第1056話 作戦のぶつかり合い
アルの旋回で、例の危機察知を掻い潜る投擲をなんとか回避したところ。どうも焦って狙いが雑になってたのか、元々かなりズレ気味だったっぽい。……それにしても咄嗟の動きでは、マングローブみたいな根になってるアルの木の根が掴まりやすくて本当にいいね。
「おし、体勢は戻したぞ! 全員、大丈夫か?」
「私とヨッシは大丈夫かな!」
「あはは、サヤが掴んでくれなかったら危なかったけどね」
「俺も問題なし!」
「私も大丈夫なのさー!」
とりあえず全員落下は防げたっぽい。さて、青の群集は総意として強引にでも戦闘を続ける気なのか、それとも今のは独断で動いてしまった結果なのか、どっちだろう? 今回は全然隠れてなくてスミ2ndって表示のあるコケが見えてるから、後者の可能性はあるんだけど……って、ベスタが地面まで降りていった。
ここは少しベスタに任せて様子見しますかね。ただし、いつでもコケを仕留められるように用意はしておこう。ヨッシさんの毒だと抗毒魔法の解除で気付かれるから、ここはアルと俺でやるのがいいな。
「アル、もし戦闘になりそうなら岩の操作で封じ込めるから――」
「その中に海水を満たせってとこか。任せとけ」
「よろしく!」
小声で全て言う前に作戦会議は終了。さてと、その為にも正確な位置把握はしておくか。今は地面にあるコケにスミ2ndって表示は見えてるから位置は分かるけど、群体内移動で動かれると見失いかねないしね。とりあえず今回は思考操作で!
<行動値を5消費して『獲物察知Lv5』を発動します> 行動値 87/106(上限値使用:1)
ふむふむ、さっきあちこちから隠れていた人達が出てきてはいるからその人達の反応は普通に見える。一応、雑魚敵の瘴気強化種や残滓も反応はあるけど、そこら辺はまず避けてくるから戦闘になる事はない。
今の状況で戦闘をしようって動きがある人は他にはいないみたいだね。というかざわめきまくってるから、混乱の真っ只中。うんうん、良い感じに作戦潰しの作戦が上手くいっている。
「……灰のボスのお出ましか。負けそうだからって、悔し紛れの一手のつもりか!?」
「ふん、なんとでも言え。ところで、偽装は慌てていたからしてないのか? それに随分と狙いが雑だったじゃねぇか。なぁ、危機察知破り?」
「ちっ! そこまで分かってて、対策すら取ってきておいて、戦闘放棄ってのはどういう真似だ!?」
「わざわざ敵に用意された作戦通りに動く気はないというだけだ。不利な状態で無理に続けるメリットは薄いからな。それに、これならシステム上は勝ったとしても、実際には勝った気はしないだろう?」
「だー! ジェイが色々立てた作戦が、逆に仇になってんじゃねぇか!」
おー、なんかスミはすごい荒ぶってる。まぁいざ、作戦を立てて待ち構えてたら、『戦いません、勝ちをどうぞ』じゃ納得するはずもないよなー。まぁ赤の群集が動かせない以上は、そこが狙いではあるんだけど。
「あー、くっそ! もう問答無用で、ここでぶっ倒してやる!」
「種が割れていて、それが可能だとでも? 『ファイアクリエイト』!」
「なっ!? くそっ! 『魔法吸収』!」
ベスタがスミ2ndのコケに火を放ったら、盛大に燃え上がった。普通のコケの燃え方よりも激しく燃えてるから、これは確実にグリースを使ってるな。慌てて魔法吸収で火を消したけど、ベスタは消せるようにわざとやったな?
闇の操作で姿を隠してないのは、その余力がなかったっぽい? いや、昼間の日に使うと逆に目立つか。でも、狙いが雑だったから焦ってたのは間違いなさそう。
「ジェイに伝えておけ。戦いたいのであれば、交渉には応じる用意はあると」
「そっちが本命の狙いって訳か! ……いいぜ、そのまま伝えといてやる。このまま終わってたまるかってんだ! どうせ赤の群集とは総力戦を計画してんだ、灰の群集ともそうなったところで問題はねぇからな。遠隔同調、解除!」
そう言ってスミのコケはその場から消えていった。さて、ここからジェイさんがどう出てくるかが問題だけど……。
「青の群集に告げる! ここでの競争クエストでの不戦勝を得るか、真っ向勝負を選ぶかはそちらに任せよう! 灰の群集は、今は撤退だ! 個人として戦うのは止めはしないが、群集としての総指揮はしない!」
あ、ベスタが再び上空に駆け上がって、大声で通達していっている。ん? 共同体にチャットに新しい書き込みがあるっぽいから、確認しとこ。
サヤ : 競争クエスト情報板での現状を伝えとくね。まず、ベスタさんからの方針についてかな。
アルマース : あの状況で書き込みもしてんのかよ。相変わらずとんでもないな、ベスタさん。
ケイ : 確かに……。
サヤ : あはは……。えっと、それでなんだけど、多分この勝ち方は青の群集が納得するはずが無いから、前回の総力戦と同じように時間を決めて一斉に動き出す形に持っていくって。その辺を上手くいかせるように、モンスターズ・サバイバルとオオカミ組が諦めて撤退するフリをしろって徹底周知をしてるかな。
ヨッシ : 青の群集が考えてた作戦、全部まとめて壊す気だね。
ハーレ : でも、作戦を潰す作戦だってありなのです!
