第1088話 城塞ガメの討伐の作戦会議


 ロブスターが死に、コケが大幅に弱体化した上に瘴気汚染・重度でまともの戦闘で出来ない状態だけど、この場の総指揮を任された。なんか成り行きで押し付けられた感じもするけど、任された以上は出来る限りの事はしていかないと。


 サヤ達は口は出さずに見守って……いや、見守ってくれてるのか? 思いっきり回復アイテムを食べながら気を緩めてる感じだけど……。まぁさっきまで思いっきり集中してたし、少し緊張をほぐしておくのも大事か。俺は戦えない状態だから、今が頑張りどころだけど! 

 

「ケイさん、言い忘れてたが報告しとく事がある」

「どんな内容だ、ツキノワさん!?」


 この状況での報告は重要な内容の可能性が高い。人の声や戦闘音があちこちから聞こえてきて聞き取りにくいけど、報告の類いは聞き逃さないようにしないと。……これが大規模な動きがある時にベスタがやってる事なんだな。


「私達は共同体『三日月』になりました!」

「おいこら、アリス! それはそうだが、今の用件は違うだろうが!」

「痛っー!? 殴らなくても良いじゃん、ツキノワ!」

「ダメージないんだから、痛い訳ねぇだろ!」

「アリス、ツキノワ、ふざけるのはそのくらいで。ケイさん、道中で例の危機察知を掻い潜る投擲をするスミという方を倒してきましたよ」

「あー、スミの撃破か。そこを送り返せたなら……って、はい!?」


 ちょっと待て、あの危機察知回避の狙撃のスミを倒してきた? いや、それ自体は朗報なんだけど……だからこそ、厄介な情報が浮かび上がってくるんだけど!?


「……え? ツキノワさん達が来たのって、南だよね?」

「ちょっと待って! 黒曜さん、それってどういう事かな!?」

「え、あれ? ヨッシさんもサヤさんも、なんでそんな反応なの?」

「アリスさん、少し前にヨッシがここの西からその方法で狙撃されたのです……」

「えぇ!? いたの、ここから南だよ!? ちゃんとプレイヤー名も確認したし、しっかりと黒いリスとコケだったし……あれー?」


 いくらなんでも遠距離狙撃だからって、西と南から短期間で移動してやっていたというのは楽観的過ぎる。それにさっきベスタ達の声が聞こえてた時には、それっぽい攻撃があったような反応は聞こえてた。

 アリスさんがしっかり確認したと言ってるのが間違ってるとは思えないし、ツキノワさん達もその辺を確認してないとは思えない。そうなると結論は……。


「青の群集にいるのは1人じゃないのか、あの狙撃が使えるプレイヤー! くそっ、勝手に1人だと思い込んでた!」

「ケイ、気持ちは分かるが落ち着け」

「……すまん、アル」


 今の状況で冷静さを失うのは無しだ。警戒しなくていい内容ではないけど、しばらくの間は無視してもいい。あれが出来る人が多くいるなら、青の群集はもっとそれを示すように動いてたはず。その方が警戒を強めないといけないから、精神的に消耗させられる。でも、実態はそうじゃなかったし、逆に1人だと思い込んでたくらいだ。

 あの手段は再現の検証をしてみて分かってるけど、決して簡単な手段じゃない。だから、使える人が2人はいても劇的に多い訳ではないはず。推測でしかないけど、これだけ大勢集まっている中でひっくり返せる程の人数はいない。


 そう仮定して目の前の事に集中だ。意識を切り替えろ、最優先はボスのカメの討伐だ! 今はカメには全然動きがないけど、いつ攻撃に転じてもおかしくない。行動パターンが一切不明なんだから、警戒はしつつ討伐作戦を考えないと。


