命の月木の週空の日

 この世界は女神様によって成り立っていると言っても過言ではない。

 名はなく、女神様として伝えられているその存在は生活の大部分と関連している。


 まずその筆頭が一年の巡り方だ。


 伝承によると女神様は最初に光を、次いで土、それから空、星、水、木、命の順で作り上げたとされている。だからかこの世界の一年は女神様が作った数に合わせるように七の月で成り立ち、一月は七の週で巡り、一週間は七日だ。

 しかもひと月目は光の月、ふた月目は土の月、といった具合に作られた順番で名前が割り振られていたりする。週も日も同様で、光の月土の週水の日と、とてもわかりにくい呼び方をしないといけない。


「ここまで徹底しているのに一日は二十四時間なのよね」


 ぽつりと呟いた声は誰の耳にも届かない。今は深夜で、私は机に置かれた手記を前に座っている。

 誰も立ち入らないときじゃないと、女神様の伝承にケチをつけることはできない。


 まもなくやってくる最後の三週間は七の月には含まれていない。なので正確には一年は七の月と三週間で成り立っている。

 だけど他の人にとっては最後の三週間は一年には含まれていない。最後の月を終えると、一年が終わることになっている。女神様関連はどうにも理解できないことばかりだ。


 最後の三週間が含まれないのは、女神様がお休みになられていたから、らしい。


 すべてを作り終えた女神様は眠りにつき、その隙を狙うように悪魔が世界に蔓延った。これを眠りの週と呼び、女神様の不在と悪魔の悪辣さを表すように猛吹雪が世界中で起こる。

 北も南も西も東も関係ない異常気象を不思議に思う人はいない。


 戦いの週では目覚めた女神様が世界を正すために天使を作ったとされている。そのため吹雪は終わり、雪解けが始まる。

 目覚めているのにこれも一年に含まれない。


 そして傷ついた大地を癒したのが再生の週だ。暖かな日差しが次の一年を祝福しているとも言われている。

 どう考えても女神様は完全覚醒しているのに一年に含まない。


 一年の定義ってなんだっけと頭を抱えてしまうぐらいに、意味がわからなかった。


 物心ついたときには吹雪になる理由や、一年に含まれない理由とかをよく質問し、そのたびに「女神様が作られたわけではないからだよ」と言われた。

 女神様の決めた理は多岐に渡り、その理から外れたものは異端とされる。私の中にある記憶が普通ではないと気づいてからは、そういった疑問をすべて胸の中にしまいこんでいる。


「女神様ってなんなんだろ」


 無神論者だった記憶をもっているせいか、女神様といった存在がよくわからない。なぜ誰もかれもが当たり前のように女神様を崇拝しているのか。女神様以外の神様がいないのはなぜか。

 書物を読めば読むほど、女神様について知れば知るほど沸いてくる疑問に、答えてくれる人はいない。


 歴史書にすら女神様の名前が出てくる。この国の成り立ちのときから女神様は登場していた。

 はるか昔、この国のあった場所には死を宿した樹があった。女神様は人にその樹を伐採することを命じた。神託を受けた人は樹を切り倒した後国を作り、最初の王になった。

 その他にも大きな竜が世界を燃やし尽くそうとしたときに女神様が出てきたり、魔王が現れたときにも対処したりと本当に歴史書なのかと疑いたくなることが書いてあった。

 間違えてファンタジー小説でも開いたのかと思ってタイトルを何度も確認したから、歴史書で間違いないけど。


「魔王もよくわからないのよね。歴史書の中では一度しか出てこないし」


 魔王が現れたとされているのは今から百年ぐらい前。それほど昔ではないのに魔王について記述されている本は少なかった。ボロボロの歴史書にちょろっと名前が書かれていたりと、そのぐらい。

 魔族について載っているものは、お父様の手記ぐらいしかなかったから、それに比べるとましなのかもしれない。魔物について載っている物は多かったことを考えると、その類のものが禁忌とされているわけではなさそうなのに。


 何か引っかかるものを感じるのに、その答えが見つからなくてもどかしい気持ちになる。


 記憶の中を探っても、浚っても、その何かに辿りつかない。


「百年も前のことだし、今の私には関係ないわよね」


 だから私は考えることをやめた。

 

 目の前に置いてある手記に視線を落として、表紙に手をかける。

 お兄様が来年から学園にいく。ゲームの時間はまだ先だけど、今から関係する何かがないか、念のため確認しておこう。


「確か教師に関係する攻略対象はいなかったと思うけど、どうだったかしら」


 ぱらぱらと頁をめくっていく。第二王子、宰相子息、騎士団長子息、隣国の王子――同年代ばかりだから、お兄様が学園に行ったとして関係のある人に出会う確率は低い。

 そして王子様以外は私と関わる可能性が低い。私がどのルートでも婚約破棄されるのはヒロインをいじめるせいだ。恋仲になった相手がそれを王子様に進言し婚約破棄という流れになっている。

 学園に上がるまでの関係で何かが変わることはなさそうだと再確認し、安堵の溜息を漏らす。

 私と直接関わりがあるのは王子様だけだし、そこにはなんの問題もない。


「思ってたよりも気楽ね。王子様との婚約はしてるし、後は学園で悪役令嬢として振る舞うだけでなんとかなりそうだわ」


 舞台に上がるまで後何年もある。

 

 婚約破棄された後の進路を考えながら、今夜も高笑いの練習だ。

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