ケイ : ま、そりゃそうだ。
アルマース : 他人事みたいに言ってるが、やり始めたのはケイだろ……。
ケイ : そうとも言う!
事前に念入りに作戦を練って仕込みをしてきた青の群集には悪いけど、別にルール違反ではないからなー、これ。
そもそも赤の群集から手出しされないように根回しをしたのは向こうなんだから、俺らが赤の群集にリークしようとしたり、それが失敗したから今みたいな前提をぶっ壊す作戦もあり。
「あーあ、大慌てでやってきたけど撤退かー。ま、リーダーの指示じゃ仕方ない」
「ま、ミヤ・マサの森林が使えなくなっても、別にミズキの森林もあるもんねー!」
「リーダーの指示に従って、引き上げだ!」
「「「「おう!」」」」
「え、マジで引き上げてんの!?」
「おい、ちょっと待てよ!? いくらなんでもそりゃないだろ!?」
「えぇ!? こんな勝ち方って嫌なんだけど!」
おっ、森の上にいても聞こえてくる範囲でも撤退していく灰の群集の面々や、それに文句をつける青の群集って形になってきてるね。わっはっは! これこそ作戦通り!
「あ、誰かが凄い勢いで近付いてきてるかな!」
「空飛ぶ岩に刺さってタチウオって事は、ジェイさんと斬雨さんか」
こういう状況になったら、この2人が飛びながらやってくるよなー。スミって人も報告が早い事で。それにしてもジェイさんはいるとは思ってたけど、やっぱりいたか。
ベスタもジェイさんと斬雨さんの接近に気付いたのか、呼びかけるのをやめて俺らの近くに小石を浮かせて、その上に乗って待っている。なんかここからの会話に俺らが混ざる事は確定っぽいね。まぁ実行したのは主に俺とベスタなんだし、当然ではあるけども。
それにしてもジェイさんの見た目は、カニの赤さが増して、コケの方は少し茶色が濃くなった? ふむ、どっちかで魔法Lv10になってる可能性があるし、そこをなんとか見破れないかな?
斬雨さんは少し大きくなった上で、鋭さも増しているような気がする。でも、リュウグウノツカイに進化したりはしてないっぽいね。どうも単独での進化みたいだな。
「思ったより早かったな、ジェイ、斬雨」
「やってくれましたね! 灰の暴走種と灰のボス!」
「それはこっちのセリフだ。どれだけ作戦を仕込んでやがった」
「先に赤の群集を巻き込んだの、そっちだよな? ジェイさん」
「……読んでいたとはいえ、リークを実行に移そうとした貴方達には言われたくないんですけどね!?」
「立場が逆なら、やっただろう?」
「……それは、まぁそうですが」
まぁ発想として思いついている以上、有利に進める為に実行する可能性は高いはず。ただし、読めなかったのは俺らが戦う事そのものを放棄して、全てを台無しにされる事だったんだろうね。
「ジェイ、流石に念入りにやり過ぎたんじゃねぇか?」
「……まさか不戦勝になるような形に持っていかれるとは思ってなかったんですよ!」
「そりゃそうだがよ……」
さてと、ここからどうなるかだな。このまま青の群集が不戦勝で終わるのでは納得しそうにないし、落とし所を探ってみますか。
それで無理なら、作戦勝ちって事で青の群集には不戦勝を受け取ってもらおう。ただし、赤の群集と総力戦をしてる間にジャングルの方のアドバンテージは確保させてもらおうか!