「とにかく今はあのカメを倒す方法を考えていくぞ! ツキノワさん達……『三日月』はカメの攻略の方に加わってくれ!」

「おう、了解だ」

「蒼弦さん、オオカミ組のメンバーは他にはいるのか!?」

「まだまだいるが、今はあちこちに散らばってるのが集まってきてるとこだ。それがどうした!?」

「それじゃ集まり次第、今連結PTにいる人達はカメの攻略の方に回ってもらえるか!? 都合が悪い部分があれば、メンバーの入れ替えの調整も頼む! それと他の群集からの防衛は連結PT外のオオカミ組と灰のサファリ同盟をメインに任せたい!」

「おし、どれも引き受けた! 湯豆腐、共同体のチャットで今の内容の連絡を入れろ! ボス戦をしたい奴は急げってな!」

「了解っす! 防衛もメインで任されたって煽っとくっすよ!」


 実戦型の攻略勢であるツキノワさん達『三日月』や連携慣れしてるオオカミ組は、こういうボス攻略ではかなりの戦力になるはず。本当なら直接確実に声が届く連結PTだけでやっていきたいとこだけど、どうもそれだけで倒せる生半可な相手ではなさそうだしね。


「それでケイさん、現状はどのような状況だ? 巨大なカメとハチの共生進化の個体とは聞いてるが……」

「少し前にハチを倒し終わって、これからカメの方を討伐ってとこなんだけど……このカメ、異常に硬いんだよ。攻撃するなら頭か脚だな。属性に水と土があるから、多分土に埋めたり、水の中で窒息は狙えない。雷属性での攻撃も土属性があるから、狙えるのは風属性くらい。どうも防御寄りのバランス型って感じだし、明確な弱点らしい弱点がな……」

「……なるほど、そりゃ厄介だな」


 サクヤの攻撃で少しずつ削られてはいるんだけど、オオカミ組が焼き払ったジャングルの方へと吹っ飛ばそうとしたのは全然ダメだったしな。毒辺りはどうなんだろう? 流石にボス相手だと状態異常は期待出来ない気もするけど……カメなら、氷属性で動きを鈍らせられる? いや、そもそもあんまり動いてないからそれはどうなんだ?


「ねぇ、ケイさん! 黒の刻印の『脆弱』か『低下』は? それと、こっちは白の刻印の『剛力』か『増幅』!」

「あっ、そうか! 刻印系スキルがあった!」


 うっわ、アリスさんに言われるまで完全に失念してた!? 俺らはまだ持ってないって事もあったけど、新要素で使い慣れてないってのもあって全然意識の中になかった……。


「ちょい待って、刻印系スキルってまだ持ってないし、内容も把握し切れてないから、まとめで確認させてくれ」

「あー、そうか。そういやケイさん達は学生組だっけか。そういう事なら俺の方で手早く説明するが、どうする?」

「ツキノワさん、頼む」

「おう、頼まれたぜ!」


 刻印石は手に入ってないから自分達が取得出来るようになってからでいいと思って、具体的な全部の内容を把握しておかなかったのは失敗だった。まさか、ここで総指揮を任せられるとは思ってなかったしさ……。

 てか、アルはその辺を知ってたんじゃ!? いや、アル自身も俺らと合わせて進化したんだし、成熟体からの要素を完全に把握しておけって責めるのは筋違いだな。まとめを見れば全部分かった内容だし、そこら辺は俺ら全員の落ち度だ。それにまだリカバリー出来る範囲!


「流石に全部説明してる場合じゃないから、アリスが上げたものだけにするぞ。まずは白の刻印からだ。『剛力』は次に使う物理攻撃の威力を大幅に強化する効果があり、『増幅』は次に使う魔法攻撃の威力を大幅に強化する効果だな」

「ふむふむ、威力強化のバフって感じか。使う上での注意点は?」

「……そうだな。どっちも次に発動するスキルに対して1回しか効果はないし、白の刻印はそもそも自分にしか刻印出来ん。まだ持ってる奴も多いとは言えんしな」

「あー、そういやそうか」


 白の刻印だと『守護』でチャージのキャンセル防止効果は見たけど、そういうピンポイントでの強化用の刻印もあるんだね。ふむ、確かに有効打にはなりそうな予感。


「手早く次にいくぞ。黒の刻印の『脆弱』は次に受ける物理攻撃への大幅な耐性低下、『低下』は次に受ける魔法攻撃への大幅な耐性低下になる。注意点は重ね掛けは不可能な点と、刻印を刻むのに直接敵やスキルに触れる必要があるところか」

