希望
反骨精神の強いクラリスのことだ。許されなくても構わないと敵対心を抱いてくれるはず。期待と希望を胸に秘めて、クラリスの言葉を待つ。
「……そうですわね。言葉だけで許されようなどと、わたくしが馬鹿でしたわ。許しを得るに相応しい働きをしてこそ、重みが出ますのに」
だが私の淡い期待は簡単に砕かれる。私が悪役を目指してから、もう何度期待して裏切られてきただろうか。悪役を目指す前にも、何度も裏切られているというのに。スナック菓子を食べたくておねだりしたのに全然別物が出てきたときには、落胆を通り越して地獄の窯を覗きこんだ気分になったものだ。
「あら、私はあなたに何も期待してないわよ。それなのに許しを得られる働きができるとでも思ってるの?」
嘘だ。期待している。私の打倒クラリスのために、聳え立つ障害となってくれることを望んでいる。
「その意識を変えさせてこそ、ではございませんか」
駄目だ。もはや何も言っても無駄だ。
ここは一度冷却期間を置いて、頭を冷やしてもらおう。
何やら決心したような、力強い瞳をしているクラリスを横目に私は寝台から降りた。とりあえず帰ろう。帰ってしっかり寝て、それから考えよう。
「どうされましたの?」
「そろそろ帰ろうと思ったのよ。長居しすぎたわ」
「それでしたら、馬の手配をいたしますのでお待ちください」
「村の外に人を待たせているからいらないわ」
あの地震の後で満足に動ける馬がいるとは思えない。おそらく王子様か、あるいは王子様に同行しているであろう騎士団の人から借りることになるのだろう。
そうすると、私がさっさと帰ろうとしていることが王子様に気づかれる。安静にしろとうるさかったから、私が帰ると知ったら押しかけてくるに決まっている。
「……人を、待たせて?」
クラリスは激しく何度も瞬きを繰り返した。
言いたいことはわかる。正確な時間はわからないが、だいぶ待たせてしまった。しかもひと休みできる村の中ではなく、村の外に。気を失っていたからしかたないとはいえ、非人道的にもほどがある。リューゲが怒っていないことを願うばかりだ。
「だからもう行くわね」
そして私はクラリスを一瞥することなく家もどきを出た。
足早に村を駆け、途中騎士らしい人を見かけたら進路を変え、誰にも見咎められることなく村を抜けた。
村の近くは明るいが、少し離れたら月明かりしか残らない。魔力の使いすぎで倒れたから、あまり魔法を使いたくない。かといって、この暗闇の中リューゲを探し出すのも至難の業だ。
「……帰ってないといいけど」
それどころか待ちくたびれて帰ってしまった可能性すらある。そうすると、途方に暮れるしかない。リューゲが見つからず、のこのこと村に戻ったら、クラリスから可哀相な子どもを見る目で見られそうだ。
「それだけは絶対に嫌」
なんとしても、リューゲを見つけ出さないといけない。
「リューゲ、リューゲ」
とりあえず名前を呼びながら歩くことにした。村がまだ近いのであまり大きな声は出せないが、無言で探すよりは気づいてくれそうだ。
本当に、どこで暇を潰しているのだろうか。このあたりに詳しくないから、近くに何があるのかわからない。心当たりも何もない中でただひたすら歩き続けるというのは、中々精神にくる。
「……リューゲ―」
村の明かりは遠ざかり、月明かりしか頼りにならない。
「……ライ――」
「遅いよ」
すぐ真後ろから声をかけられ、大袈裟なほど体が跳ねる。
「そ、それは悪かったわね」
心臓に悪すぎる。そんな近くにいるのなら、もっと早く声をかけてほしい。
「で、もう気はすんだ?」
「え、えぇ。手伝うこともあまりなかったし、もう大丈夫よ」
気絶していたのでまったく手伝っていない。どう甘めに見積もっても、手伝った時間よりも気絶した時間の方が長い。王子様と会ったり、クラリスの昔話を聞いたりと、もはやなんのために村に行ったのかわからなくなるほどだ。
「そう。じゃあ帰るよ」
私の返事を待つことなく、リューゲは転移魔法を発動させた。
私の周りには人の話を聞かない人ばかりだ。もう少し耳を傾けてくれても罰は当たらないと思う。
結論からいうと、私の帰宅は遅すぎた。
皆が帰ってくるまでには間に合ったが、夕食に間に合わなかったせいで上から下への大騒ぎになっていた。
帰宅して報告を聞いた両親は怒り心頭。私は大目玉を食らった。
少し商店通りに行っていただけと主張したが、黙って外出したことと、帰りが遅すぎると怒られた。
お兄様には私が悪いと呆れられ、お母様は深い溜息を零し、お父様は顔を真っ赤にして、血管を破裂させそうな剣幕だった。
それでも誠心誠意謝ることで、次からは誰かに言うようにということで一件落着した――かにみえた。
後日、クラリスが律儀にも感謝の品を持ってきたせいで私の嘘は呆気なく露見した。
そして私は、入学の日まで外出禁止を言い渡された。
「どう考えても君が悪いよ」
カップを机の上において、苦笑を浮かべる王子様。
視察を終え王都に帰還した王子様は、早々に我が家に遊びに来た。数年振りに来たとは思えない気さくさで。書庫から戻ったらいるから、どこか異次元にでも飛びこんだかと驚いたほどだ。
「学園を卒業したらあまり出かけられませんのに……」
優雅にお茶を飲む王子様とは対照的に私は机に突っ伏している。私のカップはリューゲが気を利かせて少し離れた場所に置いてくれた。
「そ、れは……まあ、そうだね。でもほら、落ちついたら出かける機会も増えると思うし……あまり気軽に、とは行かないかもしれないけど」
「……王都は、難しいと思いますわ」
王子様に婚約破棄されて引きこもり人生を歩むので王都は歩けない。衆目にさらされながら堂々と歩けるほど図太くない。そもそも、小心者だから王妃の座から逃げようとしているぐらいだ。
根っからの小心者が貴族ばかりの貴族街を歩けると思わないでほしい。
「……ろくでもないこと考えないほうがいいよ」
「私はいつだって真剣ですのよ」
苦々しい表情で溜息を零す王子様に、私はこれでもかと真剣な眼差しを向ける。
何故かまた溜息をつかれた。
「学園都市も珍しいお店とか多いみたいだし、王都にこだわらなくてもいいんじゃないかな」
「……そう、ですわね。親の目もなくなりますし、これでもかってぐらい羽目を外してやりますわ」
「ほどほどにね」
悪役をしながら、学園都市を満喫する。中々忙しいが目標は高く持ってこそ。
二足のわらじを完璧に履きこなしてさしあげよう。首を洗って待っているがいい、まだ見ぬヒロインと、学園都市。
「……またろくでもないこと考えてる」
肩を落とした王子様の姿は、明るい未来を夢見て希望の光を灯している私の視界には映らなかった。
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