「……読み違えたのは、灰の群集が既に持っている占有エリアの数の事ですか。いざとなれば、そこを切り捨て……さては、私達が赤の群集と戦ってる間にジャングルの方を狙ってますね!?」
「ふん、教える訳がないだろう」
「いいえ、私ならそうしますし、考えていないはずが無い! 赤の群集には、したところで無意味なので時間以外は口止めはしていませんでしたが……」
「……ジェイ、ルアーさんとの連絡は取れたという報告が来た。ケイさんが消耗してない青の群集と戦ってる間にジャングルをもらうと脅してきてたそうだ」
「やってくれますね、ケイさん!?」
「……自分ならやるって言ったばかりのジェイさんに言われたくはないんだけど?」
「くっ!」
「あー、とりあえず落ち着け、ジェイ。今はそういう話をしてる場合じゃないだろ?」
「……確かにそれはそうですね」
それはもっともな話だし、こういう時はジェイさんより斬雨さんの方が冷静だよな。とにかく今ので少しはジェイさんが冷静さを取り戻したっぽいから、話を先に進めていける。
「とりあえずこれは聞いとくぜ? 条件次第では、戦う気はあるんだな?」
「それは条件次第だな。俺らに圧倒的に不利な条件を呑むくらいなら、ここは放棄でも構わん」
「……それは私達も同じですよ。青の群集の陸地だけ再戦エリアが2ヶ所あるんですからね。連戦になれば私達が不利になりますし、対戦の時間帯を決めるとしてもそこら辺の配慮が無いのであれば受け入れられません」
「はい! それなら、その対戦は明日に回せば良いと思います! ただし、群集の指揮で動かない人が戦闘をして決着になった場合は、どっちでも仕方ないって事でどうですか!?」
群集だからって、全てのプレイヤーの動きを制限出来る訳じゃないもんな。ミヤ・マサの森林での競争クエストを総力戦にして、それで戦うのは明日にするというのは賛成だけど。
「……結局、対戦エリアが多い青の群集が不利なのは承知していますよね?」
「そんなものは承知の上だ。だが、そこに配慮しろというなら、対戦の破棄しかなくなるぞ? そもそも青の群集は海エリアには再戦は発生していない以上、戦力が不足だとは言わせんぞ」
「……それはそうですね」
決して海エリアの人だからといって、森林での競争クエストに参戦出来ないなんて事はない。実際に前回の総力戦では、俺ら以外の別働隊でシアンさんのクジラが大活躍してたんだからね。
「はぁ……このまま不戦勝となれば士気に大きく悪影響がありそうですし、総力戦をする方向性で検討させていただきます。ただ、私の独断では決めかねますので、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
「あぁ、それは構わん。今日の夜7時を期限としようか。それまでは群集として攻める事はないと約束しておこう」
「えぇ、それは承知しました。ですが、先程ハーレさんが言っていたように、指揮を聞かない層もいますので、そこが動いた場合はご了承を」
「それはこちらも同じだ。気にしなくていい」
ふー、今の段階で総力戦の日程の確定までは出来ないけど、そういう方向性で話は決まりそうだね。それにしてもこのミヤ・マサの森林でまた総力戦か。ははっ、再戦エリアが同じで、再戦の方法まで同じになるとは!
「えっと、ジャングルの方に関しては特に制限はない感じかな?」
「……サヤさん、そこに制限をかけようって方が無茶だろうよ。ただ、ジャングルで会ったら容赦はしねぇ!」
「斬雨さん、その言葉はそっくりそのまま返すかな!」
おぉ、ここでもライバル意識に燃えている2人がいるね。まぁ赤の群集の総力戦が何時からなのかは結局分かってないままだけど、昼間のどこかなのかは間違いない。
元々計画してた11時からの青の群集への攻め込みも中止って事になるだろうから、少しの間はジャングルの方の探索に動いていく感じなりそうだね。
って、なんか黒い影が……って、黒い龍が俺らの上を飛んできた!? あ、これって風音さんか。あ、背中の上にレナさんも乗ってる?
「……見つけた! ……青の群集の……ジェイ!」
「黒い龍!? いえ、あなたは風音さんですか!? 何故、灰の群集に!?」
「……邪魔をした事は許さない!」
「およ!? ベスタさん、この状態で戦っていいの!?」
「流石に良くはない! ジェイ、詳細は後だ。あれは……新顔だが、俺の言うことは聞くとは思えん!」
「どういう経緯で、あの方が灰の群集にいるのかは分かりませんがそうでしょうね! 斬雨、急いで撤退します! 皆さんにもそう通達を!」
「おうよ!」
「……逃がさない! 『並列制御』『ブラックホール』『ブラックホール』!」
「くっ! これは!?」
「ジェイ!?」
「斬雨、巻き込まれるので近付かないで下さい! それよりも早く撤退指示を!」
「ちっ! 仕方ねぇ、了解だ!」
おぉ、なんかジェイの上下に展開された2つのブラックホールが、ジェイさんのカニとコケを引き剥がそうとしてるっぽい。斬雨さんは、ジェイさんの指示に従って離れていった。って、どうすりゃ良いの、この状況!?
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