「……魔法型には向いてないっぽいなー」

「どうしても触れるために近付く必要があるから、確かにそうなるな。魔法型向けには他のがいいが……流石に今は省くぞ」

「ほいよっと。とりあえず今の状況には有効なのは把握した!」


 要するに黒の刻印でカメの物理攻撃や魔法攻撃への耐性を下げつつ、白の刻印で俺達は物理攻撃や魔法攻撃の威力を上げればいい。てか、それを前提にしたこのカメの耐久性か!


「ツキノワさん達はそれらはどれかでも使えるのか?」

「俺が白の刻印:剛力は使える。アリスもだったか?」

「そだよー!」

「僕はさっき刻印石を1個手に入れたから、登録しようと思えばすぐに出来るよ」

「お、良いタイミングじゃねぇか、黒曜!」

「まぁね。どの刻印にするかは、状況に合わせて決めさせてもらうよ」

「それは助かる、黒曜さん!」


 刻印石の入手自体は低確率だし、ここで新たに登録出来る状態になってるのは本当にありがたい! ……ん? そういえば俺もさっき1個獲得してなかったっけ!? あ、やっぱりあった。


「グリーズ・リベルテのみんなに確認! 刻印石を持ってる人!」

「欲しいとこだが、手に入ってないな」

「同じくかな」

「あぅ……今こそ必要なのに無いのです」

「私もないけど……ケイさんは?」

「実はさっきのハチの討伐時に手に入った! でも、今は俺じゃ使い物にならないから、誰かに渡す!」

「……いいのか、ケイ?」

「出し惜しんでられないしな! えーと、誰に渡すかはちょっと考えさせて」

「ま、すぐには決められないか」


 誰に渡すかは……白の刻印にするか、黒の刻印にするかで変わってくるか。この辺はここからの調整が済んでから決めるしかない。


「蒼弦さん、オオカミ組の方で刻印系スキル持ってる人達を優先的にこっちの連結PTに回してもらえないか!? 対象は白の刻印の『剛力』か『増幅』、黒の刻印の『脆弱』か『低下』!」

「オオカミ組にも多くいる訳じゃねぇが、それは了解だ! 湯豆腐、その辺を通達して再編成! 戦闘が不得意だけど刻印石を持ってる奴がいたら、得意な奴に回してもらえ! その辺の補填は後で調整する! 俺は灰のサファリ同盟と連携して周囲を回って、それらの刻印持ちの人を集めてくる!」

「了解っすよ、ボス! 連結PTにいるオオカミ組、聞いたっすね! 各自、今の方針に従ってPTの再編っすよ!」


 よし、蒼弦さんが他に集まってきてる人達の中からも必要な刻印系スキルを持ってる人を探してきてくれるみたいだな。これでどれだけの攻撃を叩き込めるかが問題か。あ、そういえば……。


「確か風音さんは龍の方は白の刻印も黒の刻印もあるって言ってたよな? 黒の刻印は『消去』って言ってたけど、白の刻印は?」

「……白の刻印は『増幅』。……魔法の強化を……優先」

「おし、ナイス! それじゃ風音さんは魔法での攻撃に回ってもらえるか?」

「……分かった。……でも……龍だと……属性が微妙? ……闇魔法は……試した事がない」

「あー、そうなるのか……」


 あのカメは水と土属性だから、火魔法と土魔法の龍だと微妙かも? うーん、ぶっつけ本番でブラックホールを試してみるか? あのバカみたいにデカいカメにも有効……使ってみないと何とも言えない……。

 てか、カメの動きが無さすぎない? あのカメ、サクヤに攻撃されっぱなしだし、俺らも甲羅の中にいたハチをぶっ倒したのに、それ以降何もしてこないのが不気味なんだけど……。でも、その時間で作戦立案が出来てるんだから、文句も言えないか。


