人形ニャン

『ふーやれやれニャン』

 食べ残していたキャットフードを完食し、満足の欠伸を終えたのは我らがブラックちゃん。

 哀れな飼い主、ヤトウ(仮称)は相も変わらず白目を向いて死んでいる。

 置き時計によれば現在時刻、夜の二十三時。

 屋外でのトイレは済ませた。

 いつもならばノホホンと睡眠に耽るところであるが……今日ばかりは、まだ休めない。

 戻ってくる悪霊がいるのだ。

『あの姉ちゃんめ、『是非の確認をする』って……どこへ向かったニャン』

「あ、ただいまです」

『ニャン!』

 当然の如く瞬間移動してきた悪霊がソファに座っていた。

『ビックリするニャン。玄関から来るかと思ったニャン』

「す、すいません。玄関の鍵をもらってなくて」

『それもそうだったニャン』

「長らく眠っていたので外に出るのも怖くて……直に向こうへ……」

『あの世にいたニャン?』

「はい。あの世に『呪っちゃい隊』っていう悪霊専門の相談窓口があって……」

『そのまま安らかに成仏しろニャン。で、どうだったニャン。俺は呪殺かニャン』

 悪霊は驚き、首を横に振る。

「そんなことしないです! 薄々感づいていましたけど……やっぱり動物も除外だって」

『……ふーニャン』

 安堵の息をし、ブラックちゃんは床に寝そべる。

『……それで、どうして俺は大丈夫ニャン』

「窓口の方がおっしゃるには……えぇと、この大気中? あるじゃないですか」

『ある(?)ニャン」

「目に見えない微生物とか風邪とかのウイルスとか、ウヨウヨしてるじゃないですか。この部屋とかも」

「気持ち悪い話だニャン」

「ご、ごめんなさい。とにかく、『人間のみに対応する呪い』っていう枠組みを外すと、そういう微生物とかも全て呪殺することになる。天文学的な数だからキリがない……って理由で」

