友と書いて取り巻きと読む2
どれにしようかなーとのんびりとした気持ちでいたら、ガチャンと何かが割れる音が聞こえた。
「ちょっと! 何してるの!」
そして聞こえてくる、ヒステリックな叫び声。ざわめきと共に皆の視線が部屋の一角に注がれる。
そこには黄色いドレスを着た金髪の女の子と、真っ青な顔をした侍女の姿があった。
あの侍女には見覚えがある。マリーと仲のいい子だ。
「大変申し訳ございません」
侍女と少女の間には、おそらくカップだった陶器の破片が散乱している。事態を察すると、すぐさま他の従者が破片を集めて片づけた。
飲み物はまだ注がれていなかったようで、床には染みひとつない。
「確か、あれは――」
緩やかに巻かれた金髪に、少し吊り上がった若草色の目。アンペール侯爵家令嬢のクラリス、だったはず。
「どうされましたの」
お母様に目配せしてから、彼女の前に進み出る。クラリスは一瞬こちらを睨みつけたが、すぐに視線を侍女に戻して忌々しそうに口を開いた。
「お茶を貰おうとしたら、彼女が落としたのよ」
お母様がそんな粗相をしでかしそうな人物を配置につかせるとは思えない。どういうことかと周囲に目を向けると、少年がおずおずと前に出た。
「俺、いや、私が見ていたところでは、その」
「はっきりおっしゃってくださいな」
たしかこの少年は子爵家の子だ。自分よりも高位であるクラリスに目をつけられたくないのだろう。
かといって、公爵家である私に対して黙っていることもできない、といったところか。
正義感から、とは考えられないぐらい彼の視線は右往左往とさまよっている。
「その、クラリス様が茶器を奪おうとして、それで」
「何よ! 私が悪いっていうの!」
少年の言葉をクラリスが遮る。
今少年と話している相手は私だ。その不作法な態度に眉をひそめていると、視界の端に顔を真っ青にした男性を捉えた。
確かあれはクラリスの父親、アンペール侯だったはず。お父様、お母様、私、そしてクラリスを順に見ては震えている。
「どうして奪おうとしたのかしら」
「私が金細工のカップよりも、銀細工のほうが好きだからよ。だから取り換えてあげようとしただけで、私のせいじゃないわ」
自分は悪くない、とすました顔をしているが、本来敬意を払わないといけない私に対して気安い口を聞いているあたり、冷静ではないのだろう。
これはどうしたものか。
「あなたは下がっていいわ。あなたがしたことについては、お母様と話してどうするか決めるわ」
震えている侍女にそう言い渡すと、彼女は去っていった。この家に仕える者にどういった罰を与えるかは、私が決めていいものではない。
それを決めるのは、家のことを取り仕切るお母様の役目だ。
たとえどんな理由があったとしても、大勢の前で彼女はカップを落としてしまった。
対外的にもなんらかの処罰を課さないと示しがつかない。理由が理由だから、軽いものですむように後でお母様と相談しよう。
「クラリス嬢にも、私の祝いの席で騒動を起こした責任をとってもらうわ」
「なっ……!」
吊り上がった目が見開かれている。侍女を下がらせたときに勝ち誇った笑みを浮かべていたから、自分の行動を追及されるとは思っていなかったのだろう。
「まずは口の利き方から教えてあげないといけなさそうね。ずいぶんと勝気なようだし、調教のし甲斐がありそうだわ」
扇を持っていないのが残念だ。口元にあててふふふ、と笑ったらとても悪役っぽいのに。
しかたないので扇の代わりに指先を口元にあてて、微笑むことにした。
アンペール候はあの様子から考えると、強く何か言ってくることはないだろう。むしろ、娘一人差し出すことでお咎めなしならあっさりと頷いてくれそうだ。
「レティシア、もういいだろ」
ことの成り行きを見守っていたはずの王子様が口を挟んできた。
意地悪な令嬢に釘を刺す王子様って、すごく悪役令嬢らしいシチュエーションだ。テンションが上がってくる。
「あら、私のために開かれた祝いの席でのことですもの。殿下こそ口を出さないでほしいものですわ」
「だから、さっきまでは何も言わなかったよ。ろくでもないこと考えていそうだから、一応言いに来ただけだよ」
ろくでもないだなんてとんでもない。私は彼女を
見た目からして気が強そうだし、アクは強そうだが私を食うほどではなさそうだし。巻かれた金髪が縦ロール、というには緩やかすぎる点も好ましい。完璧な縦ロールだったら、悪役令嬢の座を奪われていたかもしれない。
「クラリス嬢をどうするかは、
逃がす気はない。親同士が決めたことなら、クラリスの意見は通らなくなる。
「皆様、お騒がせして申し訳ございません。まだ宴は始まったばかりですので、ゆっくりとお楽しみください」
一礼し、騒動が収まったことを告げる。それでこの件はしまいだ。主催者が終わったというのなら、それで終わりなのだ。それ以上何か言うことは許されない。
「それで、何を企んでるの?」
許されないことだけど、シルヴェストル家よりも高位の王子様は遠慮なく口を出してくる。そこは空気を読んで黙っていてほしかった。
「何も企んでなどおりませんわ。殿下ったら、あまり人聞きの悪いことを言わないでくださいませ」
「君が率先して首を突っこむなんて珍しいからね」
「私の誕生祝ですもの。主催者側としてことの次第を知ろうとしただけですわ」
じっと見つめられて思わず目を逸らす。別に悪いことは考えてない。悪い人にはなろうとしてるけど。
「私はこれでも自分の婚約者について、正確に理解しているつもりだよ」
つまり、何かしたらすぐわかるんだぞ、という脅しだろうか。
よし、乗った。頑張って目を光らせてるといい。私のことが嫌になるほどの悪役っぷりを見せつけて差し上げよう。
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