょっとした希望は泡になって消えた。


「それにあなたの――いえ、レティシア・シルヴェストルの好きな花はリリアという名前の、野に咲く白い花です」


 そんな設定まであったのか。ハッピーエンドルートでは出てこなかったのに。ということはこの世界にある花の名前を出していても気づかれただろう。リューゲに馬鹿にされるいわれはないということか。

 勝ち誇ったように胸を張ると余計馬鹿な子を見る目で見られた。


「魔法学しか共通点のない私にあなたは目をつけた。それはレティシア・シルヴェストルの性格を考えたらありえないことです」

「あら、目の前を平民がうろちょろしていたら気になるのもしかたのないことでしょう」


 気づかれているとしても素直に頷く私ではない。余計なことに首を突っ込みたくないから逃げ回る。八方ふさがりになってようやく諦めるのが私だ。

 


「レティシア・シルヴェストルは貴族以外がこの学園にいても気にしません。だって、それがこの学園の理念なのですから」

「学園の理念がどうでも、実情は違うわ。これまで学園に平民が通ったことはないもの」


 かみ合わない会話を続ける。呆れられようと気にしない。私は逃げられるところまで逃げるつもりだ。

 このままでは話が平行線だと悟ったのか、ヒロインは一度小さく溜息をつくと居住まいを正し、頭を下げた。


「私はこの国に滅んでほしくはありません。だからどうか、協力してください」



 話が一気に壮大になった。



「え、と、どういうことかしら? 滅ぶって?」

「間違いなく起きる、とは言い切れませんが高い確率でこれから三年――私たちが学園にいる間に戦争が起きます。そして運が悪いと、王都が壊滅状態に陥り王族は皆死にます。初代王の血を引く者がいなくなれば、この国は終わりです」


 おかしい。余計なことに首を突っ込みたくないのに、余計なことがあっちからやってきた、しかも私がまったく知らない話だ。ハッピーエンドルートでは王子様の暗殺未遂とかあったけど、戦争だとかの物騒な話はなかった。

 バッドエンド、あるいは隠しキャラサミュエルのルートだろうか。血生臭いルートがあっても不思議ではない。いや、むしろあってしかるべきだ。なにせ「やっぱり結局ハートフル」と評されていたのだから。


「信じられない話かとは思います。それでもどうか信じてください。私一人では対処できないかも、しれません」

「いや、そんなことを突然言われても……」


 戦争は起きてほしくない。でも私にできることなんてたかが知れている。戦争の仲裁なんて大それたことは、私ではなく王子様とかにお願いするべきだ。

 それなのにどうして私にこんな話をする。同郷のよしみか、あるいはもっと別の理由があるのか。いくら考えても答えは出ない。

 国レベルの悪役なんて望んでいない。いや、そもそも戦争の阻止なんて悪役ではなく英雄のすることだ。英雄なんてなりたくないし、ひきこもりたい。だけど、戦争は嫌だ。

 ぐるぐるぐるぐると色んな考えが頭の中を巡って、泣きそうだ。


 頭が突然重くなる。揺らぎかけた瞳を上に向けると、リューゲが私の頭に手を置いていた。


「あのさ、戦争だなんだって言ってるけど、今のキミは勇者じゃないんだよ。それに彼女だって勇者じゃない。ただの人間に何ができるっていうのさ」

「簡単なことだからただの人間でも問題ない」

「ならキミ一人でやればいいんじゃないの?」

「……私では近づけない人が相手だから、彼女にお願いしてる」


 ぽんぽんと頭を何度か叩かれて、杵を打ち付けられる餅の気分だ。あそこまで強い力ではないけど。


「私はただ、フレデリク殿下の駆け落ちを阻止してほしいだけだ」


 恋路を邪魔するのは、悪役っぽい。


 私は快諾した。

 





 王太子とお姫様が相手では不敬罪になるのではと気がついたのは、眠りに落ちる直前だった。

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