「そうだ、これも確認しとかないと! 刻印系スキルって、使用制限は!?」

「……Lv1なら……再使用まで1分。……でも……10分間で……3回までの使用回数制限」

「使用回数を使い切ったら、1回分の回復に10分かかるぜ」

「そういう制限のかかり方かー!」


 再使用の為に時間がかかるとは思ってたけど、まさか回数制限まであるとは思わなかった。こりゃ下手に無駄撃ちも出来なさそうだし、可能な限り耐性低下と威力強化は重ねて使いたいとこだな。

 そうやって考えてる間に、続々とオオカミ組のPTメンバーが入れ替わっていってるね。今回みたいな場合だと、人数が多くて顔が広い共同体の影響力は頼りになるもんだ! ん? 青白い4本尻尾のキツネの人が近付いて……あぁ、忘れ者の岩場で会ったミゾレさんか。


「ミゾレさん、どうしたのー!?」

「数日ぶりです、ハーレさん。灰のサファリ同盟より伝達役として派遣されてきました。それとモンスターズ・サバイバルの肉食獣さんとも連絡を取れるようにはしています。皆さん、よろしくお願いします」

「おっ、そうなのか! よろしくな、ミゾレさん」

「はい。それでいきなりなんですが、少し灰のサファリ同盟の方から懸念事項が出ていまして……。作戦立案中に言うのもどうかと思いましたが、伝えてもよろしいですか?」

「……どんな内容の懸念だ?」


 このタイミングでの灰のサファリ同盟からの懸念事項か。俺としてはあのカメがいつ動き出すのかでヒヤヒヤしてるんだけど、その辺と関係してくる内容だったりする? 何か事前兆候らしきものがあったって可能性もありそうだな。


「私達、灰のサファリ同盟は偵察をメインに行っていたのですが……どうも少し前から異常に赤の群集の動きが少ないです。いえ、正確には目立つ部分しか見当たらないと言った方が正しいでしょうか」

「それはどういう意味だ、ミゾレさん」

「そのままの意味ですよ、ツキノワさん。少し前から奇襲も偵察部隊も見当たらないのです、異様なほどに。青の群集は奇襲も多いですが、真っ向から戦う事も多いのですが……」

「赤の群集が……目立つ形で戦闘している人以外、いない?」


 確かにそういう傾向があるのなら、懸念事項ではあるな。俺らとしても赤の群集の人達は見知った人ばっかだったけど、青の群集で見知った人と結構会ったから気にしてなかった。

 でも、言われてみれば青の群集は罠で待ち構えてるような人達は結構見かけたけど、赤の群集ではそういう人達は殆ど見てない気がする。害虫集団や弥生さん達みたいな強い人達には会ったけど……。


「げっ!? もしかして赤の群集は他のエリアへの経路を確立して、そっちに向かってる!?」

「そうではないかという予想が出ていまして……」


 戦場はここだけじゃないし、他のエリアへの経路の確立はあえて進めてないような状態だったはず。赤の群集はジャングルでの勝ちを捨てて、他のエリアを取りに行った!? 弥生さん達はジャングルで勝ちに行くつもりがあると思わせる為の囮の可能性が出てきたのかよ!

 どうする、これはどうする!? 少しでもそっちに戦力を回す? いや、ジャングルでの勝ちを捨ててるなら、このまま勝ちを取りに行くのが正解か? でも、それすら陽動という可能性も……。


「ケイ、まずは順番にかな! 欲張り過ぎるとどっちも失敗するよ!」

「……そうだな。サヤ、サンキュー! ミゾレさん、懸念事項の報告は了解だ! だけど、俺らはまずこっちを攻略する! 確実にジャングルの方を取るのを優先だ!」

「分かりました。では、こちらに専念するように通達しておきますね」

「それで頼んだ!」


 赤の群集の動きは非常に気になるけど、最優先すべきは今いるジャングルでの競争クエストの攻略! ベスタ達が弥生さん達に抑えられていなければもっと良い判断が出来るのかもしれないけど、ここは俺が出来る事をやるまでだ!

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