『確かに除菌スプレー使った方が早いニャン』

「詳しく分からないですけど、最近あの世も忙しいみたいで……とにかくそういう感じだからって、早々に結論されました」

『俺としては異論ないニャン』

 悪霊はブラックちゃんを抱っこし、頭を下げる。

「なんだか……色々とお騒がせしました。ごめんなさい」

『まぁいいニャン』

 今時珍しい、とても礼儀正しい少女であった。

 彼女のこうした態度は、ブラックちゃんの心を穏やかなものにした。

 肉球で少女のおでこを撫で、穏やかついでに注文しよう。

『ところでお前、名前はなんニャンか教えろニャン。俺はブラックちゃんニャン』

「私ですか。私、悪霊のリョウです」

『リョウちゃんか。可愛いニャン。そこで死んでいるモヒカンはヤトウ(仮称)だニャン』

「ブラックちゃんニャンさんとモヒカンの野盗さん。よろしく」

『ちょっと違う気がしないでもないが、まぁよろしくニャン』

「はい」

『ところでリョウちゃんニャン』

「?」

『そのモヒカン野郎を片付けてほしいニャン。ただでさえ臭い奴なのに、死臭で更にご飯が不味くなるニャン』

「あ、なるほど」

 悪霊もとい、リョウちゃんは首肯する。

「ご心配なく。もう少しだから」

『ニャン?』


「ごぼー」


 死体が起き上がった。


『ニャッ!』

 ブラックちゃんは心臓が止まりかけたが、リョウちゃんのハグが功を奏し十秒程度で落ち着きを取り戻す。

『ニャンニャン……どういうマジックニャン』

 モヒカンの野盗は、既に人とは異なる存在へと変貌した。

 両眼球は白濁し、ダラリと開いた口からは絶えず黄ばんだ唾液を吐く。

 上体は大きくのけぞり、歩みは酩酊した千鳥足そのものだ。

「マジックではないです。あれ、ゾンビで……私の指示通りに動くの」

『ゾンビだとニャン』

「はい。この映画……」

 立ち上がったリョウちゃんはポータブルDVDプレーヤーを拾い上げ、電源を落とす。

「タイトル、『あ い ど お る』じゃないですか」

『ニャン』

「これ英語で『I DOLL』って意味で……観ると死んで人形になるよって警告も含んでいるんです」

『ちょっぴり恐ろしいニャン』

「私もそう思います」

「にくにく」

 哀れなモヒカンの野盗が食料を求め彷徨う。

『おいおいニャン』

 理性の類いは完全に失われたらしい。

 壁に激突し、なおも行進を続ける。

「にっくっく」

「と、止まってくださーい」

 リョウちゃんの命令も完全無視。

 ゾンビモヒカンの野盗は恒久的に歩数を積み重ねてゆく。

『指示通りに動かないじゃないニャン』

「ご、ごめんなさい……百年ちょいぶりなんで忘れてました。ゾンビって人肉を食べないと暴走しちゃうんです」

「犬用ビーフジャーキーはどうだニャン」

「さ、さぁ……? というかあるんですか」

『キッチンにあるニャン。そこのアホが俺用にって見繕いやがったニャン。とてもじゃないが猫には食えないニャン』

「た、試してみます」

 ブラックちゃんをソファに寝かせると、リョウちゃんは機敏に動き目当ての品を発見。

 ゾンビの口へ乱暴に押し込む。

「ドヒヒ」

 うまくいったらしい。

 ゾンビモヒカン野盗はビーフジャーキーを咀嚼しつつ、リョウちゃんと固い握手――の真似を交わした。どうやら彼女、ゾンビにすら触れられないらしい。

「ゲピピピ」

『よし、では早速。そいつを屋外へ追い出すニャン』

「え、中でなく外に?」

 ゾンビモヒカン野盗を心配したらしい。リョウちゃんは瞬きする。

「外の、どこらへんに」

「外は外ニャン。そいつの自転車が駐めてあるから……まぁ跨がらせてやるといいニャン」

「ちょっとかわいそうだなぁ。おいで」

 優しい言葉をぼやくも、彼女はゾンビを先導していった。

「ふーニャン」

 唾液の痕に顔をしかめてしまうが、何とかコトは済んだ。

「また腹が減ったニャン」

 ブラックちゃんはキッチンへ駆けると、備蓄したキャットフードを食う。

 乾燥キャットフードの賞味期限は約二十年。ブラックちゃんの寿命よりも恐らく長い。しかし、残る数は半月分。

 もちろん町にいくつかあるスーパーには一生分が眠っているのだろうが……。

『怖い奴らがいるんだよニャン……』


「キャーッ!」


『ム、ニャン!』

 絹を裂くような女人の叫び。

 あの可愛い声色は確実にリョウちゃんだ。

「どうしたニャン」

 あのような優しい女の子はどうも好きだ。

 クールなブラックちゃんにしては珍しく、慌てて玄関の外へ走る。

「あわわ」

「グピピ」

『んニャン?』

 ゾンビモヒカンがつっかえ、半開きになったドアの脇――リョウちゃんは尻餅をついていた。

「どうしたニャン?」

 妙な人攫いが現れたワケではなさそうだ。

 震えた指で世界を指さす。

「こ、ここどこ~! うぇえーん!」

 泣き出す。

「どこって……まぁ、地球だニャン。もう国境とかはないニャン」

 ブラックちゃんは肉球をペロペロした。

 廃墟に残されし一室は、唯一破壊を免れた。

 建造物の残骸故――いつ倒壊しても不思議ではなかったが。

 周囲に広がるは荒野である。

 千年先も草木一本生えぬであろう土地は、砂嵐が冷たく吹き続ける。

 海は失せた。僅かに水が出る土地を除き――世界の全土は同じ光景が続く。

「どうなってんのさぁ~! えぇーん!」

『何も知らんかったのニャン。要するに最終戦争ファイナルウォーズ的なアレがアレしたニャン』

「えぇーん!」

 なんだかかわいそうだ。

 ブラックちゃんはリョウちゃんの膝を舐める。

「ドブヒヒ」

 ゾンビモヒカンの野盗は愛用の自転車に乗る。

 幸せそうだ。


     <続くニャン>



  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます