友達

 その後、用事をすませたお兄様がサミュエルを迎えにきた。

 どうやらしばらくこの屋敷に滞在するらしく、お兄様はお部屋の用意とかなんか色々していたらしい。

 しばらくいるということは、私がサミュエルと仲よくなる機会はまだまだ転がっているということだ。


「嬉しそうだね?」


 ふたりだけになった部屋の中でリューゲが食器を片づけている。


「あら、そう見えたかしら」

「ニヤニヤ笑ってるのにそう見えないほうがおかしいよ」


 どうやら口元が緩くなっていたようだ。


 考えてもみてほしい。

 悪い魔女になると決意したのに、私がやったことは王子様の婚約者になったぐらいだ。今後の予定も精々学園に入った後に嫌がらせすることしかなかった。

 それが思わぬところでやることができた。しかも悪役っぽい。そりゃあ、嬉しくもなる。


「あれは貴族じゃないからいいけど、人前で突っ伏すなんて真似もうしないでよ」

「その、調子が狂ったというか……私の周りにいる子ってしっかりしている子ばかりだったから……」


 王子様はちょっとやんちゃだけど比較的落ちついているし、騎士様は堅物だし、女騎士様はとんでもダンスだし、焼き菓子ちゃんは崇拝してくるし、クラリスは悪役っぽいし、アドリーヌは大人しいけどしっかりしてるしで子どもらしい子どもは私の周りにいない。

 だから人見知りでおどおどしているサミュエルは新鮮だった。


「キミよりはしっかりしてると思うけど」

「心外だわ。私のどこがしっかりしてないのよ」

「勝手に喋って勝手に落ち込むのをしっかりしてるとは言わないでしょ」


 勝手に喋ってたのはサミュエルに話題を振るためだった。勝手に落ちこんだことに関しては、返す言葉もない。

 あれは完全に私の自業自得だ。いちいちオチをつける必要なんてなかったのだから、いい思い出だけを引っ張り出せばよかった。


「まあ、友達ができてよかったんじゃないかな。初めての友達記念にお祝いでもする?」

「初めてって、すでにいるわよ三人も!」


 少ないとは言わせない。


「え、あれ友達のつもりだったんだ」


 心の中では取り巻きと呼んでいるけど、友達のはずだ。友達として家に招いているし、一緒にお茶会もしてるし、それなりに仲よく談笑もしているから友達、のはず。


「崇拝、羨望、反感、どれも友達に向けるには微妙な感情だと思うけど」

「どれがどれかは聞きたくないわね、それ」


 崇拝は間違いなく焼き菓子ちゃんだと思うけど。


「というか感情って……魔族ってそんなこともわかるの?」

「だてに長生きしてないからね。ボクはちょっとした表情や仕草からそういったことを読み取るのが得意なんだよ」

「じゃあ魔族特有ってわけじゃなくて、リューゲの特技なのね」

「そういうこと。あと、あまり魔族魔族って言わないほうがいいよ」


 

 確かに誰かに聞かれたら言い訳のしようがない。何故魔族について知っているのかとか、どうして話していたのかを誤魔化せる気がしない。

 私が神妙に頷くとリューゲは満足そうに微笑んだ。


「ボクがいるから平気だとは思うけど、他の奴が興味もって来ちゃうかもしれないからね」


 私が想像していたのと違った理由だった。


「えーと……来ちゃうって?」

「あれ? 言ってなかったっけ。キミが呼んだからボクが来たんだよ」

「王子様を助けてもらうために呼んだけど、あれって名前を呼んだからよね?」


 さすがに他の魔族の名前をわざわざ呼ぼうとは思わない。そもそも私はリューゲの名前しか知らなかった。

 冒頭で自己紹介するのはリューゲだけだったし、説明書とかは流し読みしていたから覚えてない。


「それよりももっと前」


 心当たりはない。名前を呼んだのはあの一回きりだし、呼ぶ理由もない。

 私が考え込んでいると、リューゲがうーんと唸ってから口を開いた。


「魔王って呼んだのはキミでしょ?」


 魔王? 魔王――ああ、確かに呟いた。女神ってなんだとか考えてたときに。


「え、あれで? ちょっと考えて、ぽろっと言っちゃっただけなのに」

「耳のいい奴がいるからね。警戒して魔物も連れてきたけど……とんだ骨折り損だったよ」


 地獄耳とかいうレベルではない。魔族が普段どこで生活しているのか知らないけど、寝室で呟いただけの声を拾うとか尋常じゃない。


「気軽に呟けないだなんて、とんだ世の中だわ」

「というか、普通の人間は言わないからね。むしろなんでキミが呼べたのかが不思議なぐらいだよ」

「本に載ってたのだからしかたないじゃない」

「……古い本が残ってたか……それは、少し予定外だったな」


 そういえば魔王について載っていた本の表紙は少しくたびれていた。数も少なかったし、秘蔵の書物かなにかだったのかもしれない。

 いや、でもそんな大切なものを書庫に普通に置いておくほうが悪いと思う。お父様の手記も置いてあったし。


「うーん、キミがおかしなことを誰かに言わないように、一応釘を刺しとくけど。ボク達のことや魔王のことは人には絶対言わないようにね」

「私だって考えなしじゃないわよ。私の従者は魔族ですよだなんて、誰かに言えるわけないじゃない」


 昔の所業も合わさって正気を疑われると思う。

 でも魔族がついているって表現は悪役みたいでいいかもだなんて思わず考えてしまう。だがすぐにその誘惑を打ち払おうと首を振る。

 婚約破棄されたあとも気ままに生きるためには、余計な悪評はいらない。


「……言っとくけど、魔族を呼んだ人間は女神に逆らう者として扱われるからね」

「え?」

「昔、聖女になった奴が言ったんだよ。魔族を呼んではいけないって。だから、ボクを呼んだことがばれたら人間の敵としてみなされるよ」


 よし、絶対に誰にも言わないようにしよう。


 悪役がどうとかいってられない。

 超弩級の爆弾を抱えた気分だ。

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